第1期 将棋もも名人戦 ②

(前回分を未読の方は こちら から読んで頂けると幸いです)

桃に入った森内と、その身ひとつを水面に委ねた羽生は、今、横に並んでどこまでも続く川を流れ始めた。

それは今から33年前、ともに小学4年生のときであった。以来2人は30年以上も盤を挟み続け、公式戦で100戦以上戦い、まさに今この瞬間も、名人戦という最高峰の舞台でぶつかり合っている。


15歳で中学生プロ棋士となった羽生は、当時から何もかも抜きん出ていた。一方の森内はかねてより、自分の将棋も性格も、不器用だったと述べている。「こうでなければならない」と自分を型にはめすぎて、なかなか殻を破れなかったと、いつかの取材で答えていた。

今、川を流れる森内も、こうでなければならないという思いに、きっと囚われていた。だってこれは桃太郎なんだから、桃に入っているのが当然だろうと思っていた。ところが隣を漂う青年は、自分の身体だけで浮いている。その姿はとても自然で、気高く、自由で、美しかった。

淡々と流れ続ける羽生を見て、森内の心は高ぶった。そしてその高ぶりに任せ、森内はえいやと桃を突き破ってみた。桃は意外に固く、肉厚で、脱出は困難を極めた。ようやく桃から放たれた森内が川に身を委ねたとき、羽生はもうずいぶんと、遠くを流れていた。森内は力の限りクロールと平泳ぎとバラフライと、ときに潜水を織り交ぜながら、羽生のあとを、どこまでも追い続けた。

羽生さんがいたから、自分はここまで来られた。羽生さんに引き上げてもらって、強くなれた―――森内が常々、口にしている言葉だ。

* * *

どんぶらこどんぶらこと川を流れる羽生と森内を見つめながら、解説の佐藤康光はため息をついた。

「そもそも桃太郎の設定で進むと明言しているにも関わらず、桃に入らず自ら流れるというのはさすが羽生さんとしか言いようがありません。何物にも囚われず、鳥やら雲やら太陽やら、自然界すら味方につける辺りはまさに羽生マジックでしょう。しかし森内さんも負けてはいない、この羽生マジックを楽しめるのが、森内さんですから。2人は百数局の対局中、実に40局以上を、名人戦の舞台で戦っている。それは何と素晴らしく、羨ましいことか」

佐藤がしみじみする横で、川から上がってきた加藤一二三は、桃を箱ごと食べていた。

明日2014年4月22日、第72期名人戦・第2局の火蓋は切られる。
森内名人の4連覇か、先勝した羽生の逆襲か―――7番勝負と言わずに7万局ぐらい指してほしいと思いつつ、この桃名人戦も次回へ続く。続いてしまう。本当にどうもすみません。

* * *

注:このシリーズは棋士の世界を人々にお伝えしたく『桃太郎』の舞台を借りて進む話である。すべては私の脳内でのみ形成されたことであり、事実とは一切関係ないのでカッターナイフとか送ってこないでください。



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