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芸術品と工芸品【大アルカナⅩ 運命の輪】

みなさん、こんばんは。
今宵はどんなお話をいたしましょうか?

占い師って、どこからがプロで、どこまでがセミプロで、
どんな人がアマチュアなんでしょうね?

何度かお伝えしているように、占い師は国家資格ではないので
ご本人が言い始めたその日から『占い師』と言えます。

『師』という漢字を使う以上は、何かしら実績が必要な気がしますが、
自由な時代になりましたので、それはそれでいいでしょう。

先日藍染の個展に行ってきました。
素晴らしい作品ばかりで圧巻でした。
作者の田中先生は個展を前に神様の元へ旅立ってしまいましたが
作品は今でも息づいていました。

【素晴らしい作品の数々】

田中先生を知るきっかけで、いろいろな作家さんの藍染の作品を見ることも増えました。

でも、何か違うんです。
もちろん、『知り合い贔屓』が多大にあるかとは思いますが
何が違うのか?と思案していると
田中先生のプロデューサーをしている友人から

「田中先生はの作品は芸術品、他の方のほとんどは工芸品」と明確に言葉を変えて
教えてもらい、腑に落ちました。

芸術品は「芸術的な価値のある品」
工芸品は「工芸(技術)によって制作された作品」

おそらくその線引きは、時と場合によって容易に変えられる境目でしょうけど
なんとなくその差が理解できました。

占い師も同じです。
同じ占術を活用して、鑑定をする。
鑑定をするということは、それを望む相手がいる。
その相手の人が納得し、金銭であったり、納得感が得られれば、
通り一遍のルール上「鑑定がなされた」とみなします。

が、そこには真の神秘性であったり
言葉だけではない肌で感じる感覚があってこそ、芸術に近い鑑定が繰り広げられます。

Mahouはシンギングボウルの講師も時々お引き受けしますが
そこでお伝えするノウハウを、あまり重要視しないで、
フリースタイルで演奏する人が多いのは事実。

講師の立場としては「何故その音でよしとするのか?」と
内心思わなくもありませんが(笑)
仲間内で楽しそうに不思議な世界観を表現している教え子たちの笑顔を見ると
これはこれで良いのかもしれない、と溜飲を下げたりもします。

とはいえ、雰囲気だけの楽しみ方と
誰よりも自分で自分が奏でる音が良いか悪いか?は必ず理解していると思うので
いつの日かそれが飽きるのか?更なる探究を続けられるのか?は
神のみぞ知る。と信じています。

【大アルカナⅩ 運命の輪 神の計らい】

演奏も、占いも、藍染も、どこまで自分自身に追求するか?で
芸術品となり価値を得るのか?工芸品となり人々に愛されるのか?のルートが
変わっていくのだろうと、感じています。

芸術品って、だいたい作者が亡くなってから評価を得られるもの。。。
Mahouの鑑定は芸術を高めたいのだが、、、
そうすると人々には愛されにくいのだな。。。。。。むむむ。

タロットMahou

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