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かっこいいを目指さない

noteを書くときは、まず大学ノートの左側に思いを走り書きして、次に右側に構成を書いて、それから文章におこすようにしています。1日30分以上書くという目標には、大学ノートに書く時間も含むことにしています。

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先日、書いた走り書きはこんな感じ。


・自分の内側を出すのが苦手。その代わりに人の内側に入っていくのも苦手。

・相手にどう思われているかが気になってしまって気にいられるような態度でいこう、と思ってしまう
↑これは人間の性?わざわざ嫌われに行く人はいないはず。
↑あ、で、も好かれたいという思いが1番になってしまって相手の話を聞いて、自分の中で噛み砕く作業が二の次になってしまっているかも


書かれたことがあちこちいっているので、ここでは一つ目のことだけ書くことにします。


最近、わたしは自分のことを話すのが苦手なのかもしれない、と思い始めました。その理由についてこう思います。

自分の考えが頭にあっても、頭の中で終わってしまって、言語化する努力をしてこなかった。

だから話すのが苦手。言語化する能力が未発達なわけです。そりゃ、言語にできなかったら自分のことをうまく話せないでしょうよ。

(だからこそnoteを始めたわけですが。)

考えることはするけど、それを文字にしたり、誰かに話したり、そういったアウトプットを、強いられない限りやってこなかったように思います。胸の内をさらけ出せる友達も少ない。少ない友達にさえ話すのを恥ずかしがります。

そう。

なんでアウトプットをしてこなかったかというと

恥ずかしいから

です。

自分の思いが正しいのか、嘲笑されないか、常識はずれじゃないか。

そんな思いを抱えてびくびくして、話す行為に至らないのです。心から真剣に考えているときほどそうなる傾向があります。

この羞恥心は今も持ち続けてしまっていて、しかも他人のいわゆる”クサい”話を聞いたときも、ちょっと嘲笑ったり、恥ずかしくなったり、します。

そのことが今はすごく恥ずかしい。

人の夢、自分の夢を恥ずかしいと思う自分が恥ずかしい。

もっと、かっこつけずに生きたい。

恥ずかしいとか、そんなことどうでもいいよ。

だからもっと、アウトプットをしていこうよ。

ありがとうございます! 明日の朝ごはんはちょっと豪華になります!