見出し画像

【SS】あたりまえの音

 何気ないことだった。

 いつも物静かな彼に対して「もっと喋ってよ。私ばっか喋ってるじゃん」といってしまった。

 彼の好きなところがどこかと聞かれたら、「クールなところ」と答えたに違いないのに。自分の天邪鬼さに嫌気が差す。けど、大事なことを喋ってくれないのは確かにそうなのだ。そして、文句をいうのも大体私。別に、浮気をされているわけでも、無下にされているわけでもない。私の文句に対して言い返してこない、それが彼の優しさ。喉元まで出てきていた「私ばっかり」をそっとお腹のほうに押し返していたのに。

 一緒に過ごしていた私の部屋、彼がいなくなったってもっと静かになるだけ。

 考えないようにすると、逆に思い出してしまう。

 料理を作るときの包丁が、軽快な音だったこと。私に気を使って、イヤホンで聞いているロックバンドの音。帰りが遅いと、足音が聞こえるくらい走ってくる。

 なんだ、全然物静かな人じゃないじゃん。

 外から、誰かが走ってくる音が聞こえた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?