クロノジェネシスの特性 ~凱旋門賞制覇へ向けて~

今年の宝塚記念をごく当たり前のようにアッサリと勝ったクロノジェネシス。まさに負けようがないという見事な快勝劇でしたが、いよいよ今秋の凱旋門賞へ向かうようです。どんなレースとなれば凱旋門賞の勝機が訪れるのか、全15戦のラストスパートの様子をクローズアップしてクロノジェネシスの特性を探ってみましょう。。

上がりのかかるレース、タフなレースで真価を発揮する、というのが一般的な印象のようですが、私の捉え方としては半分当たっているけど半分間違っている、といったイメージなんですね。2歳9月の小倉芝1800m新馬戦では、当時計測した時のラップを見ると上がり600mは12.3-11.4-10.8程度という猛烈な加速ラップ。続く東京芝1800mアイビーSではラスト400mが21秒台前半。若干の追い風を受けていたとはいえ、この東京競馬場ラスト400mではおそらく史上最速でぶっちぎりのラップではないかという、瞬発力の塊みたいな印象を抱いていました。前述した「半分間違っている」という部分は、クロノジェネシスの全15戦を2つのパターンに分類するとわかりやすいでしょう。Aパターンは9戦、Bパターンは6戦。Aパターンを2つに分けた計3つのグラフを見てもらいましょう。後半1000mにおける100m毎の平均完歩ピッチです。

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大きな丸印は完歩ピッチのピーク区間。Aパターンは残り300mから完歩ピッチのピークを迎えたレース、Bパターンは完歩ピッチのピークが残り300mまでに迎えたレースとなります。

走りにいいところがなかった2019エリザベス女王杯が含まれているものの、Aパターンでは9戦6勝。特に勝ちっぷりが良かった2018アイビーS、2019秋華賞、2020・2021宝塚記念がこのパターンです。一方Bパターンは2020京都記念の内容は良かったものの6戦2勝。競り負けた形の2018阪神JFや2021ドバイシーマC、フィエールマンに差され3着に落ちた2020天皇賞・秋がこちらのパターンとなります。単純な言い方をすれば全開スパートをよりゴール寄りに持って行かないとクロノジェネシスの良さが出にくい、ということになるわけです。このラストスパートの質という点においては、アーモンドアイと比較すると2頭の違いが現れてきます。アーモンドアイの全15戦を同様のパターンに分類するとAパターンは5戦、Bパターンは10戦となります。以下のグラフをご覧ください。

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アーモンドアイも十分瞬発力型の馬ですが、クロノジェネシスが苦手としたBパターンのレースの方が多く、後続馬に影を踏ませない、あるいは早く抜け出すという自力勝負型ラストスパートで確固たる多くの勝利を手にしました。ラストスパートの強靭さだけを見れば、この2頭は差がありますね。これも一般論とは異なる見方だろうと思います。

次は「半分当たっている」という部分。これは以下の過去記事2つからイメージできるのではないかと思います。

2019有馬記念振り返り

2020宝塚記念 振り返り

アーモンドアイが2019有馬記念で大敗した要因は前半500m辺りからグングンとピッチを上げ行ってしまった点にあるわけですが、それと全く同じとは言えないものの似たようなシーンを見せたのが2020宝塚記念でのクロノジェネシスの前半の走り。その過去記事のグラフをこちらにも転載しておきましょう。

クロノジェネシス1

クロノジェネシス2

前半300~400m区間、残りで言えば1900~1800m区間で外のブラストワンピースに煽られた影響によりガツンとピッチを上げ前に行ってしまいました。これもある意味瞬発力に秀でているからこそとも言えますが、普通は序盤でこんな形になると余力を残せなくなり、現にブラストワンピースは早々と失速したほど、クロノジェネシスにとっても負荷の高い走りを強いられたものの、超回復能力を備えているとでも言いましょうか、その後の走りは他馬を圧倒しまくりました。これこそクロノジェネシスの真骨頂というべき点で、おそらくアーモンドアイにはできない芸当でもありました。「上がりのかかるレースに強い」というのはラストスパートまでの段階で勝負を決するような展開に持ち込んだからこそ、というイメージになるのではないかと私は思います。2020有馬記念でもバックストレッチで押し上げ、他馬のスタミナを吸い取るかのような走り。オークスの頃はヘロヘロになってのめるシーンを見せながら最後の直線を走っていましたが、馬体重の増加とともに強靭なパワーを身に付け、見違えるほどの成長した姿を見せるようになりましたね。

さて、来たる凱旋門賞ではどんなレースになればクロノジェネシスに勝機が訪れるのか、みなさんも思いを巡らせていることでしょうが、参考にすべきレースが一つあります。あの2012凱旋門賞です。上位3頭の後半1000mにおける100m毎の平均完歩ピッチを見ていただきましょう。

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4コーナーを回ってすぐにM.バルザローナ騎手鞍上のMasterstrokeが一気にスパートを開始し先頭に立ちました。どこの国の競馬も基本同じですが、最後の直線を迎えると全開スパートを敢行することが多くなりますし、特に欧州競馬はその傾向が顕著です。ロンシャン競馬場では下りを利して残り1000m辺りからじわじわスピードアップし、角度の少ない4コーナーを回って全開スパート。残り500~400mが全開スパート区間となったMasterstrokのラストスパートが通常スタイルと言えます。ちなみにこの3頭のラスト400mのラップはこんな感じだったと思います。

Solemia
12.6-13.0

オルフェーヴル
12.1-13.3

Masterstrok
12.9-13.8

スタンダードなラストスパートを行ったMasterstrokで、ラスト400mのラップ落差は0.9秒ほど。ほぼ平坦なコースでもこれくらい失速するケースが多々あります。日本の競馬なら東京競馬場より新潟競馬場芝外回りの最後の直線の方がイメージは近いでしょうか。より速くゴールに辿りつくためには、このようなラストスパートのタイミングでは非効率だと私は考えます。そんな非効率なところが欧州競馬は多いからこそ、最終的な着差の広がり方に繋がっている部分があります。そして鞍上C.スミヨン騎手が残り400mを過ぎてから追い出したような形だったオルフェーヴルは、視界が開ける外に持ち出されただけで「ヒャッホー」と一気にピッチアップし、鞍上の挙動は全く似ていないものの脚の使い方は結局Masterstrokと同じ形に。そんな中一人冷静だったのがSolemia鞍上のO.ペリエ騎手。Masterstrokに交わされてからようやく全開GOサイン。全開区間を他の2頭より100mゴール寄りに持って行った結果、ラスト200mでのラップの落ち込みが少なくなりました。

まあね、本題とは外れますがO.ペリエ騎手が欧州的スタンダードなスパートさえしてくれたら、ラストスパートを失敗したオルフェーヴルであっても差し返されることはなかったと思うんですよ。当初は内外離れていたSolemiaとオルフェーヴルの馬体が接近した上、Solemiaがゴール寄りのスパートを行った関係で2頭のスピード差が少なくなり、Solemiaがオルフェーヴルに対してファイトできる状況下になってしまったんですね。Solemiaのピッチが落ちていないのがその証拠でもあります。

このO.ペリエ騎手の手綱捌きは、やはりというか岡部幸雄元騎手の影響だな、と思わずにはいられません。代打騎乗となったオグリキャップでタマモクロスを差し返すようなレースぶりで勝った1988有馬記念や、追い出しを遅らせて古馬を一蹴した2002天皇賞・秋でのシンボリクリスエス等、最後の直線の短い中山競馬場であっても全開スパートをよりゴール寄りに持っていくという技術は、このSolemiaでのO.ペリエ騎手に通じるところがありました。スタミナ感ある先行力を使っての好位置での競馬、そして上記の分類上はBパターンになるとはいえ、他馬との比較論的に十分戦略となり得るこのSolemiaのレースぶりは、クロノジェネシスにとって大いに参考になるモノだと私は思います。

今年のドバイシーマCで競り負けたMishriffも当然強敵の1頭になりますが、やはり最大のライバルは昨年、今年の英オークスを勝った牝馬2頭。Loveに関しては有料記事となる『欧州競馬と日本競馬』という記事で少し解説をしておりますし、Snowfallについては先頃のツイキャスでいろいろ話をしておりますが、ここではLove、Snowfallの英オークスでの後半1000mにおける100m毎の平均完歩ピッチを、クロノジェネシスの2020宝塚記念、2020天皇賞・秋、2021宝塚記念と比較してみたいと思います。

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最後の直線が600m以上もあるエプソム競馬場でも、英オークス馬2頭が全開スパート区間をこれだけゴール寄りに持って行っているというのは、他の出走馬との圧倒的な力量差があるからこそであり、長距離適性の高さを源とした典型的な欧州長距離差し馬タイプという走りの質かと思います。クロノジェネシスの2020天皇賞・秋のような後半の走りとなると、追い付いたところで逆に引き離される公算が高いと思えてしまいます。一方クロノジェネシスのベストレースである2020宝塚記念は、グラフ波形が英オークス馬2頭より平行線に近く、ラストスパートを行うまでに他馬の余力を殺ぐような戦い方。当然こちらの方が分のあるレーススタイルになるんじゃないでしょうか。もちろんC.ルメール騎手が騎乗した今年の宝塚記念は申し分のない内容で、こんなレースができるに越したことはないんですが、最後の直線が350m少々しかない阪神競馬場内回りコースだからこそできた内容であり、余力を溜め込める流れの下、ロンシャン競馬場でここまで全開スパートを遅らせるのは限りなく不可能に近いだろうと思われます。ラストスパートという観点では宝塚記念の舞台と凱旋門賞の舞台、全く似つかぬ関係性となります。

今回の記事では外国馬都合4頭の完歩ピッチを紹介した形になりましたが、クロノジェネシスの方が断然ピッチタイプの走りの質と言えます。欧州の競馬場ではピッチ走法が有利というのが以前からありましたが、実際にはそのような傾向は全くありません。おそらくですが、ストライドの長さと脚の回転力、即ちピッチをごっちゃにして捉えているゆえの論調ではないかと思います。折角なので単純な例を挙げてみましょう。

例えば平均完歩ピッチが0.400秒/完歩で走ったとして、200mのラップが11.0だったとしたら、200mを27.5完歩で走破、1完歩当たりの平均ストライド長は7.27mとなります。一方200mのラップが12.0だったとすれば、200mを30完歩で走破、1完歩当たりの平均ストライド長は6.67mとなります。脚の回転力は同じでもスピードが変わればストライド長はこのように大きく変わります。概ねスピードの出やすい日本競馬ならストライドが伸びるのでそれはストライド走法だ、スピードが出にくい欧州競馬ならストライドが狭くなるのでピッチ走法だ、といった誤った捉え方をしているような気がします。ストライド長はあくまでもスピードに影響される受動的な値、ピッチはスピードを上げようとすれば速まり、スピードを落とそうとすれば遅くなる能動的な値。競走馬は各々持ち前のピッチゾーンを持っており、トラックサーフェスの違いによりその値が変化することはまずありません。変化するのは全開スパート時において、余力がどれくらい残っているかという部分です。直近のグラフならクロノジェネシスの3レースの最速完歩ピッチの値は、それぞれほぼ0.01秒/完歩差があり、それは全開スパート時におけるクロノジェネシスの余力度の差をも表しています。

最後になりますが、凱旋門賞でクロノジェネシスの手綱を取るのはどの騎手になるんでしょうか。ディアドラが欧州長期遠征した際の主戦を務めていたO.マーフィー騎手の名をTwitterで見かけたんですが、クロノジェネシスとほぼ同様のラストスパート特性を持つディアドラの良さを引き出したレースは一度もなかっただけに、個人的には賛成しかねます。「Solemiaみたいに乗って!」というフレーズで済んでしまうO.ペリエ騎手が適任なんじゃないでしょうか。また、ディアドラがいい例になりますが、いかにも日本競馬というレースで実績を上げてきた馬が欧州のレーススタイルに合せるメリットって、果たしてどれくらいあるんでしょうか。今回は早々と追い通しになりながらも不屈の根性で粘ってみせるディープボンドが参戦を予定しています。昨秋、そのディープボンドの真後ろをずっと走っていた騎手がいましたね。その時と同じことをすればいいんですよ。頼みましたよ、ルメールさん。

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