猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」9

□猫たちの溜息

 殺人事件も、毒ガス事件もほとんど進展をみせないまま、池袋の街は梅雨時のうっとうしい空気に飲み込まれていった。

 そんなある日の夕方近く。
 ともちゃんはバー・ボブテールの裏口でなんだか妙な胸騒ぎを感じていた。

「この子たち、どこからきたのかしら」

 ともちゃんの目の前には、昨日までは見かけなかった数匹の猫がなにか物いいたげに佇んでいた。

 同じころ、鯖虎探偵社のビルの階段でも探偵がすこし困ったような顔をして立っていた。足下には数匹の見かけない猫が佇んでいる。全員が鯖虎の顔を見上げて黙って座っていた。
 一番近い場所に陣取る華奢な三毛猫が、はぁーう、と鳴いた。それはため息に聞こえた。

 その日の夜、探偵社の事務所でソファにあぐらをかき、微妙な顔で耳かきをしていた針筵が、思い出したように口を開いた。

「そういや先生、なんだかおかしいんですよ。猫が」
「ん?そうだな、表の階段にも見慣れない猫が押しかけている」
「ともちゃん怖がってんですよ」
「怖い事はないだろう」

 耳から抜いた耳かきの先端をまじまじと観察しながら、針筵が応える。

「何か言いたげだっていうんすよねぇ」
「うーん、確かに……それはそうなんだよ」
「はぁ」
「確かに何か言いたげなんだよなぁ」

 鯖虎の耳の中に白猫のため息が蘇った。
 そして、溜息をつく猫たちの数は、その後も日を追うごとに増えていった。


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