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11月号特集「まひる野 今とこれからの話―口語短歌をめぐってー」/高木啓

私の中から出てくるもの

          高木啓

 私は現在五十二歳ですが、短歌をはじめたのはここ数年のことです。それまで短歌に関心はなく知識も皆無であったため、文語短歌対口語短歌の葛藤や戸惑いのようなものは私の中にはまったくありません。ひとつの短歌作品として同一線上で読んでいます。
 といいながら、大きな声では言えませんけど、私は文語を使わないのではなく使えないので口語で現代かなづかいの歌をつくっています。文語短歌の多くは親切な解説がついていないと、じゅうぶん読解できているのかどうか、かなりあやしいです。それでも短歌に触れることは、自分の一部でありながら、目には見えず、そこにあるのに気づかなかった思いや感情を掬い上げ、凝った設備の水槽で亀を飼うように、定型の中に可視化したそれらを住まわせて観察をするという、ある意味サイキックな体験でもあります。
 人の内面を観察する面白さということを、穂村弘・東直子・沢田康彦『短歌があるじゃないか。一億人の短歌入門』(角川書店)という本で教えてもらったように思います。ただ同時にこの本は他人の一発芸大会を見ているようなところがあり、面白いなと思うけど、自分がそこに参加しようという気持ちにはなれませんでした。私は奥ゆかしい性格なのです。この本は私の人生で二番目に読んだ短歌の本です。二番目でよかったと思います。一番目は島田修三『短歌入門』(池田書店)で、本当はこちらの本に圧倒的な衝撃を受けて、おかげさまで私はまひる野に入会して、以来一日も欠かさず毎日短歌をつくっておりますが、本題とは別の話です。
 さて、本題ではありますが、誠に申し訳ないですが、穂村弘にも東直子にも私はほぼ衝撃も影響も受けておりません。という、傲慢なことを言ってしまいそうになるほど、この歌人たちは現代の口語短歌に影響を与えていて、与えすぎていて、かえって元祖である彼らが、いかにも穂村弘であり、東直子であり、それは本人なのだから当たり前なのに、「ああ穂村弘ね、東直子ね」的な啄木太宰級の軽んじられ方さえされているように見えます。その彼らの切り開いた方法をほとんど無意識レベルで受け継いだ若くて新しい才能が歌壇に次々と登場しているのではないでしょうか。眩しいですね。

  電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、て言って言って言っ
  てよ 
                東直子『青卵』
  「酔ってるの?あたしがだれかわかってる?」「ブーフーウーの
  ウーじゃないかな」
                穂村弘『シンジゲート』

 いかにも東っぽくて穂村っぽくて、みんな知っている。すごいことです。だからといって崇め奉る気持ちは私にはないです。
 私が短歌をはじめたころに短歌研究新人賞次席の岡野大嗣という歌人が歌集を出して、注目されはじめたところでした。私は岡野のことばのつかい方を端的にとてもカッコいいなと思いました。短歌とはカッコいいものでもあるのだな、思いました。
 歌集『サイレント犀』(書肆侃侃房・解説は東直子)をぱらぱらとめくって、たとえば、

  ラッセンの絵の質感の夕焼けにイオンモールが同化してゆく
  あかねさすIKEAへゆこうふたりして家具を棺のように運ぼう
  青山とAOKIの巨大看板がそれ以外何もない夜空に浮かぶ

 詠まれている具体的建造物は郊外にある大型流通店舗で描き方によったらとてもやぼったいものなのに、ラッセンだってどうかと思うけど、歌人の言葉になるととてもクールでおシャレで、何もないとかいいながらとても意味ありげで、つくづく私も真似してみたいものだと思いました。そのように魅力を感じる歌を見つけると私はすぐに真似をしたくなります。ところが私には天性の器用さとかきらめく感性とか抜きんでた知性などもなくて、真似ようとしたところで、なかなかうまくはいきません。このうまくいかない点が、残念でもあり幸いでもあり私であるということで、開き直るわけではありませんが、できるかぎり冷静に自分を見つめて歌をつくろうと心がけております。
 歌われる対象というのは、カッコいいという外側の問題ではなく、あくまでも目には見えずにぐるぐると私の内面で動いているものです。鍋を囲んだときや、車の運転をするときなどに、人の性格はあらわれるものです。それと同じように歌を詠むことによって、私の性格が、もっと広く言うならば、私のたましいの一部がはみでてくるのです。それをつかまえてできるだけ設備の整ったよい環境としての自分の歌の中に住まわせてみたい。そのために口語も文語も同一線上に並べて吸収できるものはどんどん吸収し、活用して、自分の歌を上達させること。そこに一番関心があります。この関心は短歌をはじめて以来、継続しています。

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