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時評2021年8月号

世界のどこにいても


 一九八〇年生まれの五人(石川美南、田宮智美、橋場悦子、花山周子、山川藍)による同人誌「ランリッツ・ファイブ」を面白く読んだ。「ランリッツ」は「乱立」から転じ、五人だから「ファイブ」なのだという。誌名からして面白い。一冊は各人二十首の新作と、お互いの歌集評、それを基にしたZoomによるオンライン座談会と、一九八〇年から二〇〇〇年までの年表で構成されている。この年表が力作で、社会状況や歌壇の出来事、その時々の個人の記憶や感想、流行語や当時のドラマや歌までがかなり細かく盛り込まれている。WEB上に年表フォームを作成し、それぞれが書き込んで作ったそうだが、世界中のどこに居ても共同で作業が出来ることを素直にすごいなあと思う。座談会もZoomで行ったことも合わせると、コロナにより否応なく始まったオンライン生活が、一方で誰かとものを作るハードルを低くしたのかもしれないと思う。インターネット環境さえ整っていれば時差があっても一緒に作ることが出来るのだ。これなら歌集を出すことには躊躇いがあっても同人誌ならやってみようと思う人がますます増えるのかもしれない。年表に戻ると、私は彼女たちより五歳年長でほぼ同時代を生きているつもりだが、子どもの頃の記憶を比べると五年の差は大きいことに気付いた。四十歳を過ぎた五年と二十歳までの五年の長さは随分と違う。

 〈宣言〉は人の心を冷やすもの 駐輪場に輪を収めゆく
          石川美南
 田畑を継がずに古いアパートで塩揉みののちキュウリを絞る
          田宮智美
 暗がりをいくつも抜けて駅に着く目を閉ぢたまま運ばれゆけば
          橋場悦子
 ジョン・レノンが四十歳で撃たれしのち四十年経て四十歳となる
          花山周子
 なんとなく豆皿ほしいほしいという気持ちうれしく七千円出す
          山川 藍

 座談会の冒頭で五人が年表について話しているが、花山が子どもの頃に酸性雨などの環境問題が声高に語られる中で、人工的なものへの怒りがあり、杉をテーマにした自身の歌集『林立』は、人工的に植林された杉への幼い頃の怒りが動機にあったと発言し「こんなにくっきり時代的な背景が自分の作品に反映されてる」と語る部分に共感した。自分の人生に時代の年表を被せてみると、人間は時代から離れることは出来ないのだと心底思う。都会に住む、田舎に住む、とかそういうことではなくて、意識してもしなくても後から振り返れば、生きている時代や社会の状況は何かしら自分の歌に影響を与えているのだ。五人の中では特に石川は物語性の強い歌が多い歌人だが、「宣言」の一語によって掲出歌には二〇二一年の「今」が描かれている。同じように田宮は故郷へ帰ることのない悲しみと衰退してゆくだろう田舎の現状を、橋場は受動的に運ばれてゆくしかない通勤電車のやりきれなさを、花山は自らが時代の流れの上にいることの自覚を、山川は閉塞感が続く毎日の中でふいに訪れた小さな喜びを、それぞれがそれぞれの言葉で歌にする。逆に言えば時代や社会との関わりのないところから歌を作るのはとても難しいことだろうと思う。 

(後藤由紀恵)