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新進特集 「わたしの郷土・わたしの街」 作品&エッセイ②

荒川梢

愛知淑徳大学短歌ゼミにて島田修三氏に師事。二〇一一年からまひる野所属。アプレコール活動中。二〇二一年現代短歌社賞、二〇二三年歌壇賞にて候補作など。生まれも育ちも現在も名古屋。会社員。


午後休 

新たなる詩に巡り合うこともなく半年過ぎたり管理職なんぞ
赤々とデータ印の「責」の字は三倍大きい「荒川」よりも
「佐伯さん」でもなく同い年でもなく二十六万円として好き
「陽(ひなた)口(ぐち)強化月間」ポスターに白照り映えるシャガのひとむら
ただオフィスに迷いこんでた一片の風です、お先に失礼します。
午後二時のエンゼル広場は陽が満ちて酸辣麺はいつまでも熱い
暗証番号打つときに 目をふせるひと背をみせるひと顔おおうひとあり
川風の車体を乗せて桜ばなタイヤのようにころころ走る
にゅるにゅると波縫う河鵜ああ次はこういうふうに会社を抜けよう
瑠璃色の外套(マント)ひるがえし翡翠(かわせみ)は奇跡のように消えてしまった

人生が変わるその先で

 私の地元、愛知県名古屋市出身の歌人ということで、小島ゆかりを思い浮かべた。現在、島田先生と地元紙中日新聞の中日歌壇の選者をつとめており、地元の人間にはなじみ深い人である。ただ本当に「出身地」であり、高校卒業後、進学のために上京、結婚後にはアメリカで暮らしたこともある。
 さて、彼女の第十五歌集『雪麻呂』には「ふるさとは名古屋です~題詠・名古屋」という題の一連がある。

  あやまりたいことがあるから一度だけ会ひたい人があります、いまも
  駅ビルに高島屋できたころからか帰郷は旅のこころとなりぬ
  ふるさとは垢抜けなくて嫌いです好きです〈大名古屋ビルヂング〉など


 ふるさとを想うときに、温かな記憶だけではない。ちょっと苦い心残りの思いもある。「人がいる」のではなく「ある」と表現しているところに、対象者が概念のようなぼんやりとした存在になっており、その人と小島の距離感の微妙なところが出ている。「いまも」とあえて付け加えて、苦しさをダメ押ししている。
 二首目の「高島屋」は、旧名古屋駅舎を取り壊し建設されたジェイアールセントラルタワーに、二〇〇〇年開業した。小島が四十歳  半ばのころである。この歌は新駅舎ではなく、「高島屋できた」と詠むところに、とても共感する。(私は物心つく頃だったので慣れ親しんでいるが)新駅舎になったからではく、高島屋によって名古屋が変わった気がするからだ。駅表の雰囲気が一気に変わった。懐かしさや帰るよりも新しい景色の場所となり、わくわく感はあるが、寂しい気持ちにも自然となるだろう。
 そんな発展しつつも、三首目の「ビルヂング」という野暮ったさを残し続ける名古屋への、愛をユーモアで笑わせる。なんでダサいままでいいのか不思議だが、そこが愛しいのが名古屋である。
 ふるさとに苦さや寂しさ、複雑な愛が混じるが、一連以外にもふと名古屋の歌は現れる。

  ふるさとの楽園町の丘に似る猫のあたまに陽があたりをり

 楽園町は昭和区だろう。一首の全ての言葉がほんわりとした雰囲気をまとい幸福感あふれる歌である。
今暮らしていないからこそ、心の景色としてその土地を反映できる。暮らしたからこそ、その土地に詩情の奥行きが出る。
 現在、東京都に暮らしている小島であるが、『雪麻呂』では八回目の引っ越しを取り上げている。暮らす場所を変えることにともなって、生き方を見直す小島の葛藤が見える。

  介護用品ふえるさみしい家を出て街をあるけば段につまづく
  母連れて小さき家に引つ越さん物すくなくて風とほる家に
  いろいろのことありて去るこの町に家族の顔のあぢさいの花
  母の死もわが死もたぶんその町で 八度目の転居準備を急ぐ

 長らく暮らしてきた町への愛着が深い。しかし母の介護のために引っ越すことを決める。自らの衰えも感じ、「わが死」を見通して住まいを考える作者。引っ越しの決断がより重い。
 引っ越しに際して、捨てる歌がいくつも出てくる。

  古き物捨てても捨てても片づかぬ深い抽出し、老婆の部屋は
  捨てて捨てて生きんとおもふ夕焼けのそらに老婆を捨てるときまで
  あれもこれも捨てる捨てようつづまりは本と二匹の猫が大切

 生きてきた分だけ物が多い。「母の部屋の牧野植物大図鑑 海石となりてまたぐほかなし」という歌もあり、きちんと管理できているときは豊かな暮らしのひとつだったろう品が、こうもごみのような扱いになる。植物図鑑に対して「海石」と持ってくる言葉選びの美しさや、植物図鑑をお持ちのお母さまなんて、素敵である。が、それを「またぐほかなし」とドライな小島の茶目っ気が面白い。
 節目を迎えるたびに、人は悩み生き方を顧みる。同時にその前の暮らしを「ふるさと」として懐かしさだけでなく、寂しさや苦さも抱え、詠むこともできる。人生の変化は心細いものであるが小島のようにユーモアをもって歌っていきたい。

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