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時評2022年3月号

歌にひかりを当てること

「塔」二〇二二年一月号の特集「みんなで短歌かるた」が面白かった。十人の執筆者がそれぞれ一行分五文字ずつ担当し、頭の一文字がその音である歌を選歌している。紹介されているのはどれもいい歌ばかりで、しかし例えば「現代秀歌五十首」として選ぶかと言えば上がってこない歌だと思う。最初の一文字の「音」から選ばれるという切り口が新たな佳作を発掘しているように思った。

 いわゆる「名歌」と言われる作品であっても、誰もが最初に見た時から心奪われる一首と言うのは案外少ないのではないか。名歌・代表歌というのは繰り返し引用され語られ読まれることで育っていく。その一首は作者だけではなく、引用する人の思いやその時代背景をも栄養として次第に「名歌」の佇まいを纏っていく。それはある時から作者自身を飲み込んでしまうことすらあるだろう。

 通常の評論やエッセイの類では、一首の特徴が顕著なものであったり、時代を鋭利に切り取ったようなものが引かれやすい。いわゆる「地の歌」というのだろうか、丁寧に作られたどうということのない一首にこそ作者らしさが表れたり、あるいは「巧さ」「含蓄の深さ」が表れたりするものだが、最近特にそういった歌は注目されにくく、結果どんどん過激にあからさまに「言い当てる」歌が志向されているように思う。そういった歌ももちろん結構だが、それだけでは食傷してしまう。
 この特集は、はじめの一文字が決められるという制約が逆に選歌に自由を与え、いろいろな歌に光が当たったように思う。執筆者の努力もさることながら、企画が素晴らしく、「塔」という結社の勢いと力、また懐の深さを感じた。
 何首か紹介したい。


 加茂直樹選「け」
決して目を閉ぢてはならず線描(せんべう)のマーガレットは萎(しを)れてしまふ
     大西民子『雲の地図』

 田村穂隆選「つ」
・月 木々が枝さしかわしあたためるたったひとつのたまごのように 
     佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』

 廣野翔一選「ほ」
・ほっとした。影にも夜は訪れてくれる数多の灯(ひ)をひきつれて
     井上法子『永遠でないほうの火』


 真間梅子選「む」
・胸の上に灼けたる遮断機が下りぬ正午はだれも愛持たざらん 
     寺山修司『寺山修司全歌集』


 歌集名を見るとどれも一度は目を通しているはずの歌なのだが、「こんな歌あったんだ」と驚き、いい歌を教えてもらったなあと感激した。(それはあなたが勉強不足なだけで有名な歌ですよ、と言われたら真っ赤になってしまうが。)

 さて、この特集を知ったとき、余計事ながら「ん」はどうしただろうと心配した。
「わゐゑをん」の担当は空色ぴりかさん。選んだのはこの一首であった。

 空色ぴりか選「ん」
・んだっぺよ、そうだっぺよといわき行き高速バスはひだまりの中
     三原由起子『ふるさとは赤』

お見事。     

(富田睦子)