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時評2021年5月号

 手元にあるが、読みあぐねていた1冊だった。本そのものも、内容も重い。「戦争とは」と向き合うのは億劫だが、必要なことだと思う。ただ戦争詠をどのように受け止めたらいいのかと悩む。
 身近に戦争の跡を感じないまま過ごしている。以前『昭和万葉集』から戦時下の歌を探したことがあるが、日常詠や主婦の立場の歌ばかりに目が行ってしまった。
 自分の理解の範疇を超える情景にとまどい、作者の立場や心情まで読み込めず、意識的にか無意識にか戦争詠をスルーしていたのだろう。『戦争と歌人たち』はそういう自分を、歌の前に引き戻してくれるものだと思う。
 目次から気になった歌人や項目がある章を切れ切れに読んでいるので、全体像がよくつかめていないのが現状だ。
『歌壇』21年4月号に「『戦争と歌人たち』を読む」という特集記事、篠さんと吉川宏志さんの対談があったので、理解の助けになると思って読んだ。
 冒頭で「昭和初期の歌人たちが、戦争にどのように向き合ってきたかを詳細に描くことによって、今現在、我々がどう生きるべきかということまで考えさせてくれる」と吉川さんは述べる。大きなテーマとして心に留める。
 以下、おおよその特徴をまとめる。
 引用の歌を戦後に出版された歌集からではなく、初出の資料から引いてくることにより作歌当時の状況を知ること。〈本つめし箱に蓋すとうちうちて最後の釘はねもごろにしぬ〉は「棺のそれに似る。」など引用歌に短い評をつけることで、より引用の意と作品の読みが深まる。作歌当時の状況を反映した読みの必要性を思った。
〈戦場のリアリズム〉に関する歌について、「身体で捉えた言葉が戦争の本質を見通していた」と身体感覚、リアリズムから発する洞察力、観察力への言及。
 昭和10年代の短歌史、「大日本歌人協会」の解散やその後歌壇について、事情を実証したこと。二・二六事件にかかわる歌、斎藤史・半田良平などの歌の在り方を社会情勢から読む。「暗い事件を解いてゆく心労と妙味をあじわっていただきたい」と述べられる。
 『昭和短歌の精神史』を読んだ時に「良くも悪くも日本のひとは共感しやすいのだな」という感想を持った。一方で『戦争と歌人たち』において、個人の作品が大勢に共感しえない私的な部分を表し、詩作を通じた活動、社会情勢をを知ることができるだろう。
 終章では「他ジャンルに先駆けて短歌が、戦争がもつ悲惨さを表現しうる最強の砦になって欲しい」と締めくくられている。「個」の確立、個人的経験を読むというのが近代短歌に変わった大きな変化だと言われる。その「個」が砦たる作品を生み出したと思う。現代では、災害や政変などの際に、SNSなど「個」からの情報発信が世相に影響をあたえている。作品も同様に「個」からの発信により影響を与えるものとなりうる。
 その「個」は安易に情報、世間のイメージに流されていないか。あらためて作品における「個」の問題と歴史的な読みを意識することとなった。
    (佐藤華保理)