クイーンビー
むかーしの話をするわね。
あたしがプライマリースクールのおチビちゃんだった頃、クラスメイトに気になる子がいたの。その子は女の子だったけれど、あたしはその子に夢中だったの。
あたしよりずっと背が高くて、髪の毛だってサラサラだったんだから。
その子とおんなじものを持ちたくて、ポーチや消しゴムをお揃いのにしたんだ。そうしたら、その子はあたしの気持ちに気がついたの。
誰も見ていないところで、手を繋いだりした。指先で背中や首筋をなぞられるだけで気絶するくらい気持ちがよかったわ。あたしは、子どもながらにその行為にはその先があるって思った。その先をその子としたいって思った。
あるとき、その子がポーチがないって騒いだの。あたしも一緒になって探したわ。それなのに彼女、あたしが盗んだって言うのよ。そんなことするわけないのに。でもクラスメイトはあたしを疑った。だっておんなじポーチを持っているんだもの。それに、その子はクラスの人気ものだから、みんな彼女の方を信じたわ。
仕方なく、あたしのポーチをその子にあげたの。ポーチに執着はなかった。お揃いじゃなければ意味がないもの。でも、おかげで彼女の機嫌もなおった。
それでね、あたしたちトイレにね、一緒に入ったのよ。あの個室の中に二人きりよ。あたし一体どうされちゃうのかしらって。彼女の手があたしのシャツのボタンを外すの。あ、いやだなって思った。ううん。彼女にならどうされたってよかったんだけど。でも、見られたくなかったの。
彼女の手が止まった。
ねえ、これなに?
ああ、見られちゃった。
これは、ペースメーカー。あたしの心臓がちゃんと動くようにサポートしてくれるの。
ふーん。彼女の目から色が消えていくのがわかったわ。
気がつくと、あたしはトイレに一人残されていた。自分でシャツのボタンを締めて、じっとしていた。動けなかったの。授業を初めてサボったわ。
家に帰ったらね、もう、あたしは決めたの。お風呂でね、だってきっと血がたくさん出るわ。ハサミを持ってね。わかる? こう、刃をね、ペースメーカーが埋め込まれているこの皮膚の部分にね、突き刺してむしり取ってやろうと思ったの。
でもね、何回ハサミを突き刺したって、取れないの。それはそうね。しっかり固定されているんだもの。胸の傷は大きくなるばかりで、そのうちあたしは気を失ってしまった。
死んだと思ったわ。ううん。多分死んだの、あたしは一度。
真っ暗な夜の海に、ゆっくり一歩ずつ入っていくような感じ。海岸の明かりが小さく重なって、線のように見えた。あんなに遠くにあるんだって。もう帰ることはできないって思った。
だけど、あたしは、そこで消失しなかった。
なんだかやけにキラキラ眩しいところ。理科の実験で使うような天秤? みたいなもので心臓の重さを量られたわ。それはきっとあたしの心臓。こころの重さを量られたの。あれは神さまか仏さまよ。
気がつくと、あたしは病院のベッドで寝ていたの。ペースメーカーは外されていたわ。
「ねえ、蛇さん。あたしのこの話信じる?」
ラブホテルのSM部屋の十字架に〝蛇〟と呼ばれる拷問専門のフリークスを拘束している。拷問をするのはあたし。ううん。きっと、これはご褒美ね。
「おで、おでは……」
「えっと、おでくんは、フリークスくんなんでしょお。あたしはね、あの世で神さまに女王蜂の力をもらったわ。でも、この力はいつか返さなければならない。あたしの命と、それからあなたたちの頭と一緒にね」
フリークスは、生まれながらになんらかの能力を持っている。あたしたちみたいに、一度彼岸を渡ってから目覚めたわけじゃなく、生まれつき。きっとその源は同じところにある。
「どうして、その恵まれた力を正しいことに使えないわけぇ?」
と言いつつも、開花したあたしがよく知っている。力はあれば使いたくなるんだ。あの子、プライマリースクールで出会ったあの子は、調教がいきすぎて、息を吹きかけるだけで、〝そそう〟をするようになってしまった。今では人体と人格を破壊することがあたしの生きがい。協会に所属して頭狩りなんてしていても、結局フリークスとなんら変わらないんだ。
「知ってるわよ。あなた、痛みをまったく感じないんでしょお」
ピンヒールで足の小指を擦り潰す。蛇は眉ひとつ動かさない。
だからこそ、この拷問はきくはずだ。蛇の胸は爪で掻きむしられ、傷だらけになっている。十字架で手足を拘束しているが、左手だけを解放している。その自由になった左手は、ずっと胸をボリボリ掻いている。皮膚がめくれ、血が滴る。
「人の痛みがわからないで、よく拷問なんかできるわね。あたし思うの。最高のご褒美って、ご主人さまとお揃いになることなんだって。あたしにはわかるわよ。あなたの苦しみが」
あたしは胸をはだけさせた。かつて、自分の手で傷だらけにした胸を見せた。
「おそろい? ご主人たま」
蛇は相変わらず胸を掻きむしる。蛇に注入した毒は、体の内部に痒みを感じさせるものだ。だけど、このフリークスの蛇には触覚がない。消えることのない痒みを消すために彼は胸を掻き続ける。心臓をその手で直接掻きむしり絶命するまで。
「そおよ。ご主人さまの命令よ。教えなさい。ヘッドくんはどこにいるの? なにものなの? 教えてくれたら楽にしてあげるわ」
蛇はぶんぶんと首を振った。彼の胸はもう白い胸骨が見えている。
あたしは感動している。ヘッドはどれほどの忠誠心をこの蛇に植え付けたのだろうか。あたしの女王蜂のフェロモンでも靡かないなんて。
ああ、早くヘッドに会いたい。あたしの前に跪かせたい。
「じゃあ、十字架に祈りなさい。あなたの力を神さまに返すわ」
あたしは断頭用の剣鉈を鞘から抜いた。
蛇は目を閉じる。
横一閃に剣鉈を走らせる。いや、ちょっと待てよ。振り抜く瞬間に思った。十字架は死刑に使われるための道具なのだから、祈れというのは間違っているのかもしれない。
「あ、やっぱり仕切りなお……」
充分に加速した剣鉈を急に止めることはできなかった。蛇の頭はラブホテルの真っ赤な絨毯の上を転がり、噴き出す血で黒く染めた。
「……アーメン」
あたしは虚空にへたくそな十字を切った。
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