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ハウンドドック #2

 セッターの声が聞こえなくなった。
 ウッドペッカーキツツキの野郎、気が付いたか。セッターは、さらわれた女のフリをして奴を油断させる作戦だった。
「なあ、シューター知ってるか。この地下鉄の使われなくなった線だけどな」
 ポインターが俺に話しかける。別に俺たちはのんきにおしゃべりをしているわけではない。
 俺はボウガンの矢を放つ。
「また、外れたな。で、メトロの廃路線がなんだって?」
「ここな、墓場になるらしいぜ」
「知ってるよ。地下5階まで予約で埋まっているらしいな」
 矢を放つ。また、ハズレ。
「ところがな、実は4階がないらしい。なんでかわかるか? 縁起が悪いからだとよ」
「理解に苦しむな。死んだらそれっきりだろう」
 また、ハズレ。
 セッターの声が聞こえなくなって、キツツキの位置が掴みづらくなった。俺の相棒、猟犬ハウンドドックは素晴らしい嗅覚を持つフリークスだ。セッターのセットとポインターのポイントで、獲物の位置を読み取り、そこに俺は矢を放つだけ。
 セットとポイントは基本的に同じことをしている。猟犬たちは獲物の方向を鼻先の向きで示す。鼻の向きは声が出ている方向と一致している。だから、俺たちは喋り続ける。
 セッターとポインターの立つ二地点から伸ばした線の交差する点に獲物がいる。そうして俺は、初めて二次元的に獲物を捉えることができる。俺は多少耳と勘がいいだけのフリークスだ。こいつらの声だけが頼りなんだ。
「シューター、俺は4階が嫌だとかワガママは言わないけどよ、もし眠るなら臭えのだけはカンベンだな」
 矢を放つ。遠くでカツンと乾いた音がした。キツツキの野郎、物陰に隠れているな。
「なあ、ポインター。フラッシング頼めるか」
 フラッシングとは、獲物を俺の矢の届く場所に誘い出す技術だ。ポインターと二人で組んでいたときは、そうやって狩りをしていた。百発百中だったんだ。
「おい、ポインター」
 俺の声だけが暗闇に虚しく響いた。腰に下げていた狩猟刀に手を伸ばす。返事をしてくれ、ポインター。
「ポインター、聞こえないのか」
「ポインターなら呼んでも無駄だぜ」
 その声は、風と肉を切る音と同時に発せられた。

 俺は、暗いプラットホームの端で仰向けになっていた。手足が動かせなかった。
こいつピーピングトムついばんだからな」
 ああ、そうか。俺はキツツキに突かれた。頭がぼうっとする。
「あいつらは、ポインターは? セッターはどうした。殺したのか」
「質問するのはこっちだ」
「どうして答える必要がある」
「なら、ポインターとセッターは死んだと言わなければいけない。俺は嘘をつかないぜ」
「狩りってのは、遊びじゃない。生きるためにすることだ。それが失敗したから死ぬってのは理にかなってるだろ」
「テメェら、はじめは動物を狩っていたんだろ」
「どうしてそう思う?」
「セッターとかポインターとか、狩りの方法はともかく、内容を考えろよ。俺だって言葉がわかるんだ。敗因はそれだぜ」
「普通は知る前に死ぬんだ。猛毒の矢だ」
「クッソ痛かったぜ。今度こそ死ねると思ったんだけどな。なぁ、なぜ人を狩った」
「お前たちもフリークスを狩るだろう」
らちが明かねーな。俺たちはなにも……」
「ヘッドだったらそうしていた。ロクな奴がいなかった。俺たちが狩ったのはそういう奴らだ。俺たちは、なにをすべきか迷ったら、ヘッドならこうするって考える。お前のことはよく知らないが、ヘッドハンターへの抵抗は俺たちの営業活動みたいなものだ」
「なら、ヘッドならどうする。この状況」
「俺はヘッドじゃなかった。だから死ぬんだ」
「ビョーキだな。死んでも治らねーぜ」
「死んだら終わりだろ」
「ああん。見たことねぇから、そう言うんだ」
 キツツキの野郎、おかしなことを言う。でも、こいつの体のタフさは異常だ。それに、噂では一度死んだことがあるとか。俺は信じていないが。
「おい、キツツキ。お前、〝招待状〟は受け取ったのか」
「なんのことだ」
「いいや。……ポインターとセッターは死んでないんだな」
「DOAはテメェだけだからな。俺の精霊馬しょうりょううまになってもらうんだ。安らかな顔をしろよ」
「ショーリョウウマ? なんだそれは」
「お盆のアレだよ。テメェはナスだ」
「サクラの文化か。聞いたことないな」
「なんだ、おまえ外国人か?」
「そういうわけじゃない。なあ、俺の頭を狩るんだろ」
「ああ。協会に持ち帰って人相書きと比べっこしないとな」
「あんな落書き。最後にひとつ、俺の願いをきいてくれないか」
「一生のお願いってやつかよ」
「俺は綺麗好きなんだ。こんなところで寝ていること自体耐え難い。お前の、その気味の悪いトカゲの舌で首を切られるのなんて考えるだけで発狂しそうだ」
 こいつは、コモドオオトカゲの舌で首を両断するというのを聞いたことがある。眉唾まゆつばだったが、対面すればわかる。それは本当だ。
「止めさし用の狩猟刀がそこに転がっているだろう。それで綺麗にやってくれ」
「だから、なんでテメェらは最後の最期に勝手なお願いを言うんだ。そうやって、死の際の願いごとを一度でもきいてやったことがあるのかよ」
「……たのむ」
「黙って目を閉じろ」
 俺は言われた通り、目と口を閉じた。
 暗闇で目を閉じると、不思議と少しだけ明るく感じた。俺はポインターとセッターのことを考えた。
 そして、鋭い鉄の塊が振り下ろされるような音を聞いた。

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