“アリスとテレスのまぼろし工場”感想&考察
はじめに
※小説未読、視聴直後の感想ですので記憶違い、勘違い等ございますことご了承ください。
すごく好きな映画だった。
キャラクター全てに役割があって、人物の情緒を描くのが本当に巧い。
細かい仕草にも感情が込められている事がアニメーションの演技からもよく伝わる。
さすが岡田麿里監督とMAPPAの制作陣。
本当にすごい。
ジャンルとしては、時間軸の異なる並行世界ものと言えるのだろう。
しかし、それに付随する様々なテーマに、この作品の複雑さと特異性があらわれている。
そのテーマを「変化のない世界と情動」「物事の表裏一体性」「少女の変化と強さ」の3点に分類して、感想まじりに考察していく。
静止した世界と情動
静止した世界と聞いて、やはり1番に思い浮かべるのはコロナ禍の世界だろうか。
制作時期的にはそれより前のようだが、そういった背景も一部作品に織り込まれているような気はする。
個人的な話になるが、自分は2000年生まれで、東京オリンピックの年に二十歳になるのだなぁと思っていたので、オリンピックや成人式が延期になった事で、2020年は歳をとっていないような感覚がある。その為、静止した世界を少しリアリティを持って感じることができた。
加えて、ここ数十年の日本経済、社会の停滞と閉塞感も静止した世界のモデルになっているのだろう。
つい最近も、高度経済成長を支えた大きな製鉄所を閉めるなんてニュースを見たが、爆発した製鉄所は一種の象徴として描かれているように見える。
そしてその閉塞感から脱却しようとする情動は正宗達の行動やセリフによって表現される。
正宗の画力の向上が確かな変化の証拠としてあるのは、いかにもアニメ作品らしい。
このようなテーマ設定であれば、“変化しない大人”と“変化を望む子ども”の対立としてストーリーが組めそうなものだが、この作品は基本的に敵対を描いていない。
変化が世界の崩壊に繋がるにも関わらず、進もうとする正宗達の行動は破滅的であり、正義の主人公には当て嵌まらない。
叔父の時宗は終盤工場を復旧させ、正宗と意見が食い違うシーンもあるが敵になるわけではない。
悪役に見える社家の佐上もどちらかといえば狂人で、敵対というには微妙なところである。
むしろ、“背反するようなものは表裏一体であり、混ざり合っている”ということが、作品を通して表現されているように思える。
その代表が、まぼろし世界と現実世界であり、その世界に混ざり込んだ“五実”という存在なのだろう。
物事の表裏一体性
予告編でもあったこのセリフが先述した、物事の表裏一体性を如実に表している。
思春期の不安定な情緒ともよくマッチしていて作中でも特に印象深い。
他に表裏一体性を持った事象として「痛みと楽しさ」「恋と失恋」「生と死」等が、コンセプトとして織り込まれている。
そして、その全てが交差するシーンが駐車場での正宗と睦実のキスシーンと心音の場面だろう。
ここのキスシーンは本当に素晴らしい。消化されるイベントとしてでは無く、しっかりと物語とキャラクターにとって必要な長さを保っている。
少し話がズレるが、人物を接写してもキツくならないのがアニメの実写とは大きく異なる点だと考えていて、このシーンはその利点をよく生かされていると言えるだろう。
そして、このシーンがトリガーとなり2つの世界がかつて無いほどに混じり合っていく。
この混じり合いを雪が解けて降り注ぐという現象で表現するのは非常に巧い。
終盤、失恋した五実の泣き声の裏で、睦実が産声を聞いたと言うシーンがある。
これは、「恋と失恋」「生と死」と同じように「失恋と生」、「恋と死」も交差し混ざり合っていることの暗示だろうか。
この場合「恋と死」を担うキャラクターは正宗に告白して消えた園部になるのだろう。
少女の変化と強さ
睦実は冒頭、ミステリアスでとても魅力的なキャラクターとして登場する。
屋上の会話から製鉄所に向かうまでのシーンは作中でも特に惹き込まれる場面の1つだろう。
しかし、中盤から終盤にかけて魅力が無くなったとまでは言わないが、ミステリアスな少女としてのキャラクター性は薄くなっていく。
それは、五実をより意識することによって少女から母親へ睦実の自己認識が変化したことを表しているのではないだろうか。
五実を現実世界に送り出した後は、序盤のミステリアスな魅力をもつ睦実に戻ったと感じた。
すなわち、あの電車の中での勝利宣言のような会話は、母親から年相応の少女にもどる為の睦実にとっての儀礼だったのだろう。
電車に飛び乗れたのが、正宗と2人ではなく睦実1人だったのが彼女の強さが表れている。
また、攫われた後の五実がウエディングドレスを着ていたことも、少女の変化を描く為にはどうしても外せないアイテムだからだろう。
そうでなければ、あの場面で五実がウエディングドレスを着る必然性は無かったように思える。
最後に、ラストシーンと心音
ラストシーン、少し成長した五実は製鉄所を訪れる。
製鉄所に残されていたメッセージの、どことなく若い雰囲気を見るにまぼろしの世界はそんなには持たなかったのでは無いだろうか。
ただ、正宗のイラストの画力は中盤のシーンと比べてもう一段階ほど上がっているような気もする。。
そして流れる主題歌“心音”とイントロと共に動き出す製鉄所の影。イントロの入り方は完璧だった。
主題歌の歌詞がストーリーにかなり沿っているので、ここで引用しておく。
本当にいい映画だった…
いわゆるエンタメ的に面白い映画という感じでは無いので人気が出るか心配なところではあるが、、(自分の行った劇場は初日で10人居ない程度だった。)
主題歌“心音”の考察と感想はまた別のnotoで書こうと思う。
原作の小説は現在注文中なので、読み終えたらまた何か文章に残すかもしれない。
ここまでありがとうございました。
了
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