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コロナに負けるな!という意識②

前回の①に続く今回は、教育面に向けて執筆していきたい。それは、緊急事態宣言にも関わらず、休校措置を取らないで通常通りに通わなくてはならない子どもたちへどのように対応しているかということだ。文科省によると、運動会や宿泊研修・修学旅行などの行事を延期または中止としておくよう、呼びかけている他、部活動の禁止を挙げている。

 しかしながら矛盾する点として、、 

大会が控えている運動部においては、選手の努力意など子どもの気持ちを尊重するとして、対策上での実施を特別に認める。
時期を延期することであれば、教育課程上において運動会や宿泊研修・修学旅行などの実施については最大限の配慮を促進する。
放課後の時間短縮などにおいて、時間割編成の都合上で単位不足または履修内容に時間が足りないという問題点があることは夏休み・冬休みの時間を調整することにより、全ての履修を終わるように配慮する。

という意味で文科省は最大限の配慮を示しているわけだか、これが本当に学校のため?子どもたちのためだろうか?という疑問が多いのだ。私だったらそれは違和感あるとして、おかしいと異論づけたいことはある。子どもたちのためと言いながら、現場を見ていない苦情があると私は考える。

1、子どもたちは毎日マスク着用や手洗いなど感染対策をした上で通学しているが、時間帯においては人の接触する機会が多い。また放課後の外出(公園やファーストフード店などの娯楽行動)もいることから教育上の指導が十分ではない。
2、部活動禁止となっている生徒へのモチベーション低下と大会を控えている生徒への運動による格差、教育活動への思い出づくりに違いが出るという精神面のフォローが欠けている。また小中学生においては行事などの楽しみがなくなり、学校生活としての有意義な生活が満喫されるだろうか。という点だ。学校生活はもっと満喫するようにするため、子どもたちのために考え、勤務する教職員への仕事量に負担が重くなっているということだ。

 この点については、教育委員会からは何にも出来ず。コロナ対策を色々と表だけで口答えするということの姿勢がちょっと私には腹立つしかない。GIGAスクール構想としてICT環境を整備することを急がせるようなことばかりで根本的なところをしっかり考えていないというのが、行政の都合である。教職員一人一人が生徒と向き合う時間を少なくしていくと、逆に生徒から学校教育そのものを楽しんでいるかどうかというのは分からなくなっているだろう。勉強が疎かになり、かつ行事が中止などで勉強ばかりだとつまらない思い出しかないだろう。これが精神的に楽しかったとは言えないし、せっかくの同級生や先輩、後輩の繋がりという人間関係を学ぶということも経験不足になってしまうということだ。

私はこの人間関係を学ぶことや、勉強をするという姿勢が失われようとする教育環境になってほしくないと思っている。しかし残念ながら、現実として子どもたちのためにしっかり対応しているというような取り組みは見られていないので、子どもたちの中にはストレスが溜まっているし。学校をなめているイメージが染まっていることもニュースになっている。(学力・運動低下を指摘している、思い出がなかったという声が多い。)

 一方で、頑張って勤務する教職員の方も苦労を察していかなければならない。テレワークが出来ずに通勤して、退勤するまでの間に本来の教職員としての仕事をしていけるかどうかということに問題がある。教科書の内容を教えるために生徒の実態を把握しながら、授業の準備をしなければならないのにコロナ対策のことに気取られていて、十分な授業準備が出来ていない可能性があると指摘する。かつ授業以外の業務量も多くさらに加えて感染対策の仕事を背負わなければならないという精神的負担があるということをご存知でしょうか?

 この精神的負担が多くなっている教職員に対して、文科省は本来あるべき教職員の仕事ができるよう、校務支援スタッフといった非常勤職員の配置や部活動においては外部指導員といった制度を充実させると言いながら、結局都道府県の判断に委ねるために消極的なところもあるという情報を聞いたことがある。かつ情報はあったとしても結局、応募した通りに採用されずに不採用だったりかつ雇用できない状況判断があるということを耳にした。(Twitterの教師のバトンにあるツイートより)

つまり表沙汰では、良い評価を上げようと様々なコロナ対策を打ち出している会見発表といった政策の狙いとは、矛盾に現状では教育委員会の怠慢さが学校現場では大変な思いをしているという厳しい状況に置かれている。かつ管理職の消極的な姿勢が一人一人の教職員の業務量を増大し、生徒一人一人にきちんと向き合えていないという悪循環が以前から変わっていないということが正直な現状であることをみなさんに知ってもらう必要がある。

 加えて、聴覚障がいのニーズを専門的に学習していない教職員が特別支援学校の免許を取得したとしてもそれはただの学問であって、実際は経験値なので正直なところ、言語理解は不十分な教職員が多いということをはっきり申し上げたい。これについては、詳しく後日に執筆する内容で触れていくつもりである。保護者の小さな不満が学校には、気付かないということを自覚しなければならないと私は色々な情報を把握しており、重く受け止めている。

結論として、コロナに負けるなという意識は教育面の課題をさらに悪化させているということだ。きちんと原点に戻った人間としての然るべきな判断とは何か。

 まず休校措置を一定期間、作っていこう。そしてその間に十分な教材研究や教職員への健康第一とした休暇日及び協力金を補助することで家庭のための時間を作ってあげよう。
 生徒には休校期間中に外出を控えることにより、コロナ感染を防ぐということの大切さを学びつつ、オンライン授業などを通してしっかり家庭の中での学習を身につけるきっかけにしていこう。
 教育委員会また管理職においては、機材設備においてしっかり予算をかけてオンライン授業や家庭での学習サポートができるような環境整備に積極的な知恵を働き掛け、教職員の負担にならないよう地域連携そして外部人材を活用して業務量の軽減を検討していこう。

ということを私は願いたい。ちなみに3つ目にあるオンライン授業を通して家庭での学習サポートに力を入れている仕事をしている。これについては、先日の投稿「ことばの学習に手話を使う」などいくつかの記事があるので、振り返ってみていただければ幸いである。