【ロック少年・青年小説集】「25歳からのバンドやろうぜ1~初めてのステージに立ってみよう④~」
Fがハイテンションで入ってきた。
1時間以上の遅刻だ。
残り1時間足らず。
「コグレさん、ステージ成功させましょうね!」
臆面もなく、握手を求めてきた。
この手の握手を求めてくる奴にロクなやつはいない。
手を蹴飛ばそうと思ったが、まあ、仕方なく握手に応じた。
Fはメンバーに陽気に、かつ強気に遅刻をわびる様子もなく、
軽口をかわしながら、一人ずつに声をかけている。
要領のいい、「うまい男」なのだな。
メンバーからは、遅刻の件をぶつくさ言われつつも、
なんだか仲が良さそうでうらやましい気もした。
Fはベースを取り出して、チューニングも適当にアンプから音を出す。
「コグレさん、なんかセッションしましょう」
「おまえなあ、あと1時間ないぞ。バンドで集まったんだから、
ちゃんとやれよ」
「まあまあ、たのしくやりましょうよ」
「おまえさあ、選曲もう決まってるって聞いたぞ。どうなってんだ?」
「ああ、あれね。あれ、おれが前バンドでやってて、すぐ弾ける曲選んだだけですよ」
まったく気持ちいいほど悪気がない。
こっちもあきれて腹も立たないのが不思議だった。
「いちおう、みんなの希望とかは?
例えば、おれの希望とかは?」
「SもDもバンド経験ないし、おれもできる曲限られてるんで、
合わせてくださいよ。今回は」
めんどくさくなったので、ほっとくことにした。
「わかったけど…ドラムのKくんは曲を知らないって言ってるぞ」
「ああ、Kは臨時で頼んだんで、本番でたたけりゃオッケーな感じで」
調子のいい感じでKがドラム席から、
「次までにばっちり覚えてきますんで」
念のため確認してみた。
「ところで、4曲の音源はどうするつもり?」
「ああ、F、録音しといてくれる?」
「Sにやってもらえよ」
「え、おれ? 持ってないけど」
「じゃあ、コグレさんお願いします」
頭が溶けそうだった。
「ばかやろう! F、おまえが用意しとけ。
3人に渡しとけ!
おれは自分で探しとくから」
Fは少し、ふてくさった感じになったが、承諾の意志を示した。
「ドカドカうるさいロックンロールバンドは、どの音源使う?
家にある、RCのライブのビデオのやつでいいか?」
「いいっす。コグレさんに4曲しあげてもらって、そいつをもとにやりましょう。頼りにしてます」
うーん。
思っていたのと、ずいぶん違う展開に絶句した。
「コグレさん、おれドラムやるんで、サマータイムブルースやりましょうか」
Kくんがいるのに、いきなりサマータイムブルースか。
でも、Fの話だと、Fがドラムをやるわけで、ベースがいないってことだ。
ユキオはベースがないほうが、いいかもしれないと感じた。
Kくんにはなんだか申し訳ないが、Fがドラム席に座ったので、
Sにサマータイムブルースできるかと聞いてみた。
「だいたい、できると思います」
「そうか、適当でいいから、たのしもうぜ」
ふだん、「たのしもうぜ」なんてセリフを言ったことがなかったので、
ユキオはなんだか自分ではないような感じにわらってしまった。
イントロを弾きだす。
Fのドラムがはじまる。
あら。
なんじゃこりゃ。
Fが凡庸なベースプレイとは対照的になんちゃってキースムーンをたたく。
Sを見て「歌え」と目くばせをした。
ありゃりゃ。
かっこいいじゃんか。
こっちがあおられる。
音が小さい。
アンプに近づいてボリュームを上げ、
オーバードライブを強くした。
Fが乗ってくるのがわかる。
Sの高揚感が伝わる。
Dも歌いだした。
1曲が終わるとき、これは思ってもいない化学反応が起こったことを理解した。
Fがドラム席を乗り越えて、こっちにやってきた。
「コグレさん、すげえ!
バンド組みましょう!」
バンドはもう組んでるじゃん。
とはいえ、興奮が伝わってきた。
25歳をすぎて、
生まれて初めて、
バンドをやる一体感を体験した。
バンドやろうぜ…確かに、
バンドは、
やってみるもんだな。