三人の記憶:藪の中⑩~マリ先生⑥〈マリ先生vs.天方くん4〉~浄化の完了【少年小説】
「兄は、何かを呼んでしまったことには気づいてないようでした…」
「あなたは気付いたのね?」
「はい」
「何かれいてきな存在を感じたのね?」
「感じました。なんか、米国先住民みたいでした」
「なんで?見えたの?」
「ぼくはっきり幽霊を見たりはしないタイプだから…でも体はぞわぞわして…その夜に夢なのか…いやわからないんですが、大きな風船みたいなやつが見えました」
「それが米国先住民だったの?」
「煙みたいにすすけた風船に刻み付けたような怖い顔がいっぱいありました。先生はデビルマンって読んだことありますか?デビルマンで亀の甲羅に人の顔が生きてくっついてる悪魔がいて…そのような感じかな?いやそこまではっきりとはわからないんですが…とてもいやな感じでした」
マリはそのときその存在を知覚した。有名な米国先住民のことを特定していた。
「天方くんは8歳のときだと覚えているのね?」
「ええ、同じ時期に東京に家族旅行をして東京タワーで蝋人形を見ました。米国先住民の気味の悪い趣味の悪いものがトラウマみたいになりました。そのときの先住民の処刑の情景とか戦いとかの印象と、イメージが重なっているので…勘ですけど、米国先住民のなにかかなって…」
「もし自分にとりついていたら浄化したいと思う?」
「先生、助けてくれるんですか?」
「いいわ。ちょっと待ってね」
マリは鞄から何か取り出すとライターをだして陶器の上で薬草のようなものを燃やした。ホワイトセージだった。米国先住民の神聖なるハーブだ。
だらにを唱えると、天方は突然顔が蒼白になり、半泣きになって椅子から落ちていた。
マリはだらにが一通り終わると、天方の背中から後頭部を撫でるように手をかざした。天方はあらい呼吸のまましばらく呻き声をあげていた。
「天方くん、顔を上げて」
その目は天方ではなかった。
部屋の上に樹のこぶのようなものがぶら下がっていた。
30分くらいが経過した。そのとき、失神状態だった天方が目を開けた。
「どう?天方くん、今はどんな感じですか?」
「ボク、眠ってましたか?」
「ふふふ、金縛りとかがなくなればいいわね」
「先生はエクソシストですか?」
「あはは、懐かしい響きね…子どものころの映画だったかしらそれ。このこと…誰にも言わないでね。それに、ほんとならかなり高額な施術だからね。しゃべったら承知しないから(笑)」
天方の表情からは硬さやあやしさが抜けて…むじゃきな小学生のような幼い表情になっていた。
マリの浄化は成功した。
「出世払いします。これであのおかしな夢や金縛りがなくなったんですね。ありがとうございます!」
「でも、油断はできないわよ。あなたが変わらないかぎり、同じような憑依は起こる可能性はありますからね」
「どうしたらいいでしょうか?」
「真剣に自分を変える勇気を持てる?」
「やってみます」
「まずは、自分にうそをつくことをやめて、ありのままの自分を認めることよ」
「はい」
「自分がしてきた過ちを認めることよ。肯定的に生きていくということがどういうことなのか、本を読んだりして学んでみたらどう? 読書は嫌いではないでしょ?」
「なんとか、やってみます…。マリ先生、またカウンセリングしてもらえますか?」
「私は高校に来ている身分だから、あくまで学校を通じてね」
「れいのうしゃとしてはお願いできないんですか?」
「まあ連絡先は教えてあげるから、自分でお金を稼げるようになったら、考えてもいいわよ」
「先生って…すごくかっこいいですね…。ぼくが好きなカルトなマンガの主人公みたいです。例えば諸星大二郎先生に出てくる中国の女性の神様に似てる感じです。ぜひ、先生も読んでください。本貸しますよ…連絡先は教えてください!」
なんだかめんどくさいおきゃくさんを見つけてしまった。
やり過ぎた。多少後悔した。
「先生ありがとうございました!」
天方はすっきりとした穏やかな顔つきになって帰っていった。
「まあ、よしとするか」
マリは声に出して自分に納得させた。
電話がかかってきた。小鹿先生からだ。
「もしもし」
「小鹿です。天方くんはどうでした?」
「詳しいことはゆっくり話すわ。おなか減ったからごはん食べない?」
「今から迎えに行きます。すぐ出るわ」
「ありがとう。迎えにきてくれるならお蕎麦屋さんに行きたいわ。払いは別々でね(笑)」
「私がおごるわよ。なんかうまくいったみたいね」
「う~ん。本業成功、職業上的には60点かな?」
「もう出られるから、すぐに学校に迎えに行くわ」
「待ってるわ。ありがとう。
ねえ、小鹿先生、今夜私のうちに泊まりに来ない?」
「いいの? じゃあ着替えを持ってくわね」
なんだかほっとした。小鹿先生と、いろんな話をしたい気分だった。
あわてて、資料を片付けて、職員室に戻った。