老年期少年小説 「誰もいなくなったのはなんで?〈8〉」【いつになったら抜け出せるのか①】
還暦を過ぎて、就職活動をしている。
希望業種は塾の講師である。
しかし、まったくと言っていいほど、
まともに相手にされていない。
まだ、十数社を当たっただけだが(私のようなレベルでなければ、早い段階で採用されるかもしれないのだが…これまでの人生でも私は転職のたびに100社くらいをうけるのは珍しいことではなかった)
大学の時、就活である会社をうけた。
実際にはサークル活動をまともにしたことがなかったので、
「人気者になる会」に所属していたという
嘘をついたことがある。
集団面接でも、その話をしたことが何回かあった。
集団面接をうけたあとに、大学生どうしの情報交換のため、
よく食事したり、お茶を飲んだりすることがあった。
当時の大学生のたしなみのような、
知らない学生間でもコミュニケーションをとるのがいけている…
そんな雰囲気もあったかもしれない。
実際に、人気者になる会があったわけではない。
加藤諦三先生の本などを読んだり、
自己啓発への意欲はあり、
いつかは人気者になりたいという意味でもあった。
しかし、「人気者になりたい」ということは、
実際には自分は人気者ではなかった。
大学生というのは、ある程度性格がよくなくても
おおめにみてくれるということもあったであろう。
友達はいたが…真の意味での友達は、
実際はいなかったのかもしれない。
その当時の自分は、今以上に自分がなく、
誰かのコピーを繰り返して、
それを自分であると思い込もうとしていたと思う。
自分はプライドがあまりにも高いのだが…
自分ではあまり自覚がない。
いや、というより、自覚せざるを得ない状況がきても、
すり替えて「自分は謙虚である」という
思い込みのほうが勝っていたのだった。
さすがに、その思い込みを打ち砕かれるときが大学を卒業したあとにやってきた。
30社ほどをうけたあと、1社になんとか採用された私は
そこで本来の自分を初めて知ることになったのだ。
ルートセールスの会社で、多数の店舗への道を覚えられないということがまず立ちはだかった。しかも、運転がうまくない。力仕事なのに、まるで力がない。何度教えてもらっても覚えられない。
それが、プライドの高さや、やる気のなさなどが影響しているとは、
実はよくわかっていなかったのだ。
笑うしかないが…。
いま、当時の心の声がわかる。
「大学を卒業した自分が、こんな細かい仕事をやらなきゃいけないのか」
「運転が怖い。こんなに疲れる仕事をやりながら、多くの店を訪れながら、危険な運転、作業をし続けて、人を殺したり、事故を起こしたり、自分がけがをしたり、死んでしまったらどうしよう」
「仕事がつまらない、こんなつまらない仕事をやりつづけなきゃいけないのか」
「おれには向いていない。本社勤務はいつになったら実現するのか…」
「あの店の食べものを食べたい」
「週末はずっと寝ていたい。こんな会社に入らなければよかった」
それらの声には、
「自分は特別な才能をもった人間で…いつか成功するにちがいない。
こんな場所では自分の才能は発揮できない。自分は特別扱いされるべき人間で…不遇なのはおかしい」
「他人は間違っていて、自分はすべて正しい。しかし、嫌われたくないので、本当の自分は出したくない。いまは我慢してしたがっておこう」
「あの人はダメなひとで…人から嫌われている。自分は好かれている。
自分がいじめられるのはおかしい」
「こんなに気を使ってやっているのに、
なんでわかってくれないのか…周りはおそらくすべて間違っているだろう」
こういう意識がばれないわけはない。
やがて、少しずつ、他の社員からの扱いがかわってきた。
もちろん優しい人たちはいて、
助けてくれる人たちが多かったが…
プライドが高く、すぐに「ムッ」とする性格がばれた。
年下の先輩にうっかり、そういう態度をとってしまったことを境に、
私はあるひとたちから、からかわれるようになった。
「ムッ」となった私を、「あ、また怒ってる」とか、
「あ、ずいぶんとお疲れのご様子」だとか…
あるとき、マネージャーに対して怒りをぶつけてしまった。
そして、ルートを外され、
退職への道をころがるように、人間関係の悪化とともに
日々が過ぎて行った。
夏休みの前の日、
年下の先輩と年下の同期の二人が、
バス停で待っているところに、
私が近づいた。
そのとき二人は、私を威嚇するように、
うんこすわりをして私を一瞥した後に、
前を向いた。
「おつかれさまです」
頭は恐怖心で真っ白になりながら、
かろうじて挨拶をした。
寮に帰って、食堂に行くと、
さっきうんこすわりをしていた一人が、
私を見つけて、わざと近づいたあと、
「おつかれさまです」
と、何事もなかったかのように、あいさつをしてきた。
返事をしたかどうかの記憶はない…。
私はそのあとの夏休み期間に、
ある飲み屋で、
「おまえはダサい、かっこ悪い」
と見知らぬ客に言われた後、
失踪した。
そして、10日後に休職をした。
自分が嫌いだという事実が、
そのとき、初めてわかったのだった。