とーます模話のこざこざシリーズ 2「遠くへ連れていってくれる音①」
子どもの頃から〈遠くへ連れていってくれる音〉が好きであった。
音楽は得意ではなかったし、歌もうまくはなく、授業も好きというほどでもなかったし…第一楽譜が読めないし、覚えることも意欲はなかった。
好きな曲ははっきりとあったのだが、子どもらしい子どもではなかったし…好きな曲も、どこかあまのじゃくな感じはあったかもしれない。
子どもの頃の記憶で、好きな音楽をテレビCMの中にみつけることがあった。
マンダムの宣伝のうた。
ケンとメリーの愛と風のようにの宣伝。
森永ソフトエクレアのやさしさに包まれたなら。
サントリーポップのカーペンターズの曲。
レナウンのレバノンの戒厳令の夜。
モービル石油ののんびりいこうよおれたちはって歌う歌。
ほかには、
みんなのうたのオブラディオブラダ。
はじめ人間ギャートルズのエンディングのかまやつさんのうた。
どれも、遠くへ連れていってくれそうな気分になったものだ。
うちでは洋楽は流れなかった。
兄から吉田拓郎などのフォークソングはきこえてきた。
ただ、ケンとメリーのCMのように、遠くへ連れて行ってくれそうな歌は、
あまりきこえてはこなかったようだ。
子どもの頃は暗くてたのしくはなかった。
性格もよくないし、ともだちとの子どもらしい関係は長く続かなかった。
それは、自分のせいだったけれど。
つまらない日常から逃げたかった。
でも、逃げることは難しかった。
兄弟のひとりは、マンガや特撮やアニメに自分の逃げ場をつくった。
ぼくは、どうだったろう? 兄弟のまねをしてやってはみたけど…
あまり、うまく逃げ場はできなかった気がする。
あるとき、ケンとメリーのような音楽がぼくの世界にやってくることになった。
小学校の6年くらいか…転校して、性格がさらに複雑になったころだ。
井上陽水の帰れない二人。
荒井由実の翳りゆく部屋。
荒井由実のやさしさに包まれて。
特に、帰れない二人のDのコードに五弦が3、2、1とおりていくときの音で、ボクは自分が遠くへ行けることを初めて体験したのだった。
そのコードは、還暦をすぎるまで、追い続けたコードでもあった。
そのコードと似たように飛べるコードもみつけたが、
帰れない二人のイントロと大差ないものだった。
Tommyのイッツアボーイ。
ボストンの宇宙の彼方へ。
レッドツェッペリンのサンキュー。
ビートルズのディアプルーデンス。
みんな同じ音で〈遠くへ連れていってくれる音〉であった。
そして、ギターをおぼえたボクは…自分で遠くへ飛べることを覚えたのだ。
逃げ場が人生に及ぼしたネガティブな影響も大きいが、
あの頃、ボクは逃げることでしか、生きることを続けることができなかったのだ。