見出し画像

「蛾」

「メロンパンくださーい!」  

外から声がし、目が覚める。  

「あのー!メロンパンくださーい!ここのメロンパン大好きなんです!すみませーん!」  

「......」  

「え、今日やってないのかな?
すみませーん!メロンパンくださーい!」  

恐る恐るカーテンを開け、外を見ると1人の少女がこちらをみていた。  

窓には小さな蛾が止まっていた。  

「あ、やってたやってた!
メロンパンくださーい!2つ!」  

怖すぎた。
俺の家はパン屋ではない。  

「あ、うちパン屋じゃないんですけど。」  

「え!?
なんで嘘つくんですか?」  

嘘はついていない。  

「ほんとです。
うちはパン屋じゃないです。」  

「ははーん、そうやって嘘を突き通すつもりですね。
それならこちらだって考えがあります。  

...あ、もしもし。こちらリナ。はい、1人男が嘘をついています。
コード7452 ロケットランチャー発射許可をお願いします。
.....ありがとうございます。それではロケットランチャー発射準備に入ります。」  

大変なことになる匂いがした。  

「あ、あ!2つ!メロンパン2つ!あります!」  

おれは咄嗟にそう口走った。
嘘をついてしまったんだ。  

少女が携帯から耳を離し、こちらを見て、もう一度携帯に耳をつける。  

「ロケットランチャー発射準備解除。通常システムに移行します。」  

少女が電話を切り、こっちを見た。  

「良かったー!ですよね、ありますよね!じゃあ中入りますね!」  

2階建ての俺のアパートに、みつば荘206号室に、少女は入ってきた。  

靴を脱ぎ、揃え、手に何か除菌スプレーのようなものを撒き、座布団に座る。  

座った際、ふんわりと切ない匂いがした。  

足の匂いだ。  

「メロンパン2つください!」  

改めてそう言った。  

沈黙が続く。  

少女は口を開いた。  

「あ、もしかしてまだ作ってる最中なんですか?だからさっきあんなに頑なだったんですか?それなら大丈夫です!待ちます!」  

少女はそう言い、リュックからマラカスを取り出すとそれを振り出した。  

シャカシャカシャカシャカ  

ゆられる中のビーズの音が部屋の中に響き渡る。  

俺は、  

「少々お待ちください」  

そう言ってキッチンへ向かった。  

さて、問題はここからだ。  

俺はメロンパンを作ったことがない。  

頭を回転させる。
そう、ベイブレードのように。  

考えろ、考えろ。  

そしてタバコに火をつける。  

考えろ、考えろ。  

俺は「答え」に辿り着いた。  

この少女を消す、という答えに。  

俺はパン屋ではない。  

俺は、殺し屋だ。  

年金手帳が入っている棚からピストルを取り出した。  

よし。殺るぞ。  

ピストルを握り、少女の元へ向かう。  

三年ぶりに握ったピストルは重く、冷たかった。  

俺は殺し屋だ。
ただ、今まで一度しか人を殺したことがない。  

三年前、最愛の人を殺したあの一度しか。  

「おい!!!5つ数える、その間に メロンパンはいりませんと言った後、この部屋から出て行け!!!」  

俺の怒鳴り声でカラスが二羽飛んで行ったのが窓から見える。  

少女はマラカスを振るのをやめ、ビー玉のような目でこちらをみる。  

「い、いくぞ 1....」  

少女は口を開く。  

「嘘をついたんですね」  

「2....」

俺の声は震えていた。  

「3....」  

少女はマラカスをリュックにしまい、  

「メロンパンはいりません」
そう言った。  

「よ...」
4を数える口が止まる。  

と同時に涙が溢れる。  

ありがとう、
その五文字が頭に浮かんだ。  

「メロンパンはいりません、でも最後にひとつだけお願いしてもいいですか?」  

「なんだ?」  

額から汗が滴り落ちる。  

「お手洗い、貸してもらっていいですか?」  

俺はゆっくりと頷き、トイレを案内した。  

「ありがとう」  

そう言って少女はトイレに入り、鍵を閉めた。  

「(そういえば、あいつもメロンパン好きだったな)」  

そして履いているスカートが床に落ちる音がした。  

「(ごめんな、嘘つきで)」  

俺は涙が止まらなくなった。  

そして、中から少女の声が聞こえたんだ。  

「じょーろじょろじょろじょーろじょろじょろ」  

俺は顔を上げ、天井を見つめ、言った。  

「セルフ音姫....すな」  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?