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「鳳蝶」

毎日朝はやってくる。

同じことの繰り返しだ。

俺は中小企業で働くサラリーマン、向井遼太郎。

今年でもう32歳になる。

特にこれといった役職にはついておらず、まあ言うなれば平社員だ。

なんとなく大学に行って、なんとなくこの会社に入って、なんとなく毎日を過ごしている。

彼女は6年ほどいない。
毎度毎度、一緒にいてもつまらないという理由で別れを告げられる。

俯瞰して見ても、自分はつまらない人間だと思ってしまう。

毎日毎日同じことの繰り返し。

何か、起きてくれないか。

そう思っていた。

自分から何か起こそうとはしない。
いや、しないのではなく、できないのだ。

何か結果を求めて、努力して、報われなかったらと考えるだけで脚がすくんでしまう。

俺は臆病者だ。

いつもの時間に起き、会社に向かう。

いつものスーツを着て、いつもの革靴を履く。

革靴なんてもう何年も買っていない。
匂いがきつくなってきたなと毎朝思う。

いつものバスに乗り、会社に着く。

デスクに着くといつもとは何か雰囲気が違っていた。

「おい向井、聞いたかよ」

同期の室田が話しかけてきた。

「吉田課長、会社飛んだって」

「えっ!!??」
俺は不意をつかれ大きな声をだしてしまった。

俺がこの部署に配属されてから、ずっと上司として俺の面倒を見てくれていた。

自分の仕事を淡々とこなし、誰からも嫌われず、誰の邪魔もしない。言ってしまえば空気のような存在。

吉田課長はそういう人だった。

「なんでまた、飛んだってどういうことだよ。吉田課長に至ってそんなことありえないだろ。」

「なんか会社宛にこの手紙が送られてきたらしくてさ。」

室田が送られてきた手紙を俺に見せる。

そこには、大きな文字で

「やりたいことができたんだよお 
   会社やーめっぴ    吉田バタフライ」

と書いてあった。

俺は言った。

「くだらん、こんなの誰かの悪戯だろ。お前らもこんなことして事を荒立てて、楽しいのかよ。」

室田の神妙な面持ちは変わらない。
室田は口を開く。

「向井、これは悪戯なんかじゃないよ。きっとこれは決意なんだ、吉田課長の。」

俺は熱くなる。

「なんでそうなる?明らかにおかしいだろうが。吉田課長がそんなこと書くわけもないし、それはお前もわかるだろ!」

室田はゆっくり外に指を差す。

「向井、見てみろよ。」

外には、言うなれば社員たちが休憩場所として使っている広場がある。

俺はゆっくり視線を外にやると、そこには常軌を逸した姿をした吉田課長がいた。

上裸で、女モノのパッションピンクのパンティーを履き、なぜかヘルメットを被り、両手には大きな扇子をもっている。

そして満遍の笑みでこちらをみている。

社員たちはみんな集まってきた。

「吉田課長じゃね!?」
「やばいって!きも!!!!」
「ほんとに吉田課長か!?」

ざわざわは止まらない。

俺は何度も何度も目を凝らした。

あれは間違いなく吉田課長だった。

吉田課長は口を開いた。

「皆さん、今までお世話になりました!
僕はやりたいことができました!毎日毎日つまらない日常を過ごすだけの人生は嫌だとずっと思ってました!何かしたい、何か変わりたい、そう思って考えて、やっと答えが出ました!僕は、」

そう言うと、足元に置いてあったラジカセのボタンを押した。

大音量でフィンガー5の「学園天国」が流れ出した。

リズムに合わせて課長は踊り狂う。

カラダ全体を使った踊りに、大きな扇子を羽ばたかせ、パンティーの色に目を奪われる。

その姿はまるで
「アゲハ蝶」だった。

曲が終わり、息を整えた課長は大きな声でこう言った。

「警察になりまあああああすっ!!!」

そう言ったあとにパッションピンクのパンティーを下ろし、自分のイチモツを出し、ピースした。

勿論のこと吉田課長は逮捕され、この日のことはニュースにもなった。

何が目的だったのか、考えてもわからない。

それは吉田課長にしか分からないのだ。

それでも毎日、朝はやってくる。

次の日、俺は革靴を変えた。



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