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日記:20231110〜アンナ・カヴァン『氷』〜

 むかし読んでよく分かんなかった本を読み直そうシリーズ。今度はアンナ・カヴァン『氷』

 伝説的なカルト作品で、あらすじや概要からして絶対に好きな小説のはずなのだけど、はじめて読んだ時はあまりついていけず、難しかった印象しか残っていない。

 おそらく15年ぶりに再読してみたけど、いやー、やっぱり難しい。

 基本的に主人公視点の一人称で語られるのだけど、この主人公がなかなかの食わせ物で、どこまでが事実でどこからが主観的な思い込みなのか、いまひとつ掴めない。
 それどころか、戦争や終末的な氷河期の描写も、作中世界で起きていることなのか、主人公の妄想が生んだ幻視なのかも判断しづらい。
 15年前にちゃんと読み取れなかったのも、まあ仕方ないか。それでも今回はなんとか振り落とされずに、最後まで食らいついて読み切ることはできた、と思う。

 か弱く被虐的な「少女」を、権力や暴力で支配し傷つける存在から守ろうとしているはずの主人公が、いつの間にか自分も少女を力で支配する側になる、あるいは、初めから支配する側だったことが露わになる展開が苦しい。
 支配する力の象徴のような「長官」に自分自身を重ね合わせて、勝手に共感する姿が本当に無様で醜く、読んでいて辛かった。

 終盤になって、「氷」はすべての生命を奪うことで暴力や争いのない世界をもたらそうとしていて、人類は氷=死に抗うために、生命の主張として戦争を繰り広げていることが仄めかされる。

 そうすると、真っ白な髪を持つアルビノの少女は氷や死の象徴であり、主人公や長官は少女を隷属させることで、タナトスに対抗しようとする「生」の象徴なのかもしれない。
 長年に渡りヘロインを常用し、オーバードーズで亡くなった作者がどちらの側にいたかは言うまでもないだろう。

この腕を愛情を込めて折るのは私でなければならなかった。私だけがこのような傷を負わせる資格を持っているのだ。

氷は戦争にも何にも眼もくれず、その死の沈黙と荘厳な白い平穏の内にさらに多くの地を飲み込みながら、着実に近づいてきている。我々は戦争によって自分達が生きているという事実を声高に主張し、ひそやかに地球を覆っていく氷のもたらす死に抵抗しているのだ。

私の知っている世界は消え、まもなく、氷と雪と静けさと死だけの世界になってしまう。暴力も戦争も犠牲者も存在しない、生命の消え去った、凍りついた静寂以外には何もない世界になってしまう。


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