No.9 19歳の夏

『19歳の夏』

雨が降る台北の街
息が詰まりそうな異国の午後に
僕たちは狭い部屋から外を眺める

燻んだ小さなビル群が曇天を支え
朱色のカーテンに彩られたこの窓辺で
静かな映画の音だけが二人の緊張を代弁していた

雨の止んだ17時
出掛けたいと言ってリップを塗った彼女につられ
じっとり汗をかくような 八月の二週目

日の沈んだ小さな繁華街
アイアンブルーの夜風に吹かれて
僕たちは 若い胸の高鳴りに
耐えきれず 恥じらわず
全力疾走で
初恋のようにアンバランスなアクセルで

そのとき 夜空に風が吹いて
彼女のシャツが悪戯に遊ぶ
酒瓶を片手に夜市を駆け抜けていく 
彼女の後ろ姿
屋台の光がやけに眩しい

翌朝目をさますと 街は台風に荒れ 
木々は倒れ 道は崩れ そしてまた豪雨が襲った

真夜中だけが妖艶なこの街で
極彩色を雨に溶かしたような激しいキスをして
雨の止まない台北の景色に
もう戻らないこの夏に
叩きつける水飛沫のそばで
市民の喧騒も遠くしずか
燃えるような眼差しを交わして
雨音のなか僕たちは眠った

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