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自分を「優しい」と定義するのは危険~けい先生の失恋相談所

失恋アナリストの、けい先生です。これは、あくまで私の経験とそれに基づく教訓です。一般化はできませんので、その点、お断りしておきます。

これまで、いくらかの失恋を経験しました。そのたびに、気づかされたことがあります。それは、

「自分は、たいして人に優しくなんかない」

ということでした。

お恥ずかしい限りですが、私は自分を「優しい人」だと思っていました。これは周囲からもずっと言われて来ていて、今でもそう言われることがあります。「人に優しくあること」は、自分のアイデンティティにすらなっていました。これが、いけなかった。

知人がかつて飲み会の帰りに、「優しい人は怖いよ」と言っていました。この言葉は、恋愛について悩んでいた時期だったからか、妙に心に残ったものです。


1.自分を「優しい」と定義することの危険

自分を「優しい」と定義づけることは、本当に危険なことだと思います。人の心の中には「加害性」がかならず存在します。それに蓋をすることに他ならないからです。

  • こんなに好きなのに、どうして分かってくれないんだろう?

  • これだけ「誠実」に接しているのに、どうして同じだけの誠実さで接してくれないんだろう?

このリストの後には、「自分は優しく接しているのに」という言葉が続きます。相手からすれば、「知らんがな」ですよね。

これがいかに屈折した感情か、今なら一歩引いた立場で分かりますが、その当時は全然分からなかったです。繰り返しますが、「自分は優しい」は当時の私に深く内面化されていたのです。

2.どう「好き」になればいいの?

自分は、好きになってもらえないかもしれない。つらいですね。でもそれを「しょうがないか」と、さらっと流す。冷静に考えれば、あたりまえのマナーですが、これが実際に失恋してみないと肚の底から理解できないのですね。

押さえておくべきことは次の通りです。

自分が人を好きになるのは、自分の勝手。相手が誰を好きになるのも、その人の勝手

これを、デートの始めと終わりに、「呪文のように」唱えてください。

失恋したら、いい経験ができたと相手に感謝し、仕事上の関係がなければ連絡先リストから、その人のアドレスを消しましょう

3.まとめ~本当のやさしさを

体験しないことには根本は分かりません。失恋は、胸が痛くなるんです。私はそんなことも、知りませんでした。恋愛を通して分かるのは、自分の心の姿です。相手の心は分かりません。人の心なんて、分からないと思い切ったほうがましです。自分のなかにある苦しい気持ち、怒り、切なさ。それらに早く気付くことが大切です。自分を知ることが、ほんとうに人にやさしくなれる第一歩なのだろうと思います。


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【蛇足】サムネイル画像について。老婆心ながら社内恋愛は、やめておいたほうがいいです。失敗したとき、ほんとうに気まずいですよ。