立場が逆転していた話
昨日またいつものスーパーで
お客さんとスタッフの
ちょっとした小競り合いを見てしまった。
内容まではわからなかったのだが、
二人の様子に
自分のある経験を思い出してしまった。
私は今年3月までとある小売店で働いていた。
長くいると様々なお客様との遭遇があり
その一つ一つが一期一会と心得つつ、
接遇向上を率先する立場…
とはいえ、
「結局は人対人じゃないか」
「こっちにだって感情ってもんがある」
正直、そう感じることも少なくなかった。
自分の立場を放り出して
「もーいいって!!」
と、開き直ってしまったことも二度ある。
恥ずかしながらその一つである。
そのとき、店は人手不足ということもあり
私一人でレジ番をしていた。
それほど忙しくもなく、
ひとりで十分こなせる状況ではあるものの、
不思議なことに、レジは一人来ると
次々に他のお客様も似たタイミングで来て
あれよあれよと数人が並んでしまうものだ。
最初にレジにいらっしゃった女性のお客様が
株主優待券を出してきた。
「確認致しますね」とそれをお預かりし、
見ると、それは期限切れのものであった。
「お客様、申し訳ございませんが
こちら期限が切れております。
新しいものをお持ちではございませんか?」
私がそう告げてトレーに乗せてお返しすると
トレーの上のそれをつまみ上げて
お客様も日付をまじまじと見て口を開いた。
「10日ほどじゃない。
これくらい大丈夫でしょ。
割引しなさいよ。」
60代と思しき
上品そうな身なりのそのマダムは
優待券をトレーの上に置き、
こちらへ押し戻した。
「あたし、いつもここを利用してるのよ。
一度くらいいいじゃない。」
「新しい期限のも家にあるはずなのよ。
だからいいでしょ。」
マダムは理屈にならないことを
トリプルで早口にまくしたてた。
「恐れ入りますが、ルールですので
割引は致しかねます。」
私は頭を下げながら丁寧に、
かつ淡々と答えた。
「譲りませんよ」
と言うことを態度でも示す。
ところがマダム、
「あのね、あたし、株主なのよ?
わかってる⁉」
少し声を荒げて食い下がる。
後ろに並ぶお客さんたちにも
その声は届いていて、
チューチュートレインの静止画みたいに
左右から首を伸ばして
私達をのぞいている。
「申し訳ございません、
期限の切れたものは、どなたであっても
ご利用頂けないんです。」
すぐ後ろに並んで待つ50代くらいの
ビジネススーツの男性が
私の言葉にゆっくりうなずく。
「偉そうに何なの⁉
私はこんなに買ってるのよ!
割引してくれればいいじゃない!」
声がヒステリックさを帯びて来る。
言ってること全て、見事に理不尽。
偉そうなのはどっちですか!
株主なら弊社ルールに協力しなさいよ!
…そう思い切り言ってみたい。
「出来ないことは出来ないんです。
ご理解ください。」
私は更に深く頭を下げる。
こちらは悪くはないが、
お詫び時の角度45度だ。
「あなたじゃ話にならないわね、
この店の責任者を呼びなさい!」
頭を下げたままの私に女性は叫ぶ。
「私がこの店の責任者の
’書きの’(仮)、でございます。」
顔を上げ、「shop manager」と書かれた
胸のID付きのネームに手を添える。
「私が出来ないことは
他のスタッフにも出来ないんです。」
低い声で言い切る。
「・・・」
マダムの後ろの男性は首を伸ばし、
目を丸くして私の名札を凝視している。
口のカタチも「え?」になっている。
「大変申し訳ございませんが、
正規価格でお支払い頂くか、
お買い物は諦めて頂くか、
どちらかお選び頂けませんか。」
声が上ずらないよう、
冷静さと低いトーンを保つ。
(もうこの辺りで勘弁してくれと
心の中で念じている)
女性は二の句が継げない様子で
固まっていたが
「時間ないのよ!私」
と叫んだ。
「はい、承知しております。」
「後ろにお待ちのお客様も皆さまお急ぎです。
お決め頂く間いったん、
こちらでお待ち頂けませんか。」
私がレジ横のスペースへマダムを促すと
彼女は後ろをちらりと振り返り、
数人のお客さんが並んでいることに
初めて気づき、しぶしぶ列を譲る。
横へ移動して下さったことに
「恐れ入ります」と会釈をし、
私はその方の取引を「保留」にした。
「大変お待たせして申し訳ございません。」
そう言って、
後ろでこのやりとりに様々な表情を見せていた
ビジネススーツの男性をレジに促す。
精算を済ませると、その男性は私に
「頑張って」
そうアイコンタクトを取り、
小さくガッツポーズを見せて店を出て行った。
更にその後ろの若い女性のお客さんも
不当に割引を要求するマダムを
「ジロジロと見る」体のあと、
「ありがとう!」
と、私に笑顔を見せて出て行った。
並んでいたお客さんがいなくなると
マダムは私に寄って来て
「ねえ、何とかならないの?」
一転、お願いモードの声色。
「は?」
諦めの悪い方である。
「いや、ムリですってー」
つられて私もちょっとため口になる。
「ほんとにごめんなさい、
出来ないものは出来ないんですよ。
今日たまたま
新しい優待券をお忘れになった、
ということはお察しします。
いつもお買い物して頂いてますよね。
お客様のお顔、
私は見覚えがありますから。」
「見覚えある」という言葉に
その女性の表情が少し変わる。
「これからもご来店頂きたいので
今日のところはどうか、ご理解頂けませんか。」
私は心からそう言った。
「いやよ。」
ところがこの方、更に甘えモード。
「お願い~、何とかしてよ~。
あなた店長なら
何とかする方法あるでしょ~?」
「だからムリなんですって…」
「いーじゃない、お願い!見逃してぇ!」
このひと言に
「もーいいって!」スイッチオン。
「わかりました!
じゃあ、割引させて頂きます!」
「え?いいの?」
私の言葉に目を丸くする女性。
「ここは私が個人的にやらせて頂きます。」
「え?…」
「お客様の割引分、私が持ちます。」
「え、それはダメよ…」
「いいんです!
ですから、期限切れのこれ(優待券)
お返ししますね!」
「ダメよ、そんな!」
「いーえ、やらせて下さい!!」
・・・
「する」「しない」の立場が逆転して
はた目から見れば
おばさん二人の押し問答がしばらく続く。
私も方言丸出し。
結局のところ、
「時間がない」状況であったことと
私に補填させるのはマズいと思われたようで
捨て台詞とともに
マダムは正規価格をお支払いになった。
今月中に新しい優待券をお持ち頂ければ
改めて精算して差額をお返しする、
ということで決着したのだった。
「もうっいいわよっ!」
この捨て台詞はある意味ありがたかった。
私のこの行為はクレーム対応の
マニュアルから大きく逸れている。
立場的にも非常にまずい。
『やってはいけない』例である。
しかし、
人の心はマニュアル通りには行かない。
あとで本部から叱られても構わない。
現場を知らない奴らに何を言われようが
知ったこっちゃないと開き直ってしまった。
引継ぎの必要性もあるため、
店のスタッフたちには恥を忍んで
翌日、NG事例として正直に共有した。
「店長、何やってんすかー」
とスタッフに笑われた。
「だよねー」と
笑ってごまかした。
ただ、恥ずかしいだけだった。
今日はこの辺で
では また。
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