面倒ですがスリッパ履きにて
くらし座の入り口にはとても小さな土間があり、実は大変面倒ではありますが、こちらでご用意しておりますスリッパに履き替えてから入室していただいております。このことに付きましてはこのエッセイをお読みいただいているうちに納得してもらえたら幸いです。
ダイニングテーブルと椅子を考える
さて今回のエッセイはダイニングテーブルと椅子についてのお話です。ダイニングセットを検討されているお客様へ「まず椅子を決めてからテーブルですよ。」とお声をかけると多くの方が驚かれた顔をされます。続けて○○セットでモノを観させられ買わせられることは「作り手」や「売り手」にとっては大変都合がいいことではありすが、必ずしも「使い手」にとって都合がいいとは限らないということもお伝えします。
公共の施設などのように多種多様な人々を対象としたパブリックな場所の家具計画をする場合、イスもテーブルも最大公約数にてデザインされセットととしてシリーズ化したものをやむを得ず採用することが一般的ですが、実際に使う人の顔が見え その数がある程度限られているような一般のご家庭で使う場合は、たとえ既製品であっても ちょっとした知恵を使うことで、銘々がみな笑顔になれる よりベターなものの選び方が可能となります。
いつの世もキャッチ―なものが幅を利かせる
最近その傾向が益々強くなってきたているように思えますが、いつの世もコマーシャルデザインは表層的なキャッチーな表現方法が有利とされ活用され続けています。簡単に言うと「目立った方が勝ち!」。以前北海道を訪れた時に見た 一匹の毛ガニが丸ごとのせられたラーメンに驚かされました。同行した地元の方は「僕らはこんなの食べたことがないですよ」と言ってましたがきっと観光用なのでしょうね。確かにインパクトがありすぎでした。笑
またこれは東洋的特徴なのでしょうか?歓楽街のネオンサインの主張合戦は正に激戦区の特徴です。しかしながら長年にわたって見慣れてしまうと、 ある意味風情ともとれてしまうから不思議です。かつて近代照明の父といられるデンマークのポール・ヘニングセンが中心となって、建築から身の回りの日用品まで一つ一つ取り上げ その社会性について評論を重ねた「クリティスクレヴィ」という雑誌がありました。その遺志を引き継いでいると思われるルイス・ポールセン社が発行している「NYT」という広報誌の中で、日本の歓楽街のネオン風景が取り上げられ、都市計画と照明計画について鋭い切り口で評論されていたことを覚えています。
それでは話を戻します。それをダイニングセットに置き換えて言うと、イスよりも体積的に大きく、視覚的に強いインパクトのあるテーブルの方にどうしても人々の視線が集まります。そしてそこに樹種の価値や様々な技術の説明が熱く語られ、そこにサイズ、そして大切な予算の摺り寄せがあり購入へと至ることが大方なのではないでしょうか。良いモノを購入したいと思っていた方は「この材料、この大きさ、この厚み、がっちりしていて重い!よくはわからないけど製造技術もよさそうだ。たしかそう言ってた。だからきっと良いモノにちがいない」という買い物です。そしてイスは?といいますとただそれについてくるもの!と言っちゃうと いささか大げさかもしれませんが、こういったテーブルと椅子の価値バランスが長年にわたり過去の消費スタイルをつくり上げてきました。
人体系家具と準人体系家具
イスやベッドのマットレスのように 健康にも影響を及ぼすとされる 人の体を直接支える家具のことを指して「人体系家具」といいます。また机やテーブルを指して「準人体系家具」といいます。「準」は「準ずるの準」なのですが、売り買いの現場ではキャッチ―な「準ずる」方が みごとに主役の座を奪い続けてきました。「テーブルセット」なんていう言葉は今も時々耳にしますし、「今年子供の新入学だから学習机を買った」とか「新築でお父さんの書斎部屋をつくったから書斎机を家具屋に見に行った」などはよく聞く会話です。同時に椅子も買っているのに「椅子を買いに行った」という表現はほとんどされない。こんなところからも依然として先程の価値バランスの状況が基本的にほとんど変わっていないことがうかがえます。健康や仕事効率に直接影響を及ぼす椅子や照明を吟味し、そこをちゃんと押さえた上で テーブルや机の価値にこだわることは何の問題もないことですし、むしろワクワクする話なのですが・・・。例えて言いますと布団ケースがどんなに素敵でも布団の中芯が粗末なものであれば決して快適な寝心地にはならないということです。
残念ながらこういったことは基礎教育で習うわけでもありませんし、家具は購入の経験値が著しく低いですから、実践的な価値判断するための物差しを多くの人が持っておられないのは仕方がないことだと思います。
これは大切で大きな気づきです!
最近では誰もが「座りここいちが大切」と口にするようになりました。戦後日本人の一般生活に、椅子とテーブルの生活が入り込んでから 既に半世紀以上たつわけですから 当然のことかもしれませんが、ここにきてようやく椅子に注目する方が増えてきたように思います。ちょっと前に起きた名作椅子ブームもちょっとは貢献しているかもしれませんね。
しかしながらこれは大きな気づきです!「所有する喜び」から「快適に使えてここちよく暮らせる喜び」へと、欲求が少しずつ進化していることがうかがえます。
座り心地とは言うけども
さて、先日までお隣の多賀城市でデンマークデザインの巡回展が開催されていました。会場スタッフの方がくらし座に来て下さったこともあって、私も楽しみに展覧会へ足を運ばせて頂きました。デンマークデザイン運動の夜明けから黄金期に至る系譜に従い、実に様々なゴールデンエイジの名品が展示されその解説が行われていました。中でもハンス・ウェグナーの椅子 数脚に実際に座って試せるコーナーは、大変な人気で沢山の方々が試座しておられました。
ただ、、、皆さん残念ながら座り方が間違っている!「これではウェグナーの意図した座り心地は恐らく皆さんには伝わっていないだろうな、、」と思いつつも、まさか私がその場で作品解説を始めるわけにもいかず、、ごめんなさい、目を伏せて会場を後にしました。
そうなんです!座り方が間違っている限り、何万・何千の椅子に試座しても自分に合った椅子には出会えない。もし出会っていたとしても気づけないわけです。(所有する喜びだけを求めている方は別ですけど)
残念ながら床座の暮らしをしていた日本ですから、ほとんどのほどんどの方が椅子の正しい座り方など知り得ませんから、その子供たちも幼少期に座り方をしつけられていないのが実情で、よく指摘される「座姿勢の悪さ」の大きな要因の一つと考えられます。
正しく座って身度尺を利用しよう
背もたれが付いた椅子の場合ですが「正しい座り方」を一言であらわすと「椅子は腰で座るもの!」です。農作業ではよく「クワを使うときは腰を入れる」なんて言いますが、それに似たイメージでしょうか。これはシートの奥まで腰をしっかり入れて深く座るという意味です。しかし残念ながらほとんど日本人は椅子に浅く座っているのが現状です。そして売り場では靴を履いたまま試座することが一般的です。靴を履いた状態で浅く座るわけですから、日本のように室内で靴を脱いで暮らす生活風土にとっては常識外れの高い座高の椅子と高さのあるテーブルを買ってしますわけです。海外製品が多く売られる時代ですからなおさらです。こういった椅子に座るとただでさえ不快に感じるのに、正しい座り方を知ってしまうと足が浮いてしまうため太ももの裏側が強く圧迫され辛くて座っていられません。不幸にして私を友に持ってしまった友人宅にて、仮にそういったものを使っている状況に遭遇してしまった場合、その友人は私の厳しい指導を受けることになります。(笑)
椅子は正しく座るとそれが自分に合っているかどうかは、理屈なしに自分の体が教えてくれます。もともと自分の体を物差しにして モノとの相性を計るやり方は、「身度尺」といって私たち日本人の伝統的な生活技術の一つです。「椅子は腰で座るもの!」という基準を知ると「身度尺」を上手に利用できるようになります。
消費者の厳しい眼差しが作る緊張感は
質の向上につながる
「正しく座る」を知り「身度尺」を使って試座をします。靴を履いて使う椅子は靴を履いて、靴を脱いで使う椅子は靴を脱いで、、。すると世の中で販売されている製品の現状や流通の状況が見えてきます。いったいこの製品はどこを向いてつくられ、どこを向いて仕入れられ、そしてどこを向いて売られているのかが、そこに悪意があるかどうかは別として 自分の体を通してハッキリと見えてくるわけです。巨匠や名工の作品・無名の作品・有名ブランド・匿名ブランド・有名メーカー・無名のメーカー・高額品・低額品・高級品・下級品・工業製品・手づくり品・工芸品・上手物・下手物・今流行っているもの・いないもの・デザイン・アート作品 etc・・・。対立軸を持った様々な価値観がコマーシャリズムに乗ってこの世には溢れています。しかしながらこういったレッテルとは関係なく、自分の生活の道具を選ぶとき 最も基本である自分の身体や目的にちゃんとマッチするかどうかということを「さめた目」を通して査定できるわけです。この気づきこそ消費は美徳とされた時代からいまだに続く「所有する喜び」とはまた別に「快適に使えてここちよく暮らせる喜び」という価値への入り口となります。
ここまでくると、くらし座の店内がスリッパ履きという理由が分かって頂けたでしょうか?
この入り口までたどり着いていただければ、ここからは皆様に寄り添うこちら専門家の出番です。本来であれば銘々に合わせて誂えらえればいいのでしょうが、テーブルはまだしも 銘々に合わせた椅子の開発には、莫大な費用と時間が掛かりあまり現実的ではありません。ここは身度尺を利用して既製品を調整していきます。
ここでも優先順位は やはり椅子!くらし座では「椅子を選ぶ場合の五大要素」をお伝えしながら、銘々に合った高さと奥行きなどの数値を見ていきます。そしてそれぞれの数値が出そろったらテーブルの数値を割り出す作業へと移ります。
椅子を選ぶ場合の五大要素とは
1.椅子は座り心地ば良くなければいけない
椅子との相性をしるには正しく腰掛けることが必要です。双方向の実現には調整を必要とする場合が多くなります
2.椅子は丈夫でなければならない
優れた製品は試行錯誤を繰り返すことで高い強度をもっています。フレームの強度が保てる良品は座面を張替えなどのメンテナンスを繰り返しながら長年に渡り使用できます。
3.椅子は軽くなければならない
利便性につながる重要な条件です。高い強度を出せるメーカーは軽量化が可能です。何事も引き算には高度な技術が伴いますが、理にかなった上品な美しさへの道でもあります。※但し軽い椅子すべてが強度があるとは限りません。ここは注意が必要です。
4.椅子は廉価でなければならない
もの相応の価格であることはとても大切です。適切な解説があり何方でも正しい価値評価が出来る専門家が存在する環境が必要です。
5.椅子は美しくなければならない
椅子のデザインは人が座ってはじめて完成すると言われていますが、座っている方を横で見ていると、本人が心地いいと思っている場合は 椅子と体が一体化して美しく見え、そうでない場合は椅子との間のぎくしゃくした関係が言葉に出さなくても見えてしまうから不思議です。
自分にとって相性の良い椅子は美しく見えてくるのも当然のことかもしれませんしその逆もあり得るということです。
いずれにせよここまで踏み込むデザイナーにしてもそれに反応する売る人も買って使う人も理屈だけではなく審美眼を持っているものです。
今流行りの家族全員バラバラの椅子について
真度尺を使ってモノを選定していくと一つのテーブルに銘々に合わせたタイプの違う椅子で揃えることが多くなります。体格や姿勢の癖など様々な条件から椅子を選ぶわけですから実は当たり前の姿です。しかしながら最近では真度尺とは無縁でも 、一つのテーブルに様々な違った椅子をセットすることが流行っているようです。
「同じ椅子ばかりではつまらなくて・・。」どこかの雑誌が仕掛けたのでしょうか?例えば「カフェのような暮らしがしたい」とか。
しかしながらこの買い物は要注意です。購入して数年が過ぎトレンドが変わり、今度は同じ椅子で揃えることが流行りだしたとしたら「私が買ったときはバラバラが流行っててね。でもよく考えると椅子はお揃いの方が良かったかしら、、。」ということになりかねません。
真度尺を使い本質からモノを判断し最終的にバラバラの椅子を購入された方であれば、もしトレンドが変化したとしてもそれに微動だにすることもなく、未だにトレンドに振り回される世間の状況を横目に、消費者ではなく愛用者として生活のディテールを確実にしていくことが可能です。
人は「ハレ」を装われると弱いですからね。しかしながら、いつも同じであってはならない舞台美術や店舗デザインとは違い、人が暮らすためのデザインは「ケ」のデザインですから、表層だけではやがて綻びが生まれます。
相変わらずマーケットには「●●風」や「●●調」というような表層を追った製品が数多く存在します。トレンドの中で生産され大ヒットをおさめた製品であっても、流行が去るとそれと同時にマーケットから淘汰されるわけですが、厳しい言い方をすれば その時それを購入した消費者そのものも、一旦そこでトレンド仕掛けのマーケットからは使い捨てられているということになります。
参考までに
現在、椅子の研究開発に於いては「正しく座るから自由に座る!」という考え方が最先端です。詳しい内容はまた別の機会にお話ししますが、静止した体を想定し様々な姿勢の受け皿を考えた「人間工学」に限界を知り、人の体を動きでとらえた「運動学」を利用して姿勢の受け皿を考えるというのが研究開発の最前線です。ただ私達日本人におきましてはそれを知る前に、一度「正しく座る」という基礎の基礎を体で知ることはとても有益だと考えます。くらし座ではこの運動学の考え方は「西洋の腰掛の座式」と「床座式」からの二つのアプローチで解説をしながら皆様に体感していただけるようにしております。
活字にしちゃうと何やら難しそうに思われるかもしれませんが、理屈が分かってしまうと実はとても簡単で、知識と体感を通してきっと「目から鱗」を実感をしていただけると思っております。