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韓国映画で聞く「みんな泥棒です」を穴埋めで説明してみる

「みんな泥棒です」との出会い

韓国映画で「みんな泥棒です」という日本語を聞くことがあり、ずっと気になっている。吹き替え版に切り替わったと思ったが、字幕でも「みんな泥棒です」と出ており最初は混乱した。
この台詞が登場する映画を二作紹介しよう。

「監視者たち」2013年公開
警察内の監視専門チームと犯罪グループの攻防を描いた良作。香港映画「天使の眼、野獣の街」リメイク作品。
ソル・ギョングが皮肉も言うが頼れるリーダーを演じており渋い。ハン・ヒョジュの新米感、仕事に熱が入っていくさま、気のないふりで対応する成長ぶりとどのシーンを切り取っても魅力的。

「暗殺」2015年公開
1933年、日本統治下の韓国が舞台。暗殺だけどアクションもしっかりある。チョン・ジヒョンが最強の狙撃手を演じておりあまり笑わない役。ドレスアップした場面で美貌が引き立っている。
ターゲットは日本政府の重要人物と親日派、という日本人が観るにはややきわどい設定。創作と現実は別と割り切って観た方がいい。だがもっと激しいものがあるので、これはまだマイルドだ。多分。

他にも何かで出てきたと思うのだけど、すぐに思い出せない。思い出し次第追加する。

さて、毛色の違う二作(と思い出せない幾つか)で示し合わせたように出てくるからにはたまたま台詞が被ったということはありえない。きっと元ネタがあるのだろう。

かなり古い時代が舞台でも、新しい時代が舞台でも機能しているので韓国ではマストな言葉なのかもしれない。もしかしたら、모르면 간첩이다(知らなければ間諜スパイだ=知らなければモグリだ)と言えるレベルの可能性すら出てきた。

仮説

それにしても違和感がある。小さい頃、母に「真梅ちゃん、お外は危ないのよ」と言われた時のような「周りは悪で、自分は無垢な善人」という意味と異なるように思えるからだ。
映画の登場人物はこの台詞を吐く時に決まって余裕のある言い方をしている。奪われ尽くした人が雨に打たれながら「お前らひでえよ! 誰も信じらんねえ!」と叫ぶ惨めさはない。つまり、元ネタも「みんな」に自分が含まれている気がしてならないのだ。その仮説を立てて、調べた後に検証することとした。

調べ方を計画する

最初に日本語で検索したがイマイチ確信できる資料は見当たらなかった。私の調べ方が悪いせいで、あるのかもしれない。
そこで韓国語で検索して明確な答えを出し、穴埋め形式でまとめようと思う。
テンプレートはこうだ。

「みんな泥棒です」とは( 誰 )の言葉です。( 時代 )の人で、( 仕事 )をしていました。
才能は( 特殊な能力 )こと。
「みんな泥棒です」が日本語である理由は( 理由 )だからです。
( メディアや本 )でこの言葉が紹介されて広まりました。
以来、( 引用される状況 )場面で聞かれる言葉となっています。

調べた、その結果

調べ方はNAVERで” 민나みんな 도로보どろぼ 데스です”と検索する。信頼度から政府や企業、そして論文を参照することが望ましいが数が少なければ個人サイトも情報源としてみる。

まずは検索結果上位のこちらを拝見。

세종의소리
http://www.sjsori.com/news/articleView.html?idxno=27420

昨今の政権やそこに繋がる政治家の腐敗体質を糾弾する記事。
「みんな泥棒です」に関する詳細な情報が込められていた。
全斗煥軍事政権(おおよそ大統領在任の1980〜1988頃)の時に流行した言葉だと書いてある。
出所は1982年のMBCドラマ”거부실록”(拒否実録)シリーズの第二話”공주갑부 김갑순”(公州富豪 キム・ガプスン)で、主人公のキム・ガプスンが言っていた台詞とのこと。
※”갑부”の漢字は「甲富」ですが、分かりにくいので「富豪」としました。
以来、時代を越えて引用されているとある。
また、キム・ガプスンがどんな人物かも詳細を知ることができた。要約すると彼は日本統治下において投資や汚い手段を用いて不動産を手に入れていた。日本人に賄賂を渡したともあるから、親日派なのだろう。

あっけなくネタ元が判明してしまった。しかも信頼できるニュースサイトだ。
これだけではあんまりなので、ナムwikiも見てみよう。

namu.wiki 内の김갑순のページ
https://namu.wiki/w/김갑순

同姓同名の別人のようだ。
そこで韓国wikipediaで検索してみた。

wikipdia内の김갑순のページ
https://ko.wikipedia.org/wiki/김갑순

こちらは今探している大金持ちのキム・ガプスンその人の模様。
キム 갑순ガプスン、漢字では金甲淳と書く。幼い頃に苦労した後、政治家になり不動産の他様々な事業で財を成したとのこと。
最初に読んだ記事に掲載されていた内容と一致する。
汚職や職権濫用もしていたので正義の人ではないが、孤児出身で上り詰めていったというのは夢のある話だ。もちろん運だけではなく才覚あってのものだろうが。

この他、キム・ガプスンの生涯を更に掘り下げた記事もあった。「みんな泥棒です」はドラマの台詞というだけではなく本当にキム・ガプスン本人が口癖のように言っていたとある。

경남매일の記事
http://www.gnmaeil.com/news/articleView.html?idxno=526895

韓国民族文化大百科事典 内の김갑순のページ
https://encykorea.aks.ac.kr/Article/E0008594

大百科事典の方は時系列順になっており、政治や事業の内容を詳しく知ることができた。
1872年に生まれ、1960年に亡くなっている。
日本統治が1910年から1945年までなので、彼の三十代後半から七十代前半に及ぶ。働き盛りの年齢を日本の統治下で過ごしたのだ。郷に入っては郷に従えと言うが、親日であったのはそんな時代に生きる術だったことが窺える。

以上を総合して穴埋めしていくと、こうだ。

「みんな泥棒です」とは( キム・ガプスン )の言葉です。( 主に20世紀前半 )の人で、( 政治家と実業家 )をしていました。
才能は( 使えるものは使うこと、機を読む )こと。
「みんな泥棒です」が日本語である理由は( 日本統治下時代に活躍した、親日派の彼の言葉)だからです。
( ドラマ「公州富豪 キム・ガプスン」 )でこの言葉が紹介されて広まりました。
以来、( 汚職政治家などを批判する )場面で聞かれる言葉となっています。

最後に

「みんな泥棒です」
この台詞にどんな意味があるのか、私なりの意見を述べて終わりたい。

政治家批判に使うのは分かるが、自分も悪いという場面でも使用可能なのが面白いところだ。なにしろ、キム・ガプスンは清廉潔白な人物ではないというのが共通認識のようだから。(それでも地主としては庶民に良心的だったらしい。ぎりぎりダークヒーローとは言える)
調べる前に立てていた仮説は半分くらい当たっていたようだ。

つまり、元ネタも「みんな」に自分が含まれている気がしてならないのだ。

ところで、なぜわざわざ自分は悪だと言うのか。
これには四つの効果があると思う。まず、悪事を働く自分を「みんなしてるでしょう」と肯定する効果。次に「こちらも負けずにどんどんやってやる」という自分への鼓舞。第三に、他人に言うことで「自分も泥棒である」という牽制、挑発だ。最後に、悪人だらけの状況を笑い飛ばして進もうとする意思。諦観でもあるがどことなく生命力が込められている。

これらはどの時代でも共通する感情だと思うが、受け取り手である視聴者に通じなければ意味はない。こうして実際に新旧の舞台で同じ台詞が採用されていることに関しては、ブースター効果と理解することにした。官僚や日本で言う「上級国民」への憤りを感じる事件が起きる度にこの言葉が掘り起こされ、広い世代に浸透しているようだ。

私は、韓国文化の特徴の一つが「希求」だと感じている。権力者に良心的統治を、自分の家族には豊かな生活を、そして一部の人々にとっては南北と仲良く共生していくことを。その先に決して高望みではない、市井の人々の小さな幸せが息づくはずだ。
ゆえに「みんな泥棒です」には逆説的にその「願い」が凝縮され(=そうじゃなかったらいいのに!)にも関わらず「願い」を力強く嘲笑う(=何寝言言ってんだ、みんな泥棒なんだよ!)、そんな一面もあるからこそ数々の言論人を惹きつけているのではないか。そう考えることで、今まで聞いた「みんな泥棒です」は私の記憶の中でますます皮肉な輝きを放っている。