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ヴォルフガング的憂鬱
モーツァルトは輝かしい前半生と苦しんだ後半生を歩んだ。まだ幼い頃からの旅暮しは、彼の体躯を未成熟で病がちなものにした。完全に父親のせいだ。病歴は筆まめな父親のお陰である時期までは正確に追える。しかし苦しんだ後半生から特に死の間際は逆に記録に乏しく、遺体の劣悪な埋葬により死因すら特定されていない。やれやれ。
輝きと翳りの境目はどこにあるのかは分かっている。『フィガロの結婚』だ。この時すでにモー
ヴォルフガング、これ本当に君かい?
我々日本人にはどうも理解できない習慣や風習は世界中にある。タイやミャンマーにいる少数部族首長族(首に幾重にもリングをはめて首を長くする)や、下唇に円形の板を嵌めるエチオピアのムルシ族のような超異色なものでなくても、欧米の習慣も当然だが馴染みがない。例えば当たり前のように行われているチップというシステムも、本当には理解していないように思う。枕元に置いたいくばくかのお金がそのまま手付かずになっている
もっとみる天才の父母は、かくのたまいぬ
モーツァルトの生涯は、父レオポルト抜きでは語れない。膨大な書簡集には父から息子への手紙も多い。だが母アンナ・マリア(旧姓ペルトゥル)の残した手紙はほとんどない。アンナ・マリアとレオポルトの夫婦仲は良く、幸せな結婚だったと伝えられている。大天才の母は、教養豊かな才女ではなかったが、家事に熱心で家計の切り盛りも上手だった。素朴で冗談好きで、楽天的な女性だったとか。几帳面で少々気難し屋のレオポルトとは
もっとみるヴォルフガング 借金絵図
「困った事です!私は今、一番憎い敵にだって希望しないような状態にあります。最上の友であり同士であるあなたに見捨てられたら、私は不幸にも、罪もないのに、可哀想な病気の妻と子供もろとも、破滅してしまいます。(中略)お礼を言わずにまたお願いするとは!精算もせずにまたおねだりするとは!(中略)私の運命は、残念ながら私に背を向けて、私がいくら稼ごうとしても、何一つ稼ぎにならないのです。(1789年7月12日
もっとみるモーツァルト沈思④ 君についての記述
肖像画は古くから重要な画題で、写真のなかった時代にはとりわけ重要だった。『魔笛』の王子タミーノは三人の侍女から王女パミーナの絵姿(小さな携帯用肖像画)を渡され、見るなりその虜となるが、その娘を悪魔の様なザラストロから救い出して欲しいと言われる。
そのタミーノは幕開き大蛇に追われ、あわやの窮地を侍女達に救われるのだが、ト書きには〈日本の狩衣を着ている〉と書かれている。未だかつてそんな和装のタミ
モーツァルト沈思③ どれがホントの君の顔?
坂本龍馬の写真がある。スックと立ち、懐手で斜め右方向を見つめている。幕末の藩士に特別な思い入れはないので、ふーん、こんな奴やってんなあ、と何故か関西風に呟く程度。歴史上の偉人はいつから写真で残る様になったのか知らないが、音楽家の写真はヴァーグナーの晩年の頃からだから1800年を回ったあたりからだろう。マーラーも沢山の写真が残っている。クラシック音楽がロマン派中期以降に大きく発展したお陰で、現在の
もっとみるモーツァルト沈思② モーツァルト的心
「神様はもっとわかりやすい啓示を与えてくれるべきだ。例えばスイス銀行に僕宛にお金を振り込んでくれるとかさ。」・・・ウッディ・アレン
この気の利いた皮肉を読んだ時、何故だか『あ、モーツァルト的だ』と思った。内容や言葉尻ではなく、底辺に流れるウィットみたいなものがだ。これは言わば、徹底的に人生を楽しんで生きている、と自他ともに認められる人が、苦境に陥っても苦しむ姿は人様に微塵もお見せしたくない、