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前田康弘「歴史を変えた出会い」

2018年秋。この年を境に國學院大學の評価が急上昇を遂げていた。
「今年の國學院大學はいいらしい」
「いい練習を夏に積んできて予選会に臨む」
前回大会の箱根駅伝で駒澤大学が全くレースプランがハマらずにシード権を落とした中で臨んだ予選会ということもあり、ひそかに話題を集めていた。
一方、國學院大學は鶴見中継所でタスキがつながらず総合14位と涙をのんだ。

翌年、ふたを開けてみると予選会を4位通過で往路では3位に入るなどその実力の高さを示すことに成功した。ぐんぐんと伸びていったのは、それからだ。
そしてそこには素晴らしい選手との出会いや、指揮官との出会いがあったのだ。

誰よりも喜び・涙する

実は彼が喜び涙する様は、今に始まったことではない。監督就任当初、現在も実業団で活躍する寺田夏生選手がコースを間違えたとき、当時前田さんは監督1年目だった。

國學院大學初シードという快挙を成し遂げるかどうかの瀬戸際、10区で寺田選手がラスト1kmになっても仕掛けない事に動揺し、ラストスパートで一気に突き放すと大喜び。
交差点を間違えた瞬間に「……え?」と呆然とし、慌てて戻った何とかシードというドタバタぶりに喜び・号泣する様、祝勝会での大喜びぶり。とことん忙しい人だった。

その後は予選会敗退なども経験するなど苦しい時期が続いた。その時期にも蜂須賀源選手を輩出するなど選手育成でも手腕を発揮し続けてはいたのだ。
箱根駅伝の常連校となり、かつ時たまシードを獲得するチーム。それが浦野・土方両選手が2年時までの國學院大學の印象だ。

そんな國學院大學が一気に様変わりさせた浦野・土方両選手。そして彼らに付いていくように他の選手たちもぐんぐんと伸びていくようになっていった。
彼らとの出会いから指導スタイルも変え、チームも大きく変化していったのだ。

だからこそ、前田監督は浦野選手が4年時の箱根、残りが少なくなってきたときに声にしたのだろう。
「本当にありがとうな!」
それは、國學院大學を変えてくれたという感謝、そして前田康弘という指導者をさらに成長させてくれたことに対して、であったように感じられた。そんな前田監督が大いに尊敬し慕う指導者が2人いる。

一人は大学時代の恩師である大八木監督、そしてもう一人が帝京大学の中野孝行監督だ。彼との出会いも前田監督を大きく変えることとなった。

「駒澤大学と同じ」はできないからこそ

箱根駅伝で肝要となるのは、選手のリクルーティングにあるといわれる。いかに優れた選手を入学させるか、あるいはポテンシャルある選手を伸ばせるか。ここに尽きるのだ。

実際に青山学院大学に駒澤大学といった強豪は、リクルーティングの面からも非常に有利な状況にある。その一方で、大八木さんが藤田敦史さんを見出したようにどこに隠れた才能があるのかもわからないのがこの競技の面白いところ。

だからこそ、前田監督がかつてやっていた「大八木監督張りの猛練習」だけでは勝てないのも現実だ。その中で「育成の帝京」という異名を持つに至ったのは中野孝行監督のとの出会い。これも非常に大きい。

高校時代に実績を残していなくても大学で大きく成長させる選手育成に長ける中野さんは前田監督にとっても「生きた教材」だったのだろう。曰く、帝京大学のホームページに張り付いて練習方法を書き出していたほどだったのだとか。

当時の國學院大學もまた、青山学院大学のように「目に見えていい選手」が入学してくるようなチームではなかった。むしろ、育てていかなければならない状況だった。だからこそ、彼を参考にするしかなかったのだ。
現在では年齢の離れている中野監督とも友好的で、マネージャーを交換留学させるほどだ。

歴史を変え続けてきた中には、選手だけでなく指導者との出会いもまた前田監督を大きく前進させてきた。
結果がついてくるようになると、平林くんのようなギラギラした目を持つ選手も入学し、時には恩師の大八木監督ともスカウトがかち合うようになっていった。
100回を迎える来年は、さらに上の順位を目指すことができるのかどうかも注目が集まる。

唯一「越えられなかった壁」

ただ……前田監督がそれでも超えることができなかった壁があった。

それこそが大八木監督だった。駒澤大学初優勝時のキャプテンだった前田さんをもってしても彼を追い越すことは叶わなかった。
本当の意味で「勝った」のは2019-20年度に出雲で優勝し、箱根で総合3位に入った時が最後だ。

まだまだ、挑戦者として歴史を変えていく途上にある國學院大學が主将を欠きながら4位に入賞できたのも、前田監督の功績だろう。
藤色の山はとても大きく、そして厳しい。その大きな山を越えるべく、歴史を変え続ける挑戦は続いていく。

その時に、前田監督はまた誰よりも喜び、そして号泣するに違いない。そういう熱い男だからこそ、誰もが彼についていきたくなるのだろう。

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