二十日鼠と人間
大学1回生の夏休み。青春18きっぷを使って帰省するため、朝一番のバスでJRの駅に向かっていたときのこと。最後部に座っていた二人の若者の会話が聞こえてきた。
「兄ちゃ〜ん。俺たちなんでクビになったのかな」
ほんの数人しか乗客がいなかったし、会話の内容がなにかシリアスそうな雰囲気だったので、自然と耳が会話をキャッチしだした。
「もう言うな」
「でもさあ〜、」
「言うな」
「なんで社長は俺たちを」
「あいつが馬鹿だからだ!」
二人とも当時の俺とそんなに年が変わらないくらい、20歳前後くらいに見えた。修学旅行くらいの荷物を膝の上にのせていたと思う。兄と思われる男は終始ピリピリしていて、弟と思われる男は、兄と対照的になんだかのんびりしていて、しゃべりがいちいちもっさりしていた。じっくり観察したわけじゃないからなんとも言えないけど、ちょっと知恵遅れだったのかもしれない。
ほんのちょっとの会話だけど、話の感じからして、弟はあからさまに仕事ができなさそうだった。仕事をクビになった理由を兄は知っているみたいだが、弟はそれを知らないし、彼に知らせようともしていない。ということは、たぶん弟がその理由に関わっているんだろう、と思った。大阪なのに全然関西弁じゃなかったので、別の地方から仕事を求めてやってきたのかもしれない。
お前はよくやってくれている。でも、あいつはだめだ。何度教えても仕事を覚えない。全然使い物にならない。あいつには今月限りでやめてもらおうと思う。それは困ります。クビにしないでください。俺がちゃんと仕事を教えますから。責任持って面倒みますから。だめだ。いろんな人間を見てきたからわかる。あれは見込みがない。お前のことは評価している。あいつはクビにするが、お前の給料は上げてやる。それでいいだろう。だめです。なんでだ。あいつと一緒じゃないとだめなんです。お願いします。無理だ。どうしても。どうしてもだ。じゃあ俺もやめます。おい、お前の給料は上げるって言ってるだろ。お前が残ればそのまま二人で寮に住んでいいんだぞ。やめたら住むところどうするんだ。出ていきます。明日の朝一で。おい。話を聞け。おい待てって。失礼します。
まあ想像ですけどね。でも「あいつが馬鹿だからだ!」は、弟の言葉をさえぎるようにして、カッとなった感じで言ってたので、社長と何か言い合いがあったんだろう。で、それを弟に詳しく言えないということは、弟に聞かせたくない話なんだろう。と考えると、そんなに大きくは外れていないんじゃないか。
「これからどうすんの」
「大丈夫だから」
「でも」
「大丈夫だから」
そのあたりまで聞いたところで、長居駅についたので俺はバスを降りた。ちょうどその直前にレンタルビデオで「二十日鼠と人間」という映画を借りていたのだけど、観てる途中で寝落ちしてしまって、しかし帰省してしまうので最後まで観ないまま返却していたのだった。途中までしか見ていない映画だけど、電車の中でひとり反芻しているときに「なんか『二十日鼠と人間』みたいだったな」と思った。当時、身の回りにいる同年代の人間は、俺以外全員楽しくやっているように見えていた(クラスメイト同士で3Pした等)というのもあって、ほんのちょっとの時間しか見ていないあの二人が余計に強烈に記憶に残ったのだと思う。
初夏になると思い出す話。
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