架空の文学的高校生〜ドーナツ短歌〜
放課後に君とドーナツ屋さんに来た。イトーヨーカドーの中に入っているミスタードーナツ。
わたしはいつも5個食べる。高校生は常にお腹が空いているのだ。
君はいつもハニーディップをひとつ食べる。なんでなの、たまには違うの食べないのと聞くと、君は「これがいちばん穴の形が理想的なんだ」と答えた。
「ハニーディップの丸みを帯びた表面を見つめていると、だんだん中央に吸い寄せられていくだろう?そこには穴があって、でも穴の向こう側はあんまり見えないんだ。それがなんとも想像力を掻き立ててさ。ほかのドーナツは穴がしっかりと空いていて、見えないエロスというか、奥ゆかしさがあんまりない」
ふうん、よくわからない。胃に入れば穴なんてどうでもいいじゃないか。わたしはこれでもかというくらい穴が空いたポンデリングが好きだよ。
わたしたちは向かい合って座った。わたしの前には、エンゼルフレンチとポンデリングとオールドファッション、カスタードクリームとハニーチュロ、そしてオレンジジュース。
君の前にはハニーディップとホットコーヒーだけ。
君は、わたしの前に並べられたたくさんのドーナツをじっと見つめていたかと思うと、おもむろに口を開いた。
「人は見た目によらないって話をしよう」
いったい何の話だ。でも面白そうじゃないか。
君はエンゼルフレンチを指差した。「これ、チョコがかかってるうえにクリームがたっぷり入っていて、カロリー高そうでしょう」
うら若き乙女の前でカロリーの話などするな。
「実は192キロカロリーなんだ。僕の食べているハニーディップよりもカロリーが低いんだよ」
そうなんだ、意外。
「逆にこれ、オールドファッション。こんなにシンプルな見た目だけど328キロカロリーもあるんだ」
そんな。見た目に飾り気がないからてっきり低カロリーだと思ってた。地味にショックだ。
「食べるとさ、オールドファッションの生地ってずっしりしてるのがわかるでしょ。でもエンゼルフレンチはクリームこそ入ってるけど、結構軽めのシュー生地になってるんだ」
食べてみて、と君はきゅっと口角をあげた。なるほど一口ずつ食べると違いがわかる。
「見た目だけだったらカロリーの高さ、逆だと思うでしょ。なんでも食べてみないとわからないんだ。人間も同じだよ」
君はコーヒーを飲んでふうと息を吐いた。
「でも悲しいかな、この世は結構見た目で判断されがちだ。それは君ならよくわかるよね」
君はわたしの明るい茶髪と、真っ赤なネイルを見て笑った。「君は不真面目そうな見た目だけど、いつも誰よりも綺麗に床を掃いている」
わたしも笑った。たぶん今君と同じ顔をしている。
「いや、君にこんな話する必要なかったね」
なんで、聞きたいよ。
「放課後ひとり図書室で、短歌の本を読んでいた僕に話しかけてきたのは君だった。ひとりは寂しかったわけじゃない、僕はいつも文学的世界にいたから」
君はちょっと下を向いて、重たい前髪の下の眼鏡を直した。
「話しかけられたときはびっくりしたよ。こんな派手髪の女の子が、地味な容姿の僕に何の用だってね。最初は、ひとりぼっちの僕を憐れんでるのかと思ったんだ。僕はそういう人間じゃない、そう本に目を戻しかけたとき、君はなんて言ったか覚えてる?」
え、なんて言ったかな。覚えてない。
「『わたしも短歌好きなんだ』って。とりたてて特別な言葉でもないよね。でも君は僕の好きなものを見て、その中に僕自身を見て、見た目なんて気にせず話しかけてくれた」
君は思い出したようにコーヒーにミルクを入れた。
「そのとき、見た目で判断していたのは僕のほうだったんだって恥ずかしくなった。いきなりこの話をしたのは君に謝りたかったから、かもしれない」
謝るとかいらないよ、今こうしてドーナツを食べられて楽しいよ。
ああそう?と君は微笑を浮かべた。そのまま分厚い眼鏡の奥の目でわたしを見据えると、静かに問いかけた。
「実は君と話したあと、短歌を詠んでいたんだ。聞いてくれる?」
君はすっと息を吸い込むと、言葉を紡ぎ出した。
「図書室の窓を背にする君の髪夕焼け色に煌めき踊る」
そういえば、あの時は夕焼けが綺麗で、図書室の窓から風が入り込んでいたよね。それが君の本のページをぺらぺらとめくりながら涼しげな音をたてて、わたしの髪をふわふわとさらっていた。懐かしいね。わたしも歌を詠もうかな。
聞いて。
黒髪に隠れた君の丸眼鏡わたしを見る目穴じゃなかった
わたしは、穴の空いていないカスタードクリームを手に取り、君に差し出した。
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家族がミッス(我が家ではミスドのことをミッスと呼ぶのがブームになっている)を買ってきたので、ドーナツについての話を書いた。いろいろと大目に見てほしい。たぶん誰も見ていないから大丈夫だと思うけど。
あと、眼鏡をかけた「君」の笑顔はアルカイックスマイルを意識していたんだけど、文に入れるとなんだかぐだるから入れるのを諦めた。それだけ。
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