ビッグイシューを売る男性

大学に行く。

駅を出ると、ひとりの中年男性が目に入る。

彼はいつも、「ビッグイシュー」を路上で売っている。

「ビッグイシュー」のことはご存知だろうか。わたしは英語の長文読解で知った。

ビッグイシューとは、ホームレスの人に仕事を提供し、自立を応援するための事業である。慈善事業ではない。雑誌売りを通して、働くことから遠ざかった人のリハビリをする事業だと考えてもらえるとわかりやすいと思う。ビッグイシューの販売員であるホームレスの人は、毎日決まった時間に、「Big issue」と英字でタイトルが入った雑誌を売ることになっている。一冊売ると半分以上がホームレスの人の収入になる。ところが一冊売るのも楽ではない。現代人はフリーペーパーを読むのが当たり前になっているし、ホームレスの人に対する偏見も根強いからだ。

それでも彼らは「ビッグイシュー」を売り続ける。雑誌を売ること、それが自立への第一歩になるのである。

そう、大学の最寄り駅で働いているひとりの男性はホームレスであり、自立をしようと頑張っている最中なのだ。

また今日も、わたしは大学に行くために駅を出た。

いつものように、男性は「ビッグイシュー」を売っていた。ところが、今日は様子が違った。

男性の前に、40くらいの女性と、小学生くらいの男の子が立っていたのである。女性はお金を男性に手渡し、雑誌を受け取っていた。

わたしが実際に、「ビッグイシュー」が買われているところを見るのは初めてだった。あまりじろじろ見るものでもないので、そのまま立ち去って大学に向かったが、何かこみあげてくるものがあった。

おそらく、女性と小学生くらいの男の子は親子だろう。あの女性は、何も考えずに「ビッグイシュー」を買ったわけではないと、わたしは思う。女性は母として、子どもに何か大切なことを教えようとしていたのではないか。

先ほども述べたように、ホームレスの人に対する偏見は根強い。そのような偏見はどこで形成されるのかというと、子ども時代に自分の周りにいた人の言葉や態度からだろう。子どもは、良い意味でも悪い意味でも無知だ。そんなまっさらな状態に、周囲の大人がどのような言葉をかけるかによって、その子どもの価値観の形成のされ方は変わってくる。だから、大人が子どもに何かを「教える」ということは非常に大切なのだ。

「ビッグイシュー」を買った後、その親子の間でどのような会話が交わされていたかはわからない。

でも、もしかしたら一人、ホームレスの人に対して偏見を持つ人が少なくなったかもしれない。

ホームレスの人の中には、生活保護を受け取りたくても受け取れない事情があったり、自分の意志でそうしたくないという人がいる。働きたくないわけではないが、身元がわかると不都合なので働けないという人もいる。今更自分を雇ってくれるところはないと諦めている人もいる。普段自分が掛けられる言葉や視線から、社会に出ていくのが怖いと感じている人もいる。

ホームレスの人にも色々な事情があり、色々な考え方がある。それらをすべて理解することは難しくても、少なくともそう言う事情が「あること」を理解すべきである。そうすれば偏見は減らせるだろうし、「ビッグイシュー」を売る人が、どれだけ頑張っているかもわかるだろう。

ホームレスの数は着実に減少している。しかしそれは、ホームレスであり続けている人たちに向けられる視線が、厳しくなる可能性があることを示唆している。絶対に、そのようなことがあってはならない。

わたしも今度、思い切って「ビッグイシュー」を買ってみようと思う。駅の出口に立つ男性が、勇気を出して働いているのだから。「『ビッグイシュー』を買う」という行動は、男性の勇気よりも、ずっとちっぽけな勇気でできるはずだ。



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