見出し画像

MBAの授業で囚人のジレンマゲームをしたらどうなった

まずは囚人のジレンマの説明から

この理論を簡単に説明すると、個人が合理的に行動すると全体として不合理な結果に陥るパラドックスを例示しています。

二人の囚人が自白を迫られているとします。3つのパターンが考えられます。そしてパターンごとに結果が異なります。
- 二人とも自白しなければ、二人とも3年で出所できる。
- 相手を裏切って自白し、もう一方が自白しなければ、自白した方はすぐに出所でき、自白しない方は懲役10年になる。
- 両方が自白すれば懲役5年になる。

ナッシュ均衡でも同じような話があり、アダムスミスの「個人が合理的な判断をくだしていけば結局は全体最適となる」という理論はおかしい、全体の利益を考えて行動する方が合理的な時があるというものです。
映画「Beautiful Mind」でナッシュが「全員がブロンドの女性に行けば勝者はいない。全員がブルネットの女性に行けば全員が勝者になる。アダムスミスの理論には誤りがある」と言う場面ですね。

それぞれの囚人が自分の利益を追求するとそれぞれ懲役5年になってしまうのに、相手のことを考えると懲役3年になる。5+5=10に対し、3+3=6なので、明らかに後者の方が総価値は高いのに、そうならないというパラドックスです。

交渉(Negotiation)の授業

授業では、交渉とはwin-winを目指すべきだ。コミュニケーションを通じて全体のパイを大きくする努力をするものだと習います。至極当然のことかと思います。
タフネゴシエーターは時代遅れなんです。

囚人のジレンマゲーム

二手に分かれてXX(自白する)、YY(自白しない)、XY(どちらでもない)のいずれかのポジションを取ります。3x3で9通りの組み合わせになります。

組み合わせと点数
左側がこちら側、右側が相手側です。
例えば、一番上の両方のチームがXX=両方自白のポジションを取るとそれぞれマイナス20点になります。
XXーXX:-20/-20
XXーXY:+20/-20
XXーYY:+40/-40
YYーXX:-40/+40
YYーXY:-20/+20
YYーYY:+20/+20
XYーXX:-20/+20
XYーYY:+20/-20
XYーXY:0/0

全部で7回ゲームをして、相手との打ち合わせはなし。ただし4回目と7回目は打合せしてよいというルールです。4回目の得点は5倍、7回目の得点は10倍になります。

授業の推奨通り、両方のチームがすべてYYーYYで協力的にゲームをすると総得点はそれぞれ+400点になります。
一方がすべてXX、もう一方がすべてYYだと総得点はそれぞれ+800点と-800点になります。

そしてなんと、このゲームの得点は個人の成績に結びつくことになっています。800点は100点換算、マイナス800点は20点換算です。たしか70点以上取らないと単位はもらえないので、20点は落第点です。

要は「みんなで協力してよい成績で卒業しようね」となるか、相手を出し抜いて自分たちだけがよい成績を取るかという、感情的なしこりが残りかねない設定がされていました。

われわれのチームの作戦

まず各ポジションの得点を見ると、XXのポジションが一番有利になっています。+40、-20、-20=+40
XYは0、YYは‐40です。
なので、わたしは「このゲームはすべてXXを選ぶ方が有利な設定になっている」とみんなに説明しました。
本来、XXーXYの組み合わせはXXがマイナス20、XYがプラス20にして、うかつにXXを出すと痛い目に合う方がゲーム性が高まりますし、評価値がすべてゼロになります(XYとYYの組み合わせは‐20と+20にする)。
そうしなかったのは、意図的に利己主義で行動するモチベーションが生まれるように仕向けたのでしょう。

なぜXXにしたんだと聞かれたら、一番有利なので合理的な判断をするとそうなるのだと先生に答えればよいとメンバーに言いました。
ゲームの設定上XXが有利になっているから選んだのだ、当然相手も同じことをすると考えたということです。

あるいは、ここは得点を犠牲にして我々のレピュテーションを高めることに徹し、すべてYYという選択肢もあり得る。
なので、説明が付くポジションを取るのであれば、全部XXか全部YYに徹底するべきじゃないかという議論を持ちかけました。

チームで議論のうえ、XXで流して、4回目ゲームで相手と相談するときにYYにするか改めて対応を考えようとなりました。

ゲームの結果

1回目から3回目まで、われわれも相手もXX(自白)を続けました。
そして4回目以降はすべてYY(自白しない)にしました。総得点は280点です。
われわれの当初の作戦は、裏切ることも視野に入れ、YY(自白しない)にするかどうかはコミットせず「検討する」にとどめるものでしたが、相手がYYでコミットすると言ってきたので、コミットに変更しました。
相手を信用したのは、相手もこちらと同じくXXが一番有利な設定にしているからXXにしただけで、相手を貶めようなどの他意はないということが分かったからです。
極めて合理的な判断をする交渉相手だったんですね。以後はYYにするのがお互いにメリットが大きいねと確認して合意しました。

チーム内には、相手が裏切ったらどうしようという議論はありましたが、その時はその時で、われわれは約束を守ったというレピュテーションの方が大事だとなりました。

相手チームの話では、裏切るべじゃないかという議論も出ていたらしいです。
相手のチームにインドからの交換留学生がいて、うちのチームは日本人がいて、お互いの国の名誉をかけて恥ずかしい真似はするまいとなったと授業で説明していました。

先生の反応を見てみたら、インド人が裏切って日本人がダメージを甘受するみたいな構図を期待していたみたいです。文化の違いが現れますね、みたいな話にしたかったんでしょう。

他のチームはどうだったか
すべてYY(自白しない)で通したグループがあり、両方のグループがYYを繰り返した結果400点になっていました。
どうしてYYにしたのか?と先生に聞かれたら、「相手の目を見てお互いにうなずいたのだ。」「彼の髪型を見てくれ、彼はウムラ*をしたから信用できる。」と言っていました。ウムラのくだりはユーモア要素も入っています。結構笑いを取っていました。

ウムラとは、メッカ巡礼のことで、定まった期間に行うハジに対し、小巡礼といわれています。
現地で行う行為はハジに比べて少なく滞在期間も短いです。
最後に髪を丸坊主にするため、ウムラ戻りの人は丸刈りから髪をのばしかけている人の髪型をしています。
旅行代理店にアレンジをお願いするようで、彼の参加したツアーは8日間で4500万ルピア(45万円)かかったと言っていました。

お互いにXXでやり合い続けたグループもありました。一方が一生懸命XYのポジションで妥協を示そうとしたのに、相手が一方的だったので、感情的なしこりが残ったのかもしれません。
最後10倍になる7ゲーム目でXXーXX(自白)になっていました。これだけでお互いにマイナス200点です。

一番ひどかったグループは、最後の7ゲーム目で相手を裏切ってXX(自白)-YYに(自白しない)になったグループです。一方がプラス600点、もう一方はマイナス320になりました。

経緯を聞くとお互いにYYにすると約束したにも関わらず、一方が約束を反故にしたようです。
これは最悪ですね。嘘をついたということですから。
このグループは嘘をついていいゲームだと勘違いした可能性がありますが、科目の成績に直結するゲームなので、相手の成績をズルいやり方で犠牲にして自分の成績を上げたことになってしまいます。

クラスメイトとして信頼に欠ける行為になります。YY(自白しない)にするかは分からないよと言っていればまだよかったのですが、自白しないと約束して安心させておいてからの裏切りですから、わたしはかなり悪質と思います。

先生はなぜそうしたのか理由を聞いただけで、あまり彼らを責めませんでした。
わたしは、彼らがビジネスの世界では完全にアウトなことをやったと発言しようとしましたが、彼らの様子を見て止めました。

メンバーがみな自分たちのしでかしたことに気づいて、まずいことをしてしまったという深刻な表情をしていたからです。
彼らは授業の後もグループで集まって真剣に打合せをしていました。声をかけづらい雰囲気だったので、みなそっとしていました。
たぶん、相手チームにどうやって償いをしようかという話し合いをしていたのだろうと思います。

わたしがこのゲームを通じて思ったこと

学生にとって将来がかかっている重要な学業の成績をかけてゲームをしたことで、本当の交渉のようなリアルな交渉を経験できたのは素晴らしいです。
禁じ手を繰り出してしまったチームは、交渉の怖さを知ったという意味では本当に良い経験ができたと思います。
交渉は騙し合いゲームじゃないんだよということですね。損得だけでなく信頼、レピュテーションも同レベルもしくはより重要です。
信頼の構築にかかる労力と時間に比べ、失うときは一瞬で失います。本当に怖いんです。

交渉はいくら理論を勉強しても、実際に経験するとしないでは大きな差があります。
それは相手がいる世界で、相手は絶対にこちらの思い通りにならないからです。相手が何を考えているか分からないし、相手もこちらが何を考えているか分からないんです。

そして言い方ひとつで誤解を生んだり、感情的にしこりが残ったり、信頼関係が構築できなかったりします。毎回のように準備不足を痛感して、ああしておけばよかったと後悔することが多いです。
1つとして同じ状況はないですしね。

ロースクールの授業では、毎回ケースを使ってあるポジションになって交渉シミュレーションをしていました。
わざと相手のポジションを分からなくするため、それぞれ別の資料が配られる徹底ぶりです。
敵対的に行け(絶対にきつい条件を維持しろ)と指示されていて、そのようにしたら交渉が決裂したこともあり、どうやったら交渉が決裂するかを分からせるケースだったりもしました。

MBAの授業はまた違うのかもしれず、今後が楽しみです。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?