休むことへの恐れ

 多くの人が言います。「疲れたら休もう」「行かなくても大丈夫」「まずは回復第一」と。
 よくわかる。とっても。痛いくらいに。
 昨晩、充電コードに繋いで100%充電したはずなのに、すぐにバッテリ切れを起こす電子機器と同じような状態になってからでは遅いですから。

 2022年は勤労感謝の日が水曜日だったこともあり、「毎週水曜が休みなら最高なのにね」なんて言葉が飛び交ったのだけど、それについてはかなり否定的な立場に立つようになってしまいました。
 今年は水曜日の休みの日に、金曜日に控えている大きな仕事のことを考えなくてはならなかったので、大変に難しい精神の舵取りをしていた、というのが実情です。今日の休みを、明後日の仕事について考えて過ごす、ということのしんどさは、やはり抑うつを超えて以降の私に大きな課題として
のしかかっています。

 どこまで逃げても仕事に追われている感覚を振り解けない人に、水曜日の、要するに週の中日の休日を与えたところで実際には苦しむことの方が多いのではないかと想像します。中休みが優しさとして機能しない事態。要するに「中休み、入れましょう」という半端な優しさではなく、「ほれ診断書。とりあえず1ヶ月休め。」という断絶を提示する厳しさが要請される場合だってあるわけです。

 ワーカホリック、といえばそれで終わる話かもしれません。しかし、週の中間の休日というのは、結局心身ともに健康でなくては有意義なものとして迎えることが難しい、という話なわけです。