『ノマドランド』がアカデミー作品賞に選ばれた理由
第93回アカデミー賞授賞式が日本時間の4月26日、米ロサンゼルスで開催され、中国出身のクロエ・ジャオ監督による『ノマドランド』が作品賞、監督賞、主演女優賞の主要3部門を受賞しました。
私は賞レースの当初から、というよりこの作品を試写会でみた日から、「今年のアカデミー賞はこれで決まり」と言い続けていましたので、やはりな、との思いです。
その理由はあちこちで話し、書いているので詳しくは延べませんが、重要な部分だけ書いておきます。
1 社会批判、アメリカ批判でなかったこと
この映画が、格差批判のノンフィクションを原作としていることから「社会派映画」と思い込んだ批評がメディアにあふれていますが、これは正確ではありません。
この映画はむしろ、原作から「社会批判」を抜いた作りになっており、そこが最重要なのです。
例えばこの映画には、本物のノマドたち(車上生活者)が出演しています。それによってノマド生活のディテールを表現するのに役立っていますが、同時に、彼らが現代のアメリカ社会を一切批判していないことに気づかなくてはなりません。彼らノマドは現状を受け入れ、肯定し、そのうえで必死に生きています。
ここで考えてほしいのですが、そもそもなぜ監督は本物を映画に出演させたのでしょうか。
おそらくその答えは、「本物」の言葉や行動には誰も反論ができないからです。そしてこの映画の「本物」たちは、先ほど書いたように社会批判をしていない。このことに気づかなくてはなりません。
つまり、クロエ・ジャオ監督はこの原作を用いてアメリカ批判をしたかったのではなく、むしろ逆。
原作にあるようなアメリカの恥部を映画ではあえて描かず、多様性ある生き方を許容するアメリカ社会の良いところだけを描きたかったのです。
2 監督が中国人
そんなこの映画の監督クロエ・ジャオは中国人です。言うまでもなく、いまアメリカと中国は戦争状態といってもいいほどに対立しています。その原因は、前の大統領のトランプ氏にあるのだと、トランプ嫌いのハリウッド業界人たちは言いたいことでしょう。
一方でハリウッドは、世界で最もチャイナマネーの恩恵を受けている業界の一つです。
そんなありがたい商売相手の中国を敵にまわし、分断を深めたトランプ大統領を、ハリウッドは4年間かけて徹底的に攻撃し、ついにわずか一期で表舞台から追放しました。
つまり今年のアカデミー賞は、ハリウッドが史上最大の政治的な戦いに勝利した、記念すべき年。勝利の美酒に酔いたい年だったのです。
そんな時、ちょうどいいことに中国出身の女性監督が、アメリカの最も美しい風景と、アメリカ人の最も魅力的な気質を描いた映画を発表した。
4年間、社会の分断を批判し続けてきたハリウッドの映画人たちに、これほど魅力的に、かつタイムリーに映った作品は他になかったということです。
アカデミー作品賞は、投票方法の特性により、「賛否両論が多いタイプの映画」例えば『プロミシング・ヤング・ウーマン』のような作品が受賞することはできません。敵を作らないタイプの映画が受賞しやすい仕組みになっています。
今年は明らかに『ノマドランド』がそれにあたり、それに匹敵する映画は一本もなかったといえるでしょう。
そんなわけで今年ほど予想が簡単な年は、近年ありませんでした。
皆さんも、お近くで公開していたらぜひそのあたりも考えたうえで見てみてくださいね。とても良い映画ですよ。
----------------------------
※こうしたエンタメ時事分析を読みたい方は、私のメルマガ
超映画批評【最速メルマガ版】
https://www.mag2.com/m/0001689910
をチェックしてみてください。ほぼ週刊&無料です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?