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「トリック」の新作の脚本を全部書く

N「人間の本質は悪か善か、人類が幾度となく論じてきた永遠のテーマである。19世紀後期、ノースカロライナ州。牧師シューザック・アウトエルは、州刑務所の囚人5人に対して、ある実験を行なった」
アウトエル「今から、あなたたちの中に棲みつく悪魔を消し去ってみせましょう」
N「囚人は、大粒の涙を流し、優しく何度も何度も頷いた。塀の中から解放された囚人たちは、誰一人、犯罪を繰り返さなかったという」
司法長官「アメリカじゅうの犯罪者を面会させ、再犯率を減らしましょう」
N「しかしその矢先、アウトエルは何者かによって殺害されてしまう。彼は特殊な能力を持っていたのか。事実は未だに闇の中である」

【「トリック」あるある】
超常現象の逸話で始まる。

売れないマジシャンの山田と大学教授の上田の凸凹コンビが、インチキ霊能力者の“トリック”を次々と暴いていくドラマシリーズ、「TRICK」。(※「TRICK」の「K」は反転した「K」)

「TRICK劇場版 ラストステージ」(2014)で、一旦はその長い歴史に幕を閉じた「トリック」シリーズですが、2017年には配信ドラマ「警部補 矢部謙三〜人工頭脳vs人工頭毛」がしれっと作られ、2020年の映画「ミッドサマー」日本公開時には「トリックの新作だ!」とタイムラインが賑わい、令和の今も時々話題になっています。ここまで読んで、腕にギブスを巻いた戸田恵梨香が浮かんでいる方、仲間由紀恵と阿部寛のほうです。出てくる霊能力者がほぼ全員ペテン師なほうです。

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つまり、

「トリック」の新作が観たい。

劇場版もいいけど、できたらテレビで。
新作スペシャルもいいけど、叶うなら連ドラ形式で。

そこで思いました。

「トリック」の新作を考えよう。

プロットを書こう。なんとなくストーリーが繋がったら、台詞にしてみよう。台詞の間にト書きを書いてみよう……そうこうしているうちに、1エピソード丸々書き上がったので、全て公開しようと思います。

理想の“トリック像”を崩さないように、書き足し書き足ししていると、当初の予定のドラマ1話分を大きく超え、新作スペシャル級の尺になってしまいまして。連ドラの頃の空気感が好きなので、前編と後編に分けました。


ゲストは、武田鉄矢。←教祖っぽいからです。

タイトルは、「不良を治癒する教師」。←学園モノはまだ作られてないからです。


それでは、お時間の許す限り、ごゆっくりお楽しみください。

(シナリオのフォーマットをnoteにそのままペーストしてるので、少々読みにくくなっています。整ったシナリオ形式でスムーズに読みたい、パソコンとかに保存したい、印刷して紙で読みたい。そんな人のために、一番下からPDFデータをダウンロードできるようにしています。是非ご利用ください。)


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スライド5

「不良を治癒する教師」

〈登場人物〉
山田奈緒子……売れないマジシャン。
上田次郎……日本科学技術大学の教授。
矢部謙三……警視庁の刑事。
山田里見……奈緒子の母。書道教室の先生。

安多賀大将……海援大学園の代表。
萩荻伸一……海援大学園の生徒会長。
津々筒剛……海援大学園に入学。行方不明。
津々筒承人……剛の父。

池田ハル……奈緒子が住む「池田荘」の大家。
ジャーミー……ハルの夫。バングラデシュ人。


○オープニング
  超常現象が紙芝居のように語られる。
N「人間の本質は悪か善か、人類が幾度とな
 く論じてきた永遠のテーマである」
  アメリカの地図。
N「19世紀後期、ノースカロライナ州」
  ふくよかな牧師の肖像画。
N「牧師シューザック・アウトエルは、州刑
 務所の囚人5人に対して、ある実験を行な
 った」
  5人の囚人の前に立つアウトエルの絵。
  十字架を持って。
アウトエル「今から、あなたたちの中に棲み
 つく悪魔を消し去ってみせましょう」
  囚人と一対一で面会するアウトエル。
N「囚人は、大粒の涙を流し、優しく何度も」 
 何度も頷いた」
  退所する囚人たちの絵。
N「塀の中から解放された囚人たちは、誰一
 人、犯罪を繰り返さなかったという」
  司法長官が会見を開いている絵。
司法長官「アメリカじゅうの犯罪者を面会さ
 せ、再犯率を減らしましょう」
  湖に浮かぶアウトエルの遺体。
  顔面を激しく殴打された痕跡がある。
N「しかしその矢先、アウトエルは何者かに
 よって殺害されてしまう。彼は特殊な能力
 を持っていたのか。事実は未だに闇の中で
 ある」

○海の上(夜)
  嵐で大荒れの海。
  島を離れる一艘のゴムボート。
  必死にオールを漕ぐ津々筒剛。
  ボロボロの学生服を身に纏っている。
剛「(息切れ)……もうやだ……もうこりご
 りだ」
  剛の顔を照らす光。
剛「(ハッとした顔)」

○海援大学園・校長室
  重苦しい顔の生徒会幹部たち。
  駆け込む生徒、必死に形相で。
生徒「脱走者!」
  一斉に生徒に視線を向ける生徒会幹部。
生徒「捕獲しました!」
  安堵のため息をつく生徒会幹部。
  窓の外を眺める安多賀大将。
  坂本龍馬のような格好をしている。
大将「はいご苦労さん」
  風が吹き荒れる外を見て。
大将「盗んだボートで漕ぎ出されてもなぁ」
  と、赤いきつねをズルルと啜る。

○花やしき・屋外ステージ(日替わり)
  手品を披露する山田奈緒子。
  チャイナ服を着ている。
  球体を宙に浮かせるマジック。
奈緒子N「私の名前は山田奈緒子。新進気鋭
 の超実力派の天才マジシャンだ」
  客はまばら。寝ている客も。
  常連ファンの照喜名だけが、  
  満面の笑みで応援している。
奈緒子の声「えぇ!?!?」
  ×   ×   ×
  舞台袖。
  座長に、クビを宣告される奈緒子。
  おぼん(おぼんこぼん)に似た座長。
座長「クビやグビ!」
奈緒子「困ります! ただでさえアパート追
 い出されそうなのに」
座長「じゃあ、解散!」
  トロンボーンを持って、勢いよく飛び出
  す座長。
  たちまち満席になる客席。

○奈緒子のアパート
  トランクケースを重そうに運ぶ奈緒子。
  大家のハルが来て、隠れる奈緒子。
  ハルの横には、夫のジャーミー。
  クーラーボックスを抱えている。
ジャーミー「♪カニ〜タベイコ〜、ハリ〜キ
 ッテイコ〜」
ハル「山田!」
奈緒子「(ぎくっ)」
ハル「いるのは分かってる」
ジャーミー「頭カクシテ尻カクサズ、デシュ
 ー」
ハル「あんたに食わせるカニはねぇ!」
奈緒子「カニ!」
  思わず飛び出す奈緒子。
  ハル、カブトガニの尻尾を掴んでいる。
奈緒子「カブトガニ!?」
ジャーミー「♪ドレダケ上手ニカクレテモ〜、
 小チャイオムネガ〜」
奈緒子「……あ、あの、家賃ですが、プリン
 セス天功のワールドツアーのアシスタント
 が決まったので……」
ハル「山田、来月は締め切り厳守ね」
奈緒子「え?」
  ×     ×       ×
  部屋に入る奈緒子。
山田「ぬぁっ!」
  卓袱台に座る上田次郎。
  カブトガニが入ったタライ。
上田「よぉ」
奈緒子「上田! ふ、不法侵入だぞ!」
  上田、手を差し出し。
上田「ギブミー半年分家賃」
奈緒子「は?」
上田「立て替えておいた。故に今は俺の家だ。
 マイホーム! はっはっはっ」
  慌てて物干しハンガーのブラジャーを外
  す奈緒子。
奈緒子「く、来るなら教えてくださいよ」
  と、背中の後ろに下着を隠す。
上田「君には日頃から世話になっている」
奈緒子「なんですか、藪から棒に」
上田「その礼と言ってはなんだが……」
  構える奈緒子。
上田「南の島へ、バカンスに行かないか?」
  奈緒子、眉間にしわを寄せて。
奈緒子「どういう風の吹き回しだ」
上田「ふっ、かくかくしかじかあってね」

○日本科技大・外観(1日前)

○日本科技大・上田の研究室
  名刺に「津々筒承人」の文字。
上田「つつづつつ……」
承人「『つつづつつぐと』と、申します。普
 段は漁師をしています」
上田「海の男……」
  向かいに座る津々筒承人。
承人「こちら、つまらないものですがー」
  承人、クーラーボックスを差し出す。
承人「村の名産です」
  「カブトガニ在中」のステッカー。
上田「カブトガニ!?……天然記念物ですよ」
承人「今朝、網にかかってまして……ご内密
 に」
  と、人差し指を口元に当てる承人。
上田「ええ……今日はどういったご用件で?」
承人「先生、息子を奪い返して来てほしいん
 です」
上田「息子さん……?」
  承人、1枚の写真をテーブルに置く。
  あどけない笑顔を浮かべる剛の写真。
上田「あぁ、そういったことは警察に」
承人「剛は、友達思いの優しい子でした。父
 ちゃんみたいな、立派な漁師になりたいっ
 て。ですけどもぉ、中学入ってすぐ、良く
 ない連中とつるむようになって……」

○深夜の道路(回想)
  白黒の映像。
  バイクに二人乗りをする剛と不良友達。
  夜の国道を、蛇行運転している。
承人の声「盗んだバイクで走り出しちゃー、
 校舎の窓ガラスを割り、また盗んだバイク
 で走り出しちゃー、ベッドを軋ませ……」

○日本科技大・上田の研究室
  上田、自分の机でポテチ(オーザック)
  を食べている。
上田「オーザッキ」
  ぽかんとした顔の承人。
上田「どうぞ、続けてください(ボリボリ)」
承人「いわゆる不登校ってやつです。そこで、
 藁にもすがる思いで、ある学園への入学手
 続きを行いました」
  承認、学校のパンフレットを差し出す。
  表紙には「海援大学園」の文字。
  海に浮かぶ島の写真や、校舎の写真。
上田「かいえん……」
承人「海援大学園。ヤスタガヒロマサという
 男によって、創設された学園です」
上田「存じ上げませんね」
承人「5年前にできたばかりですから。引き
 こもりや非行少年、レールから外れた子供
 たちを受け入れているそうです」
上田「(読む)不良更生率99.9%……」
  安多賀大将のプロフィールが載っている。
承人「安多賀には、ある特殊な能力があるん
 です」
上田「特殊能力……!」
承人「安多賀の手に掛かれば、不良は優等生
 に、枯れた花は再び大輪を咲かせるそうな
 んです」
上田「つまり、不良を治癒する力があると」
承人「はい。なので、剛のためになればと、
 入学させたんです。しかし、先週……」

○海援大学園・公衆電話(回想・一週間前)
  嵐の夜。
  廊下の公衆電話から電話を掛ける剛。
  周囲を気にしながら。
剛「ボートが手に入った。父ちゃん、明日の
 夜、港に迎えに来て」

○日本科技大・上田の研究室(回想戻り)
  涙を流す承人。
承人「切る間際、震える声で『俺が悪かった。
 もっと真面目にやるから』と」
  上田、承人にハンカチを差し出す。
  承人、ハンカチを目に当てながら。
承人「港に行きましたが、待てど暮らせど、
 息子は現れませんでした」
上田「じゃあ今も剛くんは」
承人「連絡が途絶えたままで……先生!」
  立ち上がる承人。
承人「あの島で何が起きてるのか、先生の目
 で、見て来ていただけませんか?」
上田「あー、行きたいのは山々なんですが…
 …実はですね、日本科学未来館で開催され
 る『上田次郎大サイエンス展』の準備があ
 りましてね……」
  承人、上田の著書を並べ出す。
承人「先生の御本、どん超シリーズ、なぜベ
 ス、IQ200、そして最新作の『ピッツアを
 切れない霊能力者たち』……すべて拝読さ
 せていただきました」
上田「では、サインを」
  と、本にペンを走らせる上田。
承人「先生しかいません。安多賀を調査して
 きてください」
  承人、サインした本に挟まっていた紙を
  見せる。
  紙には上田のサインと、契約書の文字。
上田「トレーシングペーパー」
承人「手荒な真似をしてすみません。報酬は
 おっしゃるだけお支払いしますので」
上田「……同じ教育者として、見て見ぬ振り
 はできませんね」

○上田号・車内(回想戻り)
  薄緑色のトヨタのパブリカ。
  運転する上田。後部座席には奈緒子。
奈緒子「降りる!」
上田「もう遅い。家賃分は付き合うんだな」
奈緒子「どうせ一人で能力者と対峙する勇気
 がないだけだろ。小心者!」
上田「バカを言え。こちとら南国気分だ」
  上田、ダッシュボードを開ける。
  海水パンツを出し、後部座席に投げる。
奈緒子「ぬ!」
上田「晴れ渡る空、透き通るエメラルドブル
 ーの海、目にも鮮やかなドリィンク」
  奈緒子、海水パンツを広げて。
奈緒子「(こんなサイズで)入ります?」
上田「オーダーメイドだ。君は、隠すまでも
 ないか。ふふっ」
  山田、胸をおさえる。
奈緒子「セクハラ助教授!」
上田「ハイパー名誉教授だ」
  奈緒子、パンフレットを読み始める。

○奈緒子の実家・外観

○奈緒子の実家・書道教室
  半紙に好きな言葉を書く子供たち。
  「令和だよ」、「祝・復活」、「君ぬ名
  は。」、「ラストステージはノーカン」、
  「東大へ行け」など。
  青い細長い紙を取り合う子供たち。
  山田里見、生徒に語りかける。
里見「文字には不思議な力があります。止め、
 ハネ、はらい。その全てに書いた人の心が
 現れるのです」
  ×     ×    ×
  里見、半紙を1枚取る。
  細長い紙が出てくる。色は赤。
里見「!」
  早くなる動悸。胸を押さえる里見。
里見「(心配そうに、空を見る)」

○上田号・車内
  パンフレットを読む奈緒子。
上田「学園側には、貴校の教育を勉強したい
 と手紙を出しておいた」
奈緒子「で、そのー、キンパチ島の」
上田「カナハチ島の」
奈緒子「あんたがたいしょう」
上田「ヤスタガヒロマサ。わざと言ってるだ
 ろ」
奈緒子「このどこがバカンスなんですか?」
上田「てへぺろ」

○オープニング
  直立した白い卵。
  キャストクレジットが流れる。
  割れる卵。中には虹色の黄身。
  「TRICK」のタイトル。(Kは逆)。

○海を進むフェリー

○金八島・船着場
  「ようこそ、金八村へ」と書かれた門。
  海風で錆び、ところどころペンキが剥が
  れている。
  フェリーから降りてくる奈緒子と上田。
  奈緒子、無人販売所に駆け寄り。
奈緒子「上田さん! 島の名産ですって」
  ワカメのパックを見せる奈緒子。
  「増えすぎワカメちゃん」の文字。
上田「ワカメちゃん……?」
  他にもサザエ、カツオ、タラが売られて
  いる。
奈緒子「磯野家か!」

○商店街
  人気のない寂れた商店街。
奈緒子「しっかし人っ子一人いませんね」
上田「『四方八方から金が出る』から金八村」
  奈緒子、目を輝かせ。
奈緒子「えいゆー!?」
上田「昔の話だ。明治のゴールドラッシュの
 頃の人口密度は東京の5倍だそうだ」
萩荻の声「上田せんせーい」
  黒いベンツの前に立つ萩荻伸一。
  学ラン姿で、真面目そうな見た目。
萩荻「お迎えにあがりました! どうぞ!」
  萩荻は無駄にハキハキしている。

○ベンツ・車内
  道を走るベンツ。
萩荻「海援大学園・生徒会長、萩荻伸一で
 す!」
上田「日本科学技術大学名誉教授・上田次郎
 です。こちらは123番助手の山田です」
奈緒子「加藤一二三か!」
萩荻「まさか、先生のような博識高い方が、
 島に来てくださるとは」
上田「以前から、貴校の教育法に関心があり
 ましてね」
  窓の外を眺める奈緒子。
奈緒子「島民の方が見当たりませんね」
萩荻「はい! 過疎化が進んでおりますので」
奈緒子「過疎化?」
萩荻「金八村は、もともとは無人島なんで
 す……あちらをご覧ください!」
  変わった形の山を指す萩荻。
  平たく横に長い地形。
萩荻「睡女山です!」
奈緒子「すいにょ……やま?」
萩荻「『女性が仰向けに寝ている姿』に見え
 ませんか!?」
  顔の角度を90度倒す奈緒子と上田。
奈緒子・上田「言われてみれば……」
萩荻「母乳のごとく金が出る……ゴールドラ
 ッシュの頃は、人で山肌が見えなかったと
 かなんとか!」
山田「金……!」
萩荻「とっくに枯れてしまいましたが……今
 は!」
  ビクッとなる奈緒子と上田。
萩荻「有毒なガス! が、あちこちで噴出し 
 ておりますので、立ち入りが禁止されてい
 ます!」
  急ブレーキをかける萩荻。
萩荻「(舌打ち)」
  車の正面に立つ老婆。
  クラクションを鳴らす萩荻。
  老婆、近づいてきて。
老婆「サトルを、サトルを返してください!」
萩荻「(呟くように)邪魔臭ぇな」
  萩荻、車をバックさせる。
奈緒子「萩荻さん!」
  アクセルを踏む萩荻。
  思わず目を閉じる奈緒子。
  老婆を避けて、進むベンツ。
萩荻「お気になさらず! ボケてるんです、
 あの婆さん」
奈緒子「はぁ」
萩荻「息子さんはとっくに学園を卒業して、
 本土で働いています!」
上田「じゃあ元々は」
萩荻「はい! 手のつけられない不良でした
 ……学園で学んだ子供たちは、必ず更生し、
 社会に出て大成功を収めます! 全て、先
 生のお力です!」
  睡女山を見つめる奈緒子。

○海援大学園・校門
  ベンツから降りてくる上田と奈緒子。
  立派な校舎を見上げる。

○海援大学園・生徒会室
  湯飲みを差し出す生徒。
  必勝と書かれた鉢巻に、瓶ぞこ眼鏡。
  奈緒子、白く濁った液体を見て。
奈緒子「白湯?」
ガリ勉「天然のポカリスエットです」
上田「天然?」
ガリ勉「採れたてポカリの実を石で挽き、湧
 き水で溶かしました」
  くんくんと匂いを嗅ぐ奈緒子と上田。
ガリ勉「学園内ではポカリ以外の飲料は許可
 されていませんので。失礼します」
  そそくさと退室するガリ勉。
  恐る恐る飲む上田。
上田「……うまい」
  その上田を見て、飲む奈緒子。
上田「ユー、俺に毒見にさせたろ」
  間。
萩荻「この学校に先生は、安多賀大将先生お
 一人しかいらっしゃらないんです」
奈緒子「ワンオク?」
上田「ワンオペだ!……それはー、成立する
 のでしょうか?」
萩荻「ですので、学校の運営は私たち生徒会
 執行部が中心になって行っています! カ
 モン!」
  ぞろぞろと4人、入室してくる。
  いかにも真面目のそうな生徒たち。
萩荻「先生に認められた『生徒』には、『教
 え子』という階級が与えられます。その教
 え子の中から選ばれたのが……」
生徒会執行部「(口々に)私たち生徒会執行
 部です」
奈緒子「(ズコッ)合わせろよ」
ガリ勉「失礼します! 全校集会の準備が整
 いました!」

○海援大学園・体育館
  生徒たちが整列している。
  列の後ろに座る、奈緒子と上田。 
  萩荻、マイクに向かって。
萩荻「起立! 気をつけ! 礼! 休め!」
  ぴったりと動きが揃う生徒たち。
萩荻「先生をー! お迎えします! 校歌〜
 斉〜唱〜」
生徒会幹部「ハッ!」
  ステージ上、両サイドに置かれた和太鼓。
  それぞれに生徒がいて、一斉に叩き出す。
  野太い声で校歌が歌われる。

母なる海は命の源
龍のごとく勇ましく 
馬のように強い脚
我が師の力 ある限り
目の前に 広がる未来
胸の奥に 希望の光
嗚呼 海援大 海援大学園

萩荻「安多賀大将先生のー、ご登壇ー」
  ドラムロールのように鳴る和太鼓。
  プシュー! 噴射されるスモーク。
  大将のシルエットが浮かぶ。
  長髪に和装。
  坂本龍馬のような格好をした大将が登場。
  大いに湧く生徒たち。
萩荻「先生からのー、贈る〜言葉〜」
生徒全員「贈る〜言葉〜」
大将「はい、おはようございまーす」
  低い声で返す生徒たち。
大将「こうしてですね、舞台上に立っており
 ますとですね、可愛い可愛い教え子たちの
 顔たちの顔が、くっきり見えるわけですね
 ぇ」
  生徒を見回す大将。
大将「未来に怯えた顔、恋にときめく顔、世
 界を恐れている顔、そして……我々を疑う
 顔」
奈緒子・上田「……!」
大将「……孟子が残した言葉にこんな言葉が
 あります。『目は心の鏡』。目はその人の
 心を映し出すものであり、目を見ればその
 人の心の様が手に取るように分かる」
  立ったまま、ウトウトと揺れる奈緒子。
上田「(小声で)おい、おい……起きろ……
 山田ぁ!」
奈緒子「(寝言)この印籠が目に入らぬか
 ー!……はっ」
  と、目を覚ます奈緒子。
  声に反応して、奈緒子を見る生徒たち。
  大将、奈緒子らに視線を向ける。
大将「その猜疑心は、世間や社会にも向けら
 れます。その世界を疑う目が、非行少年非
 行少女を生んでしまうのであります……ハ
 イ!」
  ガリ勉、賞状盆を持ってくる。
  ピラミッド状に積まれたミカン。
  どのミカンもカビだらけ。
大将「ここにあるのは腐ったミカンです」
奈緒子「加藤優?」
大将「今からですね、この腐ったミカンを、
 一瞬にして、治して差し上げましょう」
  大将、腐ったミカンの一つを手に取り。
大将「優しく触れてあげ、心を一つにするだ
 けでいいんです。『人を憂う』と書いて優
 しさ。腐ったミカンの悲しみを理解するこ
 とで、死にかけた細胞を再び活性化させる
 のです」
  大将、目を閉じて。
大将「ミグービンネンサー!!!」
生徒全員「ミグービンネンサー!!!」
  驚いて生徒達を見る奈緒子と上田。
  大将が持つ、ミカンのカビが消えている。
  一個ずつ治癒していく大将。
大将「ミグービンネンサー!!!」
生徒全員「ミグービンネンサー!!!」
大将「ミグービンネンサー!!!」
生徒全員「ミグービンネンサー!!!」
大将「ミグービンネンサー!!!」
生徒全員「ミグービンネンサー!!!」
  ミカンは全て完熟の状態に。
  綺麗なオレンジ色。
上田「腐ったミカンが……戻った」
奈緒子「まさか、本気にしてるんですか?」
萩荻「私語を慎みなさい!」
  生徒の視線が奈緒子たちに集中する。
大将「えー、嘘という字は、『口が虚ろ』と
 書きます。私の口が虚ろでない証拠に……
 ほら、食べてご覧なさい」
  大将、治癒したミカンを投げる。
  最前列の生徒がミカンをキャッチする。
  バケツリレー方式で、最後列まで流す。
  上田、ミカンを受け取る。
  皮をむいて、一切れ口に運ぶ。
上田「……フルーティ!」
大将「以上! 私めの、贈る〜言葉〜」
生徒全員「贈る〜言葉〜」
  盛り上がる生徒たち。
萩荻「気をつけ! 礼!」
  舞台を去っていく大将。
萩荻「では、儀式の準備に入ります! 10
 分後に校庭に集合するように……解散!」
  体育館を出ていく生徒たち。
上田「彼の能力は、本物かもしれないな」
  と、ミカンを一切れ口に放り込む上田。
奈緒子「デカいくせして、どこまでピュアな
 んだ」
上田「この味は間違いなく本物だ。ほい、食
 ってみろ?」
  奈緒子、前に立つ生徒の肩を叩き。
奈緒子「君、生徒手帳貸してもらっていい?」
  怪訝な顔をしながらも、手帳を渡す生徒。
  奈緒子、手帳を持って。
奈緒子「みぐーびんねんさー」
  生徒手帳は、奈緒子のブロマイドに早変
  わり。
上田「なぬ! どうやって……?」
  ブロマイドを裏返すと生徒手帳がある。
  素早く裏返しただけのようだ。
奈緒子「マジックの種って、想像以上に単純
 なんですよ……ありがと」
  手帳を返す奈緒子。
  奈緒子、受け取る生徒の袖を掴んで。
奈緒子「ほら!」
  生徒の袖に緑の汚れがある。
  手を慌てて引っ込める生徒。
上田「緑の絵の具……? 君は美術部の生徒
 か」
奈緒子「バカかお前は……あのカビは、絵の
 具で色をつけただけだったんです」
  ×    ×      ×(回想)
  腐ったミカンを治す大将。
  大将、一瞬でミカンを裏返す。
奈緒子の声「カビが描かれた面を、裏側に回
 して……」
  ピラミッド状に積まれたミカン。
  裏から見ると全て緑に見える。
  ×    ×     ×(回想)
  生徒から生徒へ渡るミカン。
奈緒子の声「生徒たちが拭き取ったんですよ。
 私たちにバケツリレーをしてるように見せ
 かけて」
  一人ずつ袖で緑の絵の具を拭き取る。

○海援大学園・倉庫前(回想戻り)
  校庭に向かって歩く奈緒子と上田。
上田「やはりな。予想通りだ」
奈緒子「……儀式って、なんなんでしょう」
上田「さぁな、手品の次はイリュージョンっ
 てとこだろ」

○海援大学園・校庭
  整列している生徒たち。
  校章の旗がたなびく。
  朝礼台の上には、掃除用具ロッカーが置
  かれている。
上田「ふっ、ほらな」
  列の後ろに立つ奈緒子と上田。
萩荻「只今より、儀式を執り行います! 更
 生の儀〜!」
生徒全員「更生の儀〜!」
  軽トラが朝礼台に向かって走ってくる。
  荷台には檻が積まれている。
  檻には、傷だらけの生徒が一人。
萩荻「津々筒剛くんです!」
上田「津々筒……?」
  上田、津々筒剛の写真を取り出す。
奈緒子「彼が、行方不明の」
上田「可哀想に。見る影もなく痩せ細って」
  駆け寄ろうとする奈緒子と上田。
  前に並ぶ生徒に止められる。
生徒「ご見学の方は、生徒の後ろでお願いし
 ます」
奈緒子「知り合いです!」
生徒「校則なので」
  仕方なく、後ろから見守る奈緒子と上田。
大将「彼はですね、先日この島を脱走しよう
 としました」
  ざわざわとする生徒たち。
大将「彼を責めてはなりません。皆さんも通
 った道でしょう。この儀式を経て、皆様も
 こうしてここにいるわけですから」
  生徒会執行部、力づくで剛をロッカーの
  中に入れる。
剛「離せ! 離せよ!」
大将「波に逆らっても、より大きな飛沫が立
 つだけです。早く楽になりましょう」
  大将、ロッカーのドアを閉める。
  内側からゴンゴンとロッカーを叩く剛。
大将「私の力で、彼の脳波の流れを変えてみ
 せましょう」
  上田、鼻で笑って。
上田「……どうせ、ロッカーの中で、別の人
 間にすり替えるんだろ」
奈緒子「ですね」
  上田の前に並ぶ生徒、手を挙げて。
生徒「(大将に)先生!」
大将「なんですか? 儀式の途中ですよー」
生徒「この方が、先生の能力を疑っておりま
 す(と、上田を指さす)」
上田「コラッ!」
  生徒の視線が上田に集まる。
上田「(誤魔化すように)いやぁ違うんです
 よ、この貧乳が」
奈緒子「おい!」
上田「ロッカーに仕掛けがあって、中で人を
 すり替えるんじゃないかと! 言ってます」
大将「ご冗談を(と、笑って)……はいっ
 J! O! D! AN!」
  アルファベットを体で表現する大将。
生徒全員「J! O! D! AN!」
  ぴったり揃っている生徒たちの動き。
大将「用心深いのは良いことです。いいでし
 ょう……上田先生、今朝何食べました」
上田「……どん、兵衛」
大将「(咳払い)まぁ、いいでしょう」
  大将、ロッカーを開け、剛の手を掴む。
剛「やめろ! 離せ!」
  油性ペンで、剛の腕に字を書く。
大将「(書きながら)どん兵衛……っと」
  特徴的な字で「どん兵衛」と書かれた腕。
大将「えー、これですり替えは不可能になり
 ました。よろしいですね?」
上田「ええ」
  再びロッカーを閉じる大将。
  揺れる掃除用具ロッカー。
  ロッカーに生徒の視線が集まる。
大将「(小声から徐々に大きく)ミグービン
 ネンサー……ミグービンネンサー……ミグ
 ービンネンサー……ミグービンネンサ
 ー!!!」
  ロッカーの揺れがピタリと止まる。
萩荻「オープンザロッカー」
生徒全員「オープンザロッカー」
  大将がロッカーの扉を開く。
  やけにスッキリした表情の剛が出てくる。
  剛、気持ち良さそうに空を見て。
剛「(清々しそうに)おはようございます」
  目を見開く奈緒子と上田。
大将「はい、おはよう」
  大将、剛の袖を捲る。
  同じ「どん兵衛」の文字。
  目を丸くする上田。
  生徒たちから拍手が起こる。
大将「生まれ変わった君の門出を、祝福して
 くれていますよ」
剛「皆さん……」
  感極まりながら、学ランのボタンを全て
  閉じていく剛。
大将「あなたも今日から私の大切な教え子の
 一員です」
  剛、朝礼台から降りて行く。
  生徒たちが「おめでとう」「よかったな」
  と背中を叩く。

○海援大学園・廊下
  廊下を歩く奈緒子と上田。
  上田、ハンカチで口を拭きながら。
上田「きっと、僕の歯にネギがついてたんだ
 よ。ポカリの湯呑みに付着したネギを分析
 して、その産地を割り出し、どん兵衛に辿
 り着いた」
奈緒子「本気で言ってます?」
上田「いや」
  上田、慌ててハンカチで歯を拭く。
  賑やかな談笑の声が聴こえる。
  大将の声や、聞き覚えのある関西弁。
  校長室を覗くと。
奈緒子「……矢部!!!」
  大将の向かいのソファに座っているのは、
  警部補・矢部謙三。
矢部「山田ぁ! お前何しに来とんねん……
 先生も!」
上田「どうも」
山田「こんな僻地で何してる? 事件か!」
矢部「事件なんか起こるわけないやろ! こ
 んな平和な島で……ねぇ、先生」
大将「おっしゃる通り!」
矢部「交通安全教室や」
山田「交通安全!?」
矢部「信号も横断歩道もない島の生徒に、も
 う一度注意喚起を促したい……ですよ
 ね!?」
大将「ええ。遠路遥々東京から来ていただき
 ました……そうだ矢部さんコレ、つまらな
 いものですが」
  大将、紙袋を矢部に渡す。
  「増えすぎワカメちゃん」である。
矢部「増えすぎワカメちゃん!」
大将「ワカメはだいぶと効きますので。私も
 この通り」
  大将、自分の長髪を触る。
  矢部、ズラを整えながら。
矢部「はて、なんのことでしょうか……(奈
 緒子に)なに見とんじゃワレェ!」

○海援大学園・食堂(夜)
  カレーを食べる生徒たち。
  一角に奈緒子と上田と矢部。
矢部「不良が治った? ええことやがな。そ
 のー、筒香くん」
奈緒子「津々筒くん」
矢部「そいつも賢なった。ええ高校通える。
 親も喜ぶ。ウィンウィンやがなぁ!」
奈緒子「確かに……それが本当に剛くんなら」
  間。
上田「どういうことだ? 腕の字を見たろ」
奈緒子「ええ……実は、檻の中にいたのは別
 人だったんじゃないでしょうか」
  ×    ×    ×(回想)
  檻を積んだ軽トラ。
  檻の中には不良の剛。
上田の声「儀式が始まる時点で、もう剛くん
 じゃなかった……?」
  ×    ×    ×
  近づこうとする奈緒子と上田。
  生徒に止められる奈緒子。
奈緒子「だとしたら、頑なに私たちを近づけ
 なかったことにも説明がつきます」
  ×    ×    ×(回想戻り)
矢部「ほんだら剛くんはどこにおんねん!」
奈緒子「どこかの部屋で、監禁されてるとか」
矢部「アホなことばっか抜かすなよ。先生の
 力目当てにやな、全国各地から入学希望者
 が詰めかけとんねん。とっとと風呂浸かっ
 て寝ぇ!」

○海援大学園・男子脱衣所
  カゴには上田の脱いだ服と眼鏡。

○海援大学園・男子大浴場
  全裸でコーヒー牛乳を飲む上田。
  上田の下半身を見に、大勢の生徒が集ま
  っている。
生徒「(口々に)かっけー」「すげー」
剛「上田先生」
  全裸の剛が近づいてきて。
上田「君は……」
  と、目を細める上田。
  近眼でぼんやりとしか見えない。
  上田、剛を舐めるように見る。
剛「僕です。津々筒剛です。もう、消えなく
 て困ってますよぉ」
  ×    ×    ×
  広い湯船に浸かる上田と剛。
  腕の「どん兵衛」の文字を見せる剛。
上田「あぁ、剛くん。どうだね、生まれ変わ
 った気分は」
剛「最高です。心の雲が一気に晴れたようで」
上田「それは良かった」
  上田、わざとらしく仕掛ける。
上田「ご、ご両親が君のことを心配していた
 よ」
剛「本当ですか!?」
上田「あぁ」
剛「おかしいな。母親は、とっくに亡くなっ
 てるはずなのに」
  上田の眉が動く。
上田「あぁ失敬。えーつと」
  ×    ×    ×(インサート)
  上田に相談する津々筒承人。
  ×    ×    ×
上田「まぁ、お父様が今の君を見たら、大層
 喜ぶだろうな。興奮してー、眼鏡を曇らせ
 て」
剛「してません」
上田「パーマを振り回して」
剛「直毛です……先生、もしかして僕を試し
 てます?」
上田「……!」

○海援大学園・女子大浴場〜廊下
  「女子浴場」から出てくる奈緒子。
  タオルで髪を拭きながら歩く。
  人影を感じ、気配の方へ歩き出す。

○海援大学園・男子大浴場
剛「僕は、正真正銘の津々筒剛です」
  上田、剛の首に大きなホクロがあるのに
  気づく。
剛「どうかされました?」
上田「……じゃあ、早くお家に帰ってあげた
 らどうなんだ」
剛「この島での暮らしが身体に合ってるんで
 す。父と母には、元気でやってると伝えて
 ください」

○海援大学園・倉庫
  奈緒子、校庭の隅の倉庫に辿り着く。
  そっとドアを開け、覗き込む奈緒子。
  人影の正体は……矢部である。
奈緒子「矢部!」
矢部「うわーっ」
  矢部、驚いてガソゴソと何かを床に落と
  す。
矢部「や、山田かい! びっくりさせるなよ。
 あほんだらぁ……小便ちびりかけたやない
 かい!」
  矢部が落としたものを拾う奈緒子。
  「増えすぎワカメちゃん」である。
奈緒子「必要ないんじゃないんですか?」
矢部「アホ、ダイエットのためじゃい。お前、
 バラすなよ」
奈緒子「盗むんですか!?」
矢部「こっちにもなぁ、男のプライドっても
 んがあるんじゃい。ええ隠し場所見つけて
 ん」
奈緒子「お前ってやつは……」

○海援大学園・女子宿泊部屋
  二段ベッドの下に奈緒子。 
  眠れないようで、体制を横向きに。
  どこからか物音が聞こえる。
  が、気のせいだろう。

○海援大学園・体育館・外観(日替わり・朝)

○海援大学園・体育館
  整列している生徒。
  スクリーンには、ドラレコの事故映像。
  矢部、マイクを片手に解説をする。
  アテレコをしているように。
矢部「よぉし、今日も楽しくドライブやぁ!
 なんや空いてるから飛ばしたろ。わー気持
 ちがええな! 黄色やけど、いったれ……
 あー!!」

○海沿いの道
  歩く奈緒子と上田。
奈緒子「顔を見てない!?」
上田「親譲りのド近眼でね」
奈緒子「しっかりしてください……あ、そう
 いえば夜中に、物音が聞こえませんでした」
上田「物音?」
奈緒子「コツ、コツ、コツみたいな」
上田「いやぁ……?」
  視線の先に、人が倒れている。
  慌てて駆け寄る奈緒子と上田。
  昨日、萩荻が轢きかけた老婆である。
奈緒子「もしもし! 聞こえますか!?」
老婆「あぁ、さとる……」
  と、意識を失う老婆。
  上田、道端にあったリヤカーを引いて。
上田「どうぞ」

○鮫内家・外観

○鮫内家・居間(時間経過)
  布団から起き上がっている老婆。
  名前は鮫内菊子。だいぶ回復した様子。
  奈緒子、水に濡らしたタオルを絞る。
  レンジから爆発音。
奈緒子・菊子「!?」
  割烹着姿の上田、お盆を持ってきて。
上田「上田家秘伝の爆発玉子酒ですよぉー」
菊子「どうもすみません……」
  菊子、玉子酒を一口飲んで。
菊子「悟は、やんちゃでしたけど、真っ直ぐ
 で純粋な子供じゃったんです……」

○鮫内家・玄関(回想)
  深夜。悟が帰ってくる。
菊子「こげな時間までどこほっつき歩いとっ
 たんね!」
悟「関係なかろうが!」
菊子「高校の件じゃがねぇ……」
悟「進学はせん!」
菊子「……母ちゃんなぁ、今朝入学手続きし
 てきたけぇ」
悟「勝手に何すんなら!?」
菊子「お前のためじゃ」

○鮫内家・居間(回想戻り)
上田「息子さんは、学園を卒業されて、東京
 で働いてるんじゃ……」
菊子「興信所に頼んで何度も探してもらいま
 したが」
  と、首を振る菊子。
菊子「悔やんでも、悔やみきれません……私、
 悟がまだ、この島におる気がしてならんの
 です」
奈緒子「これが、悟くんですか」
  奈緒子、写真が入った額を持っている。
菊子「ええ、海水浴の写真です」
上田「コイツ……」
  ×   ×   ×(回想)
  裸同士の上田と剛。
  剛の首元のホクロを見る上田。
  ×   ×  ×(回想戻り)
  写真の少年の首元に、同じホクロがある。

             〈後編に続く〉


「不良を治癒する教師」(完結編)

○前回までのあらすじ
  奈緒子のナレーションに合わせて、前回
  のダイジェストが流れる。
奈緒子N「私の名前は山田奈緒子。デカいだ
 けが取り柄の自称名誉教授の上田の口車に
 乗せられ、金八島という絶海の孤島にやっ
 てきた。どんな不良でも優等生にしてしま
 う教師・安多賀大将は、腐ったミカンを蘇
 らせ、剛くんの『更生の儀』を成功させた。
 しかし、そこに息子を失った老婆が現れて」

○金八島・外観
  太平洋に浮かぶ孤島。

○森
  森の中を歩く奈緒子と上田。
  上田の手には悟の写真。
上田「俺が大浴場で会ったのは、コイツで間
 違いない」
奈緒子「根拠は?」
上田「首のホクロ」
奈緒子「ほくろ?」
上田「昔愛した女と同じ場所にあった……」
  奈緒子、首元を隠す。
上田「誰が君と言った!」
奈緒子「仮に、あの剛くんが剛くんではなく
 悟くんだったとしたら……」
大将の声「無駄な詮索はおやめなさい!」
  森の中に立っている大将。
奈緒子「(ボソリと)出たなインチキ教師」
上田「先生ー! 昨日の儀式の青年は、本当
 に津々筒剛くんなのでしょうか?」
大将「勿の論! ご自身の両の目で確認され
 たでしょう」
奈緒子「ハナから別人を使ったんじゃないで
 すか? 鮫内悟くんとか!」
大将「ご冗談を、はいご一緒に!」
  大将、上半身でアルファベットを作って。
大将「J! O! D! AN!」
  ぎこちなく合わせる奈緒子。
  近づいてくる大将。
大将「どうやら先生方は、まだ私の力を信じ
 ていらっしゃらないようですねぇ……ハイ、
 注ー目ー!」
  何もない荒れ地を指差す大将。
  花が枯れ、土肌が見えている。
奈緒子「何もないじゃないか!」
大将「その昔、あそこ一面は目が眩むほど美
 しい菜の花畑でありました。夢は水。水が 
 なければ花は育ちません。子供たちと同じ
 です」
  大将、奈緒子の目を見て。
大将「今から、花畑を蘇らせてみせましょう」
上田「花畑を……?」
大将「広大な畑です。ミカンや生徒と違って、
 それ相応のパワーを使います。少々ずるを
 してよろしいですか?」
奈緒子「ずる?」
大将「集中力向上のために、お香を焚きまし
 ょう」
  3本の線香を地面に立てる大将。
大将「こちらから、鈴木京香(りんぼくきょ
 うこう)、絢香(あやこう)、照之川香
 (てるゆきせんこう)」
  線香にそれぞれの名前が書かれた紙が貼
  られている。
  大将、マッチの箱を取り出す。
大将「マッチでーす」
  お香に火をつける大将。
  モクモクと煙が上がり、視界は真っ白に。
  大将、荒地に手をかざして。
大将「ミクービンネンサー、ミクービンネン
 サー……ドーラバルゲササニハーハー!」
  徐々に煙が引いていく。
  視界には満開の菜の花。
上田「ばんなそかな!」
  思わず菜の花畑に駆け寄る奈緒子。
  花の匂いを嗅いだり、触ったり。
奈緒子「本物……!」
  振り返ると大将の姿はもうない。
  上田の姿も消えている。
奈緒子「上田さん! 上田!?」
  花畑を見回すが、上田の姿はない。
  ×    ×    ×
  小川の横を走る奈緒子。
奈緒子「上田ー! 上田ー!」
  ×    ×    ×
  山道を走る奈緒子。
奈緒子「上田ー! 上田ー!」

○海援大学園・校門
  疲れて帰ってきた奈緒子。
  校門の外で煙草を吸う矢部。
矢部「おう山田! まだおったんかい」
奈緒子「矢部! 交通安全は!?」
矢部「お陰様で大盛況や! スタンディグオ
 ベーション! 吸うか?」
  煙草を差し出す矢部。
奈緒子「結構です」
矢部「校内禁煙やて。しょうもないわ〜」
奈緒子「あの!」

○海援大学園・食堂
  テーブルを挟む奈緒子と矢部。
  まばらな生徒たち。
矢部「先生が!?」
奈緒子「煙と共に忽然と消えたんです」
矢部「安多賀先生も一緒か!?」
奈緒子「ズラかられました」
矢部「(弱々しく)えぇ」
  矢部、慌ててズラを調整する。
矢部「(呟くように)さっき調整したとこや
 のにぃー……鏡持ってる?」
奈緒子「あれ?」
  矢部のおでこに、黄色い花びらが付いて
  いる。
  奈緒子、花びらに手を伸ばす。
矢部「やめろ! 触んな!」
  花びらを見つめる奈緒子。
矢部「なんや」
奈緒子「私に会う前、どこで直しました」
矢部「直してへんっちゅうねん!……校門に
 向かう途中やからー」

○海援大学園・ゴミ置場
  粗大ゴミが置かれたスペース。
矢部「ここ」
  大量の姿見が捨てられている。 
  鏡の所々に、黄色い花びらがついている。
山田「でかしたぞ矢部!」

○菜の花畑
  トリックを説明する奈緒子。
奈緒子「あの鏡をここに並べて、菜の花を隠
 してたんです」
矢部「向こうから見ると、荒れ地にしか見え
 へんっちゅーわけか」
  ×     ×    ×(回想)
  線香の煙で白くなった視界。
奈緒子の声「ええ。鈴木京香と絢香と照之川
 香で視界を奪っているうちに、教え子たち
 に鏡を移動させた」
  ×     ×      ×(回想)
  姿見を運ぶ生徒たち。
  菜の花畑が現れる。
  ×    ×    ×(回想戻り)
矢部「しょうもないのぉ! だから教師は嫌
 いやねん」

○海援大学園・倉庫
  剛(悟)に手足を縛られる上田。
  抵抗するも強い力で押さえつけられる。
上田「き、君は、剛くんじゃないのか!?」
  剛、縄を腕に巻きながら。
剛(悟)「何をおっしゃるんですか、剛です
 よー」
上田「じゃあなんでこんな手荒な真似を」
剛(悟)「♪なぜでしょう〜なぜでしょう〜
 なななぜなぜでしょう〜」
上田「テツトモ?」
剛(悟)「♪昆布が海の中でダシが出ないの
 なぜでしょう〜」
上田「あぁそれはねぇ、昆布が自らの生命活
 動を行う上で、己の栄養素が出ていかない
 よう努めてるからなんだよ……」
剛(悟)「では、ごゆっくり」
  と、去ろうとする剛。
上田「悟くん!」
  立ち止まる剛。
上田「どうして、立ち止まった……?」
剛(悟)「(舌打ち)スクールオブロック」
  と、外から鍵を閉める悟。

○海援大学園・校長室
  大将の向かいに座る里見。
  着物姿。
大将「すみませんねぇ。わざわざご足労いた
 だいて」
里見「いえいえ。船まで用意していただいて」
大将「私ですねー、字というものには不思議
 な力がこもってると思っておりまして」
里見「あら、私もでございます!」
大将「例えばですねー、『人』という字あり
 ますでしょ。あちらなんか、こう、人と人
 とが支えあってるように見えるわけですよ」
  里見、空中に「人」の字を書いて。
里見「まぁ! 見える!」
大将「悲しいかなネット社会、現代という時
 代は、人と人の顔と顔を突き合わしてコミ
 ユニケーシヨンが疎かなになっている。自
 分は自分、他者は他者、アパートの隣人の
 顔も知らないなんてよく言うもんですが。
 やはり人っていうのは支え合ってなんぼだ
 と、常々思うわけであります」
里見「先生、ご依頼のものをー」
  ×    ×     ×
  里見、大きな風呂敷を解く。
里見「海のように大きな男を育てる、先生の
 教育方針には、強く共感いたしましてね」
  額に入った書を見せる里見。
大将「あー……」
  力のある字で「海援隊学園」。
大将「誤字が……」
里見「ふふふ」
  つられて大将も笑い出す。
  笑い合う里見と大将。

○森〜道
  歩く矢部と奈緒子。
  島の地図を広げている。
奈緒子「この島には、私たちの知らない、何
 か秘密があるはずです」
矢部「まぁ、何事にも秘密はつきもんやから
 なぁ」
  矢部、鼻歌を歌い出す。
  アグネスチャン「ポケットいっぱいの秘
  密」。
矢部「♪秘密内緒にしてねっ〜、指切りしま
 しょっ〜、誰にも言わないでね〜」
奈緒子「歌?……歌ですよ!」
矢部「は?」
奈緒子「矢部さん! 学校のパンフレット持
 ってますか?」
矢部「これか」
  矢部、ポケットから学園のパンフレット
  を取り出し、奈緒子に渡す。
  奈緒子と矢部、校歌の歌詞を見る。
奈緒子「この歌の中にヒントが……!」
矢部「なんやて……お前と、会った仲見世の」
奈緒子「浅草キッドか!」
矢部「えーっと」
  矢部、老眼の距離で読む。
矢部「母なる海は命の源。龍のごとく勇まし
 く、馬のように強い脚。我が師の力ある限
 り。目の前に広がる未来。胸の奥に希望の
 光。嗚呼……」
奈緒子「(遮って)ストップ。胸の奥に希望
 の光……胸の奥……胸……あ!」
矢部「なんや! ピカーンと来たか!?」
奈緒子「睡女山ですよ」
矢部「すいにょやま? 関取か?」
  奈緒子、前方の山を指す。
奈緒子「あの山、女性が寝ている姿に見えま
 せんか?」
矢部「(即答)見えません」
奈緒子「歩み寄れ!」
  矢部、顔を90度傾けて。
矢部「ま、分からなくもないことも、ない、
 か……」
奈緒子「胸の奥に希望の光、つまり」
矢部「あの山の頂上に秘密が隠されてると。
 行くで、山田!」
奈緒子「おい!」
  ×    ×    ×
  ズンズンと歩いて行く矢部。
  奈緒子、その後ろを追う。
奈緒子「矢部! 待て! 矢部!」
  ×    ×    ×
  さらに矢部と奈緒子の距離が開く。
奈緒子「矢部! 聞け! 矢部!」

○海援大学園・廊下
  生徒会たちがあちこちを探している。
萩荻「いいか、隈なく探せ!」
生徒たち「(口々に)くまなーく、くまなー
 く」
  萩荻、一緒に歩く背の低い生徒に尋ねる。
萩荻「見たんだな、助手と刑事か」
小柄生徒「はい、ゴミ置場の鏡の前で何やら
 話をしていました」
萩荻「くそぉ……隈なく探せー!」
生徒たち「(口々に)くまなーく」

○海援大学園・倉庫
  手足を縛られた上田。
  口にガムテープを貼られているため、何
  を言っているかは聞き取れない。
  ギュルルルルと腹が鳴る。
  あまりの空腹に、横に倒れる上田。
  耳を地面につける。
上田「……ん?」
  コツ、コツ、コツ……
  地面の中から、音が聞こえる。
  上田、靴のかかとで土にメモをする。
  ×    ×    ×
  「ー・ ーーー・ー ー・ーー ・ー・
  ーー」と土に書く上田。
  上田、何かに気づいて。
上田「(字幕:モールス信号?)」
  上田、解読する。
上田「(字幕:た、す、け、て)」

○睡女山・山頂
  息を切らした奈緒子、追いつく。
奈緒子「矢部! 睡女山の頂上には毒ガスが
 蔓延していて、少しでも吸えば……」
  とっくに山頂に着いている矢部。
矢部「(深呼吸)スー、ハー」
奈緒子「矢部……!」
矢部「あ!」
奈緒子「!」
矢部「うんまっ! さすがのマイナスイオン
 やな」
奈緒子「(ズコッ)」
  ×    ×    ×
  島全体を見渡せる場所。
矢部「毒ガス!?!?」
  矢部、奈緒子の頭をひっぱたく。
奈緒子「痛でっ!」
矢部「殺す気か!? なんで言わへんねん!」
  奈緒子、矢部を指差して。
奈緒子「平気じゃないですか」
矢部「せやな……」
奈緒子「嘘なんですよ。部外者を『希望の光』
 に近寄らせないための」
矢部「希望の光、希望の光……」
  奈緒子と矢部の視線の先に巨大な暗闇。
奈緒子「洞窟……?」

○海援大学園・倉庫
  靴のかかとを地面に擦り付ける上田。
  徐々に穴が深くなっていく。
上田「(力を入れ)ふんっ!」
  高速で土が積もっていく。

○洞窟
  恐る恐る洞窟に入る奈緒子と矢部。
奈緒子「すいませーん!」
矢部「すんませーん」
  小さな祠が建っている。
  「安全祈願」の文字。
奈緒子「(読んで)安全祈願……?」
矢部「……パコラ?」
奈緒子「祠だ! インドの唐揚げか」
  矢部、躊躇せず祠を開ける。
矢部「すっからかんや。貧乏臭い神様やでぇ」
  祠の後ろには「KEEP OUT立入禁止」の、
  テープが貼ってある。
奈緒子「裏にも異常はなさそうですねぇ……
 ニャア!!!」
  落とし穴に落ちたように姿を消す奈緒子。
矢部「山田!」
  と、駆け寄る矢部も落ちていく。
  ×    ×    ×
  穴を落ちていく奈緒子と矢部。
奈緒子・矢部「あー」

○海援大学園・倉庫
  掘り進める上田。
  腰あたりまで土に埋まった状態。

○坑道〜金採掘場
  坑道に倒れている奈緒子と矢部。
  二人、起き上がりながら。
矢部「痛ったー、どこやねんここ」
奈緒子「坑道……?」
矢部「坑道?」
  矢部、ハンカチで口を覆う。
奈緒子「……金山時代の名残ですよ」
矢部「薄気味悪ぅ」
奈緒子「……何か、音が聞こえません?」
  コツ、コツ、コツ。
  音のする方へ向かう奈緒子と矢部。
  ×     ×    ×
  少し空間が開け、金の採掘場が現れる。
  金の採掘作業を行う青年たち。
  皆、白いTシャツに体育着のようなジャ
  ージ。
  物干し竿に干してある、大量のTシャツ。
奈緒子「金……!」
矢部「廃山になってんとちゃうやんけ。まさ
 か……」
奈緒子「ああ」
矢部「えらいこっちゃー、明治にタイムスリ
 ップしてもうたんやぁ! バリバリの現役 
 やんけ」
  と、一人大騒ぎする矢部。
奈緒子「この子たちは、一体……」
  奈緒子、生徒の一人を見る。
  ×   ×   ×(インサート)
  津々筒剛くんの写真。
  ×   ×   ×
  本物の剛が金を採掘している。
奈緒子「剛くん!?」
  驚いた顔で奈緒子を見る剛。
剛「……!」
矢部「君、行方不明の」
奈緒子「津々筒剛くん、だよね?」
  剛、怯えた表情で。
剛「……ここへ、来てはいけない」
奈緒子「え?」
剛「ここへ来てはいけない!」
矢部「大丈夫や。おっちゃん警察やからな」
奈緒子「お父さん、君のこと心配してた」
剛「父が……?」
奈緒子「お父さんに依頼されて来ました。剛
 くん、一緒に島を出よ」
  奈緒子、剛に手を差し出す。
剛「侵入者発見! 侵入者発見!」
奈緒子「!」
  手元のボタンを押す剛。
  反対側に走り出す。
  坑道内にアラーム音が鳴り響く。
矢部「お前! 恩を仇で返つもりか!」
鉱員たち「(口々に)侵入者発見」
  ジャージ姿の鉱員が集まってくる。
  一瞬で四方八方を塞がれる。
奈緒子「なんなんだお前たちは!?」
  班長のような男が現れて。
矢部「金は尽きたんちゃうんかい!」
班長「いいえ。ご覧の通り」
  徐々に近づいてくる鉱員たち。
班長「しかーし、ここを見られたら、生きて
 返すわけにはいきますまいまい」
奈緒子「かたつむり?」
  ツルハシを構えて近づく班長。
  周囲を囲む鉱員たちも迫ってくる。
  奈緒子と矢部、絶体絶命。
  と、その時。
上田「ふあっ!!!」
  天井から上田が落ちてくる。
  班長は下敷きに。
  弾みで手足の縄が解ける。
  上田、格好良く口のガムテープを取る。
上田「わちゃー!」
矢部「先生!」
奈緒子「う、上田! 探したんだぞ」
  天井を見る鉱員たち。
  小さな穴が空いている。
奈緒子「掘ったのか!?」
  上田、上裸になりながら。
上田「私はこう見えてもね、全イタリア温泉
 掘り大会の17代目チャンピオンなんだよ」
奈緒子「ローマ人か!」
  上田、干してあるTシャツを取って。
  ハンガーを両手で持って構える。
上田「わちゃー!」  
  ハンガーをヌンチャク代わりに振り回し、
  襲いかかる鉱員たちを次々と倒す。

○海援大学園・生徒会室
  落ち着かない様子の生徒会執行部たち。
萩荻「地下からの返事は!?」
生徒「(首を横に振る)」
  入り口に立つ大将。
萩荻「あ、先生……!」
大将「校庭に犬でも迷い込んできましたか?」
萩荻「はい?」
大将「随分と賑やかなもので」
萩荻「ははは」
  萩荻の額に汗が浮かぶ。

○金採掘場
  床に倒れている鉱員たち。
  残るは班長のみ。
班長「俺は、空手有段者ぞ!」
上田「望むところだ」
班長「はぁ?」
上田「こう見えても私はね、通信教育で空手
 をマスターしてるんですよ」
  構える上田と班長。
  上田は蟷螂拳の構えだ。
  距離を保ち、円を描くように回転して。
上田「金山は健在だった」
班長「ああ」
奈緒子「安多賀はこのことを知ってるのか?」
班長「あいつは、本物だ。本物の……バカだ。
 何も知らねぇ」

○海援大学園・校長室
  里見の字で書かれた「海援大学園」。
  書を誇らしげに眺める大将。

○金採掘場
上田「持ち上げるだけ持ち上げて、利用して
 いるんだな」
班長「(目を逸らす)」
上田「図星か」
班長「ここでヘマしたら、また地上に戻れな
 くなる……御免!」
  上田に突進する班長。
  渾身の蹴りを繰り出す上田。
  かわされ、班長の拳を食らう。
  気絶して倒れる上田。
矢部「先生!?」
奈緒子「矢部、逃げるぞ」
矢部「よっしゃ!」
  矢部、一目散に背を向けて走り出す。
  奈緒子、上田の足を持ち上げて。
奈緒子「運べ!」
  ×    ×    ×
  気絶した上田を運ぶ奈緒子と矢部。
  線路に乗ったトロッコを見つける。
矢部「ええもんあるがな!」
  矢部、上田をトロッコに入れる。
奈緒子「おい!」
  トロッコが少し前に進む。
奈緒子「乗り込むぞ!」
矢部「お、おう」
  トロッコに乗り込む3人。
矢部「待って、待って、待ってよ」
  徐々に加速していくトロッコ。
  物凄い速さで坑道を駆け抜ける。
奈緒子・矢部「うわー」
  向かい風に、思わず目を覚ます上田。
上田「ぬあ!」
  上田、ズラを押さえる矢部を見て。
上田「ハリソンフォード?」
  徐々に坑道が明るくなってきて。
3人「うぉー!」

○海の近くの森
  茂みに転がる壊れたトロッコ。
  倒れている奈緒子と上田と矢部。
剛「上田先生!」
上田「剛くん!? 本物の津々筒剛くんか」
  承人からもらった写真と見比べる上田。
剛「(息切れ)隙を見て、逃げ出してきまし
 た」
奈緒子「お、お前のせいでな!」
剛「すみませんでした! 校則を破る勇気が
 なくて」
矢部「君が元ヤンの剛くんかいな。なんやえ
 え子やがなぁ」
剛「あの場所にいれば、誰だって……あの、
 僕のメッセージを受け取ってくださったん
 ですか!?」
上田「君が!」
  ×     ×    ×(インサート)
  倉庫の土に上田が書いた、モールス信号。
  ×     ×    ×
剛「昔、漁師の父に教わったんです」
上田「あの場所について、詳しく聞かせてく
 れないか」

○坑道(回想)
  列になって坑道を進む不良たち。
  手を縛られている。
剛の声「海援大学園に入学した生徒は、まず、
 地下の採掘場での作業を強いられます」
  ×    ×    ×(日替わり)
  ジャージ姿で採掘作業をする不良たち。
剛の声「採掘された金は公には流通せず、裏
 社会に回されます。その利益で学園は成り
 立っているのです」

○砂浜(回想戻り)
  剛の話を聞く、奈緒子と上田と矢部。
上田「学園は、金山を隠すためのカモフラー
 ジュってわけか」
剛「はい」
矢部「そんなもん、逃げ出せばええやんか!」
剛「無理です。校則を少しでも破ると、罰
 が下されるので」
奈緒子「罰……?」
剛「不良が治るなんて嘘っぱちです」

○金採掘場(回想)
  金属バッドで殴られる剛。
  虚ろな目。気絶寸前。
剛の声「こんな島にいるよりなら、前の学校
 にいる方がマシだ。そう思わせるまで、ブ
 ってブってブってブってブってー」

○砂浜(回想戻り)
剛「シゴいてシゴいてシゴいてシゴく」
奈緒子「(ギクッ)夢想花?」
剛「更生した生徒から、別人として地上に出
 てこられます」
矢部「それがあの、悟っちゅー青年か」
  ×    ×    ×(インサート)
  ロッカーから出てくる悟。
  ×    ×    ×
奈緒子「手間のかかることを……!」
剛「……もうすぐ本土への最終便が出ます。
 悪いことは言いません。皆さんも早く島か
 ら出てください!」
萩荻の声「校則違反です!!」
  岩場に立つ萩荻ら、生徒会執行部。
萩荻「確保ー」
奈緒子「萩荻……」
剛「アイツらはヤクザです。先生を言葉巧み
 に利用して……」
  奈緒子らを取り囲む生徒会執行部。

○崖
  崖の上に集まる生徒たち。
  崖の上には3台の掃除用具ロッカー。
  生徒を引き連れている大将。
  萩荻、裏切り者の剛を殴る蹴る。
  手を縛られている奈緒子と上田と矢部。
矢部「こんなことしてな、警察が黙っとる思
 うなよ!」
奈緒子「おい、上田! なんとかしろ!」
上田「私はね、日本教育界の未来を担う存在
 なんですよ……どうか、私だけでも」
奈緒子「おい!」
大将「ご心配なさらず。私の力さえあれば…
 …あなた方は、死にませーん」
生徒全員「あなた方は、死にませーん」
  萩荻、倒れている剛の起こして。
萩荻「僕の又従兄弟のぶん!」
  と、頬を殴る。
  萩荻、何食わぬ顔で、拡声器を持って。
萩荻「退学の儀ー」
生徒全員「退学の儀ー」
  生徒駆け足で3人に近づき、それぞれを
  ロッカーの中に無無やり押し込む。
  ×     ×    ×
  扉を閉められたロッカー。
  ロッカーにチェーンを巻く生徒。
萩荻「スクールオブロック〜」
生徒全員「スクールオブロック〜」
  それぞれに南京錠をかける。
  ×    ×    ×
  クレーンに吊るされる3台のロッカー。
  音を立て揺れるロッカー。
奈緒子「おい、出せ! 出せ!」
奈緒子「殺すど殺すど我!」
上田「!」
  上田、足でロッカーを鳴らす。
  モールス信号のように。
  ×    ×    ×
  海面に近づくロッカー。
  海の中に沈んでいく。
  それぞれのロッカーに水が入り込む。
奈緒子「水!? バタ足バタ足」
  あまりに狭くて泳げない。
奈緒子「できない!」
  水位がどんどん上がっていく。
  ロッカー全体が海の中に。
  ×    ×    ×
  テロップ「30分後」
萩荻「オープンザロッカー」
生徒全員「オープンザロッカー」
  引き上げられるロッカー。
  3台のロッカーが崖に置かれる。
  ひどく傷んだ様子のロッカー。
  所々が凹み、海藻が絡まりついている。
  ロッカーを開ける生徒たち。
  大量の海藻が、なだれ出てくる。
  不思議そうに見る大将。
  ロッカーの中には誰もいない。
奈緒子の声「そこまでだ!!!」
  振り返る大将、萩荻、生徒たち。
  奈緒子、上田、矢部が立っている。
大将「あなたたち……!」
奈緒子「残念ながら、先生のお力ではありま
 せんよ」
大将「ご冗談を……J! O! D!」
  が、生徒たちは復唱してくれない。
奈緒子「あの時……」

○海の中(回想)
  完全に水で満たされたロッカー内。
奈緒子「(字幕)苦しい、苦しい……」
  ボコボコと身体が押しつけられる。
  袋が浮いて、奈緒子の顔の前に。
  「増えすぎワカメちゃん」の文字。
奈緒子「(字幕)ワカメちゃん!」
  ×    ×     ×(回想)
  大量の「増えすぎワカメちゃん」を倉庫
  のロッカーに隠す矢部。
矢部「うっしっし」
  ×    ×     ×
  増えるワカメで満たされるロッカー。
奈緒子「(字幕)痛い、痛い」
  バコーン、と天井が外れる。
  増えたワカメが、ロッカーから溢れ出る。
  ロッカーを脱出する奈緒子。
  上田と矢部も脱出している。
  上へ上へと泳ぐ。

○海の上(回想)
  海面に顔を出す三人。
奈緒子・上田・矢部「プハーッ」
里見の声「奈緒子!?!?」
  漁船に乗った里見。
  里見、運転する地元の漁師に。
里見「止めてー!」
  ×     ×     ×
  船の上で凍える三人。
奈緒子「学園の!?」
里見「玄関にドーンって飾りたいそうなのよ。
 字の力で生徒たちを守りたいって」
奈緒子「まさか、引き受けたの……?」
里見「しょうがないじゃない。純金ちらつか
 されたんだもん」
  驚いた顔で里見を見る奈緒子。

○崖(回想戻り)
  萩荻、ロッカーから溢れるワカメを掴み、
  地面に叩きつける。
萩荻「クソォ!」
矢部「ざまぁみぃ! ワシの強欲さに足元す
 くわれたのぉ!」
  悲しげな表情を浮かべる大将。
  奈緒子、学園関係者を見て。
奈緒子「お前らのやったことは、全全全部お
 見通しだ!!!」
  ハッと目を見開く大将。
  膝から崩れ落ちる萩荻。
  大将、ゆっくりと歩き出す。
大将「……先生ばなるんが、ガキん頃からの
 夢だったとです」
  海を見ながら、語り始める大将。
大将「そりゃあもう、頭ん悪かバカ息子でし
 た。小4で煙草ん味ば覚え、ろくに学校に
 行きもせんと、たらーっとしとりました。
 そん私の頬を叩いてくれたのが、お袋でし
 た」
上田「お母さんが……」
大将「先生ばなろう! 先生ばなって、お袋
 に恩返しばしたか! そがんことを、思う
 ようになりました」

○ボロアパート(回想)
  薄い布団で眠る大将の母親。
  小さな机で勉強をする大将。
  大将、痩せた母の顔を見る。

○崖(回想戻り)
大将「しかし、現実というのドラマみたいに
 は上手くいかんもんですねぇ。先生は愚か
 ……」

○大学(回想)
  学ランを着た大将。
  合格発表の掲示板を見て。
大将「大学にさえ、行けませんでした。こん
 なデカい頭しとっても中は空だったんです
 なぁ」
  泣きながら、大学を去る剛。
  悔しそうに自分の頬を何度も叩く。

○ボロアパート(回想)
  大将、肩を落として帰ってくる。
  台所に倒れている母親を見つける。
  慌てて駆け寄る大将。
大将「お袋! お袋!」
大将の声「僕が教師ばなる前に、僕が恩返し
 ばする前に、母は海に戻りました」

○路上(回想)
  路上に座る大将。
  髪も髭も伸び、服もボロボロ。
  目の前に広げられたブルーシート。
  墨で書かれた自作の詩が並ぶ。
  大将、道ゆく人に向かって詩を読む。
大将「『想う』は、『相手の心』と書く。誰
 かの心を理解する。その思いやりの心が、
 人生を豊かにするのです」
  通行人は皆、通り過ぎていく。
大将の声「そんな私に手ば差し伸べてくれた
 んが……」
  一万円札が差し出される。
  驚いて見上げる大将。
  怪しい笑みを浮かべる萩荻。
  整えられた髪にシャープな眼鏡。
  高級ブランドのスーツを着ている。

○崖(回想戻り)
  萩荻を見る大将。
大将「そうでしたね、萩荻さん」
萩荻「……やめろ」
  大将に向かって歩き出す萩荻。
  大将、手で萩荻を制す。
大将「それが、海援大学園の始まりです。私
 のような思いをする子供たちば減らしたい。
 その一心でした」
奈緒子「能力は?」
大将「萩荻さんのアイディアです」

○海援大学園・校長室
  腐ったミカンを元に戻す手品を、大将に
  教え込む萩荻。
  怒られ、頭を下げる大将。
大将の声「生徒が一人でも増えるんやったら
 と、私は協力しました。採掘場の存在など
 知らされずに」
萩荻「先生……」
大将「目は心の鏡。君たちの心は全て見えて
 いますよ」
  バツが悪そうな生徒会執行部。
  悲しげな表情を浮かべる生徒たち。
  大将、萩荻の手を両手で包んで。
大将「萩荻さん、こん私ば認めてくださった
 ことは感謝してしきれません。早く、早く
 楽になりましょう」
  大将、萩荻の手から拡声器を取って。
  拡声器をトントンと叩いて。
大将「みなさーん……こんな私の、教え子で
 いてくれて、心から、ありがとう」
  涙ぐむ生徒たち。
大将「君たちの未来が、健やかであることを、
 祈っています」
  大将、海に向かって。
大将「お母さーん!!!」
  涙を流しながら叫ぶ大将。
大将「今! 僕は思ってます! 僕に故郷な
 んかなくなってしまったんじゃないかと! 
 そして、残っている故郷があるとすれば、
 それは、お母さん、あなた自身です!」
  崖の先端に近づきながら。
奈緒子「やめろ!」
上田「先生、あなたは、誰がなんと言おうと
 優秀な教育者だ」
大将「私は、東大は愚か、大学すら出てない
 んですよ」
上田「関係ない! 目先の利益のために研究
 費を騙し取る大学、いじめを見ないフリす
 る学校、自らの欲を生徒に向けるセクハラ
 教師……はっきり言って、この国の教育界
 は腐りきっている!」
奈緒子「(感心して)上田……」
上田「あなたのような高い志を持った方が、
 いなくなってはならない!」
  嬉しそうな笑みを浮かべる大将。
大将「上田先生ー」
上田「はい」
大将「僕は……死にません」
  大きく手を広げる大将。
  背中から倒れ、落ちていく。
  鼻をすすり、泣いている生徒たち。

○海援大学園・校庭(日替わり)
  ドクターヘリが着陸する。
  パトカーが何台も止まっている。
  負傷した剛が、担架で運ばれる。
  剛の手を握る承人。
承人「剛、剛ごめんな……」
  矢部に連行されていく萩荻。
  里見の書も鑑識に運ばれていく。

○海を進むフェリー

○フェリー・デッキ
  カモメが飛んでいる。
  海風を浴びる奈緒子と上田。
  奈緒子、お腹を押さえている。
上田「船酔いか?」
奈緒子「ま、まぁ」
上田「ユー、隠してるものを出しなさい」
  奈緒子、腹を押さえていた手を離す。
  金の延べ棒が落ちてくる。
上田「ふんっ、母親譲りが」
  上田、延べ棒を拾って海に投げ捨てる。
奈緒子「ちょっと! 家賃!」
  何食わぬ顔で海を見る上田。
奈緒子「そういえば……ロッカーの中で、な
 んて言ってたんですか?」
上田「別に。何も言ってない」
奈緒子「あれ、モールス信号ですよね」

○ロッカー(回想)
  クレーンで吊るされるロッカー。
  上田、足でロッカーを鳴らしている。
  字幕「I・L・O・V・E・Y・O・
  U」。

○フェリー・デッキ(回想戻り)
奈緒子「一文字も、わかりませんでしたけど」
上田「君が馬鹿で助かったよ」
奈緒子「私も」
上田「え?」
奈緒子「先生がデカくて助かりました。背中」
  上田の背中にカモメの糞が落ちている。
  船の上に群がるカモメたち。
上田「君なぁ」
奈緒子「へへ」
  フェリーが、広い海を進んでいく。

                 〈終〉


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