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最長片道切符で行く迂路迂路西遊記 序章の4

前回のお話は以下から


プロローグ(4)始発駅へ

7月9日、前日に自宅を出た僕は、寝台特急トワイライトエクスプレス号に乗り、一路、最長片道切符の始発駅、稚内駅へと向かった。

0.4.1 7月9日未明、北海道へと渡る

 機関車が停まったのを客車がその衝撃を受けて、僕は目を覚ました。時計は1時過ぎを示していた。カーテンを捲ると、どこかの駅に停車している。じっと凝らして見ると、ピンク色した帯のステンレス製の電車が停まっている。しばらく見ていると、列車が動き出した。駅名標を見ると大館であった。大館は秋田県北部の内陸部に位置する都市である。随分と北まで移動してきたものである。

 大阪を出発して13時間。始発駅への旅はまだ終わらない。

 大館駅に運転停車していることを確認すると、僕は再び眠りについた。一眠りの予定が本格的に寝てしまっていたので、もう朝まで眠ってしまおうという魂胆である。しかし、やはり再び停車の衝撃が僕の目を覚ますのであった。カーテンを捲ると、灯りを着けた列車が停まっている。よく見ると方向幕に「北斗星|札幌」とある。トワイライトエクスプレスの運行時間に近い北斗星は1号だから、青森信号所で機関車の付け換えをしているのだろう。本州方面からの寝台特急列車で札幌に到着する順番は、カシオペア、トワイライトエクスプレス、北斗星1号、北斗星3号である。したがって、青森信号所を先に出発するのは僕の乗るトワイライトエクスプレスだとばかり思っていたが、先行して出発したのは北斗星1号の方であった。続いて、トワイライトエクスプレスも青森信号所を後にした。いつ北斗星1号を追い抜くのか。

 そして、また眠りにつくが、どうも浅い。ゴーッという音でトンネルに入るのがわかると、目が覚める。このトワイライトエクスプレスにかなり昂揚されているようである。そして、長い轟音が響くようになると、もう目が冴えて眠れなくなってしまった。こうなれば起きておくより仕方あるまい。僕は、青函トンネルの最深部を久々に眺めることにした。最深部には青いイルミネーションと、緑のイルミネーションが点っていて、緑の方が最深部となる。ディナーで残したワインを晩酌代わりにいただく。実のところ、酒は飲まない方だし、飲めないから、僕を知る人がそんなことをしていると聞けば耳を疑うだろう。飲み慣れないせいか、口に含むとうっと顔をしかめてしまう。窓にそんな僕と顔を合わせるのだった。

0.4.2 北海道上陸

 青函トンネルを抜けるとやや空が明るくなっていた。北海道に上陸である。知内を通過するとすぐに木古内であり、その頃には徐々に窓外の様子もわかるようになっていた。僕はここぞとばかりにサロンカーへ行ってみることにした。この時間、午前4時頃ならば誰もいまい、そう考えたのである。そして、その考えは的中し、4号車には誰一人姿を見せなかったのである、僕以外には。

▲ サロンデュノール

 4号車の大きな窓に対峙してみると、海が見えてきた。津軽海峡である。昨日、夕食後にサロンカーを利用したときは進行方向左側にソファーは向いていたが、青森運転所で進行方向を変えたので今度は右側を向いている。しばらく走ると、海の向こうには函館山の遠景が見えた。そしてその遙か東側は雲が降りているが、その上から朝日が顔を出した。北海道は、緯度と経度の関係から、日の出が早い。さすがに白夜までとは言わないが、稚内や根室などへ行けば、午前3時半というまだ誰も起きてないような時間にはすっかりと明るくなっているのである。まして、夏至からそう日は経っていないこの時期のことだから、太陽はまだ高いのだ。つまり年間を通じても比較的北から太陽が昇る関係で午前3時台でも朝となるわけである。およそ本州では考えにくい。函館はまだ北海道でも南に位置する分だけ、本州と北海道の間くらいの日の出の時間となるわけである。

 五稜郭に到着した。そのまま進むと行き止まりの函館駅へと行ってしまうから、列車はここ五稜郭で進行方向を変える。青森信号所で一度進行方向を変えているので、元に戻る恰好だ。さらに函館本線の五稜郭より北では、小樽・旭川間を除いては非電化区間となるから電気機関車からディーゼル機関車へと交換される。ディーゼル機関車はDD51形と呼ばれる本州でもよく見られるタイプの機関車だが、こちらは耐寒耐雪用であり、何といっても寝台特急北斗星に合わせた紺色に金帯が入るというカラーリングが特徴だ。これを重連といってDD51形を2両連結して牽引する。

  先ほどの北斗星1号は函館まで行って客扱いのための停車をするので、函館駅で機関車の付け替え作業を行う。よって、北斗星1号はこの時間、函館に停車中である。その間に、トワイライトエクスプレスは一駅手前で進行方向を変えて、先を急ぐ。北斗星1号の姿を見ずして追い抜くトリックはここにあった。

▲ 雲の向こうに駒ケ岳の稜線が見える
▲ 小沼は靄に包まれて幻想的だった

 列車は高架を上がっていき、七飯の町を眼下に見下ろす。日も射していたが、小沼、大沼あたりでは曇り、そしてもやに包まれた。それはそれで神秘的な感じであった。僕は、朝食の時間までしばらくあるので眠ることにした。

 目を覚ますと東室蘭を出たところであった。すっかり噴火湾の眺めを逸してしまい、しかしまだ頭の中に眠気が残っている感じであった。顔を洗って一息ついていると、ドアをノックする音が聞こえた。モーニングティーを持ってきたのだ。

▲ 朝食は和定食

 苫小牧あたりで朝食の時間となったので、食堂車へと向かった。朝食は前日、申し込んでおいた通り、和定食であった。ギャルソンは、昨夜は「よく眠れましたか」と話しかけてくれる。どうやら顔を覚えられたようである。南千歳を過ぎて、列車は道都を目指して走る。この至福の時もあと僅かであることが車窓を通して僕に知らせるのであった。

 札幌は曇っており、大きな窓から見える札幌駅のタワーが重そうにしていた。

0.4.3 都市間バスで最北端の街へ

 札幌駅で撮影をした後は、地下道を通って札幌駅西南に道を一本挟んで位置するセンチュリーロイヤルホテルへ行った。稚内行きの特急バス「わっかない号」は、札幌駅ではなく、ここから出発する。ホテルの入り口が乗り場とはよくわかりにくいが、バスの乗車券発売所はホテル内に簡易に設置されており、その関係もあるのだろう。

▲ わっかない号

 わっかない号は、札幌と稚内とを結ぶ特急バスの愛称で、宗谷バスが運行する。同区間には、銀嶺バスが運行するはまなす号があって、両者による共同運行という形態を取っている。

 10時30分に札幌のセンチュリーロイヤルホテルを発ったわっかない号は、乗客10名程度と定員の3分の1程度の乗車率であった。札幌の賑やかな市街地を少し走れば、もう住宅街である。その中を走れば道央自動車道の札幌料金所で、そこから高速道を走ることになった。途中、1時間ほど走って、砂川サービスエリアにて休憩を取った。ここで、以前に購入した幌加内蕎麦を購入する。今回は、幌加内へ行けそうにないので、ここで買っておこうと考えたのだ。

 さらに走ること30分あまりで、深川ジャンクションから深川沼田道路に入る。この後、すぐに深川西インターを通るが、ここからは無料区間となる。本来の高速道路のあるべき姿だが、地方だと減価償却が進まないという点においても無料化は中々難しいことだが、ここは果たしてどういうわけなのだろうか。

 その高規格の道路もしばらく走れば終わりであった。一般に留萌国道と呼ばれる国道233号に出ると、山と山の間を縫うようにして走る。急に特急が急行にでも化けたかのような走りである。JR留萌本線と併走しながら、坂道を下っていくと、徐々に視界が広がり、ついには留萌の市街地へと入った。留萌には、ずっと以前に来たことがあって、そのときは留萌本線にSLすずらん号が走っていた。僕は、それで増毛を往復した後、留萌から旧羽幌線に沿って国道232号(オロロンライン)を路線バスで行き、幌延から特急列車で稚内を目指した。今回も、そのオロロンラインを行く。留萌の市街地を抜けて日本海が見え出すと、陽ざしがバスの車内に入ってきた。久々の晴れ模様である。空を見上げれば、青空が広がっていた。

▲ 日本海が見えてきた
▲ 風力発電のプロペラ

 羽幌線の廃線跡が現れる。今はトンネルに金網がされていて使えないようにしているが、その外観は今でも十分に使えそうなくらいに立派なものである。また、そこには小高い丘が海側に迫るようにして聳え、その上には幾つもの風力発電の巨大なプロペラが勢いよく回転していた。バスの車窓に見るだけだが、それにしても、これほどの巨大人工物は見る者を圧倒する。

▲ プロペラ

 13時30分頃、バスは道を逸れて道の駅「ほっとはぼろ」に停車した。砂川サービスエリアに続いて、二回目の休憩である。サンセットプラザという温泉宿泊施設があるようだが、そこで汗を流している余裕はないので、早々にバスへと引き上げる。

▲ 海がのぞく

 羽幌の市街地を抜けて、再び海岸沿いを行く。初山別村に入って、アップダウンのある海岸線を行くが、前回にここを通って、気に入った場所となっている。以前に通ったときは、トライアスロンをしていたが、今回は長閑な風景が窓外に広がるばかりである。

 天塩町からは日本海に別れを告げて、内陸へと入っていく。オロロンラインは天塩町からは道道106号でさらに日本海沿岸を走るが、国道232号は天売国道と名を変えて内陸へと進む。さらに国道40号と合流して天塩国道を行く。幌延の市街地を避けるようにして北進し、豊富町の市街地を東進、突き当たりを右折して南下する。どうして稚内とは逆の方向に行くのだろうと思っていたが、しばらく走ると左折をして豊富バイパス(国道40号)に入った。再び、特急バスの走りを見せる。しかし、いくらか走れば、そのバイパスも終わり、稚内国道と名の変わった国道40号に合流する。ここまでくれば、実はもう稚内の市街まではさほども掛からないのである。いつのまにか空も曇っていた。

 稚内市街へと入る。ここからバスは、降車のための停車を細かにしていく。中には、タクシーを迎えに寄せているお客もいて、都会のように降りれば容易に次の移動手段を得られるというわけにはいかないようだ。このバスは、稚内港・フェリーターミナルまで行くが、その手前の稚内バスターミナルまで乗車したのは僕だけであった。

 ようやく、スタート地点へとたどり着いたのである。

0.4.4 宗谷岬へ

 稚内バスターミナルの窓口で、宗谷岬までの往復乗車券を購入した。片道1,350円が往復で2,430円となるから、買っておいた方が良い。このあと、稚内温泉の入浴券とバス乗車券とがセットになった割引乗車券も購入しておいた。

▲ 宗谷バス 宗谷岬行き

 16時20分発の宗谷岬行きに乗車した。こちらは普通の路線バスである。稚内の市街地を抜けて、一路東へと進む。途中、稚内空港を右手に見ながら進む。 40分も走れば、宗谷岬に着いた。2005年3月に、稚内と紋別を結ぶポールスター号に乗車して立ち寄って以来のことである。ここ最近、稚内に来るのは早朝か夕方と決まっていたから、その時間に上手く接続するバスがなかったことが、僕を宗谷岬から遠ざけていたようにも思う。

▲ 最北端のお土産屋さん

 宗谷岬周辺は、曇っていたが日暮れに差し掛かった太陽が西から照りつける。水色をした最北端のお土産屋さんに照りつけて、背後の鉛色した曇り空に映えていた。僕は、ここで最北端到達証明書なるものや、祖母の厳命で言いつけられていた利尻昆布の束などを購入した。丘の上まで上がってみたかったが、時間の都合で諦めて、最北端の碑と間宮林蔵の銅像を拝みに行くことにした。バスツアーでやってきた観光客が記念撮影などをしていた。

▲ 間宮林蔵像と日本最北端の碑

 僕は、その賑わいが冷めるのを待って、撮影をした。岬の先端まで行ってみると、遠く遥の水平線に凹凸が見られた。あれが間宮林蔵が視線を送るサハリンである。曇っているから、よもや見ることなどできまいと諦めていたので、これは意外であった。

▲ 稚内駅前ターミナル行き

 バスは、17時30分に宗谷岬を出る。先ほどのバスが折り返してきたのである。乗客は同じ顔ぶれであった。僕は途中にある中央何丁目かのバス停で下車した。ここからすぐのところに今夜の宿となる「おやど天翔」があるのだ。

0.4.5 稚内駅へご挨拶

 一旦、おやど天翔に立ち寄って、重い荷物を置いて、それからいつもの温泉へと行くつもりである。女将さんは、若い気さくな感じの人だった。

 さて、荷物を置いた僕は、さっき下車したバス停から稚内駅へと出た。これから幾たび日を共にする乗車券の様子を伺いに行ったのである。

 ニコニコとした顔が印象の駅員さんが、応対をしてくれた。「いやぁ、みんなで作ったよ」と言う。僕は、恐縮しきりであった。「明日で良いんだよね?」と言う。「よろしくお願いします」と丁重に頭を下げる。これではどちらが客なのかわからない。「これ、渡しておくね」と、A4サイズの白い紙を手渡された。そこには経由線区がびっしりと書かれている。

「これで良いよね?」と言う駅員に、恐縮しきりの僕は「はい、結構です」とろくに内容も見ずに応える。実は、これが路線表記の誤りや経由線区の指定間違いを訂正する機会を逸したことに気づくのはそれから後のことであった。

「よろしくお願いします」と深々と頭を下げて、駅を後にした。駅からすぐのバスターミナルから温泉に向かう坂の下行きのバスに乗る。携帯電話の時計を確認すると、6時半を回っている。にもかかわらず、窓外はとても明るい。

0.4.6 最長片道切符前夜祭

▲ 利尻富士
▲ 稚内温泉童夢

 7時頃に温泉に到着した。ふと、海岸の方に目をやると、雲は被っていたが、どっしりと構えた利尻富士が見えた。それも、夕焼けに薄く染まった空をバックに、薄いグレーのシルエットが誠に印象的であった。 稚内温泉童夢に入った。夕食はまだで、温泉からの帰りにでも購入する算段だったが、童夢の2階の食堂がまだ開いていて、数量限定で生うに丼があるという。まだあるのかを聞いてみると、生うに丼はできるというので、頼んだ。

▲ 生うに丼

 ご飯の上にたっぷりとうにが乗せられている。口の中に入れると溶けて、濃厚な甘みを口の中に充満させる。このうには旨い。普段からろくなうにを食べていなかったことを認識させた。しかも、この量といったらない。最長片道切符の前夜祭の献立としては、申し分はなかった。

 温泉にゆっくりと浸かりながら、明日からの旅に思いを馳せる。露天風呂に入ると、外気はすっかりと冷たくなっていた。空にはきらりと光る星が見えた。

 宿に戻って、明日のためにと早々に布団へ潜った。いよいよ、明日、本編の幕開けである。


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