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ストーリー04 「マエストロ」と僕が呼ぶ人

ユーリ・テミルカーノフさんのことを、僕は「マエストロ」と呼んでいます。「サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団」の芸術監督/首席指揮者で、前はソビエトの革命家、レーニンにちなんで「レニングラード・フィルハーモニー交響楽団」と呼ばれていました。

僕は大人になってから、マジックのことで精一杯。だから、クラシック音楽やシンフォニーについてあまり知らないことを、ちょっとだけ後悔しています。マエストロを僕に引き合わせてくれた、英国丸紅の社長だった紿田英哉さんや、ソニーを作った東通産業の大賀昭雄さんは、クラシックをとても愛していて造詣も深く、彼を「ユーリ」とファーストネームで呼んでいて、少し羨ましい。

それでも、僕が、テミルカーノフさんを「マエストロ=巨匠」と呼ぶのは理由があります。

指揮台を降りれば、楽屋でもレストランでも、いつもニコニコしながら、僅かでも価値のある純金のような言葉で、芸術の秘密の鍵をくれるから。指揮される音楽の表現力もすごいけど、そんな人間としての器の大きさもそう。

はじめてマエストロの演奏を聴いたのはサントリーホールでした。僕のマジックへの返礼。ロビーで少し緊張している僕を見て、大賀さんは「ユーリのラフマニノフを聴くと、ロシアの大地が目の前に現れるんだよね」と、秘密の観賞法を教えてくれた。

受け止めて、ただ感じるだけ。芸術に触れるとき、難しい知識や講釈を考えようとせず、自分の心の反応を、ただ楽しめばいい。僕らは芸術について少しでも詳しくなると、ついバイオリンが…、シンフォニーが、ホールが、と分析してしまう。シンフォニーが渾然一体となって「ロシアの大地が現れる」ということを、つい忘れてしまう。

マエストロは僕のマジックをとても気に入ってくれて、あるとき「ロシアで開催される、誕生会に来て欲しい」と頼まれた。そんな依頼も嬉しかったし、なにより、マエストロが人生を過ごすホームグランウンド、レニングラード州を訪れてみたかった。

誕生会というと、うっかりホームパーティを想像してしまうけれど、後日、ロシアの大統領も出席する、レニングラードの州全体が祝う晩餐会だと聞いて、冷や汗をかきました。

結局、その年はマエストロが体調を崩して晩餐会は中止になり、僕はレニングラードの街を訪れることはできなかった。けれど、あまり残念に思っていません。その街並みや大地は、マエストロの指揮する壮大なシンフォニーを聴けば、いつも眺めることができる……、そんな気がしているから。


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