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M&Aアドバイザリーのビジネスモデルをゼロベースで考えてみる(その1)

昨今、M&A(特に仲介)業者が絡んだトラブルが連日のように報道され、一種の社会問題のようになっています。内容をよく見ると、一部メディアは特にM&A業界を敵対視しているような印象を受けるときもあります。ちょうど、テレビ業界がことさらインターネット業界を「トラブルの温床」と喧伝していた時代のように。

しかし、「これは業者のモラルに問題があるな」と思わざるを得ないケースもあります。そして、報道で知る以上に、業界の中ではそのような事例をよく耳にします。

私はM&Aアドバイザーを主業務にしているので、自分の首を自分で絞めるような発言になるかもしれませんが、他業種の経営も長くしてきた立場から、現在のM&A業界のビジネスモデルについて、問題点と改善策を考えてみます。

「完全成功報酬」について

M&Aアドバイザー(仲介やFA)のビジネスモデルは、大半が成功報酬です。着手金と中間金については業者によってまちまちですが、報酬のほとんどは「成約時」に発生することは共通しています。

着手金や中間金を取らない「完全成功報酬モデル」は、少なくとも小規模案件だとうまく行かないのではないかと思っています。なぜなら、完全成功報酬モデルを成立させるには、一件あたりの単価が大きくて、成約までにかかるコストを一気に回収できる規模でないと、採算が合わないからです

また、このモデルだと、とにかく数多くFA契約をして、成約させやすい案件を最優先にするという流れにならざるを得ません。社員を雇って、多くの固定費を抱える会社を経営してる人なら、誰でも理解できると思います。

完全成功報酬モデルの場合、少し難易度の高そうな案件だと、最低限の作業だけやって放置せざるを得ない。企業概要書の作成やソーシング(後述)などに時間をかけていると、ビジネス自体が成り立ちませんので、契約だけして適当に網を張って待っておくしかない。とにかく、動かしやすい案件が最優先です

企業概要書

「企業概要書(IM)」は、譲渡意思のある企業の事業内容や特徴、企業価値の算定理由などを数字の根拠を以て解説する資料です。ちゃんとしたものを作ろうと思ったら、少なくとも1か月はかかると思います。事業の強みや弱み、競合の現状、ビジネスモデルの将来性などとともに、過去の決算数値を時系列で見やすくまとめ、それを時価(固定資産など)に修正し、M&A後に変わる役員報酬や保険料などを差し引いて実態に近い数値を出したりと、内容は多岐に渡ります。

買い手企業は、まずそれを見て買収を検討する、とても重要な資料です。それを手抜きすると、M&Aは入り口から大きく狭まってしまいます。そして、深く検討できるレベルの概要書を作っているM&A会社は、まず資料作成費用として着手金をちゃんともらっています

そりゃそうですよね。着手金なしで、成約するかどうかわからない案件(基本的にすべての案件がそうです)に、そんな時間と労力を割くわけにはいきません。汎用性のある(その案件がダメな場合、次の案件に活かせる)資料ではなく、その案件以外では何の価値もないものなので、尚更です。

ソーシング

また、売り案件でも買い案件でも必要になる「ソーシング」(相手企業の選別、リスト化)もそうです。今はネットのM&Aプラットフォームも内容が充実していますから、完全成功報酬モデルだと、そこに案件の登録だけしておいて、問い合わせがあったら対応する。そんな姿勢にならざるを得ません。

小~マイクロ規模のM&Aならまだしも、中規模以上の案件だとこれでは前に進みません。

昨今、手当たり次第にDMや電話をしまくって、相手もいないのに「貴社に興味を示している企業がございます」などとして契約を取ろうとするM&A会社(上場企業含む)が、一種の社会問題のようになっていますが、これはDMや電話そのものではなく「興味を示している相手がいる」のが嘘だから問題視されているわけですよね。

この風潮は、まじめにやってる業者からすると迷惑でしかありません。私は本当に興味を持っている相手がいる場合にしかDMを送ったりしませんが、あまりに各社の営業攻勢が酷いので、ほとんどが一緒にされます。開封されることもなく一律でゴミ箱行きです(たぶん)。「いや、本当にいるんだけど・・・」と言いたいのですが、結局、あの手この手で伝手を辿ってアプローチするしかありません。

業界問わず、営業活動は常にそのようなものですが、特にM&A企業の営業は今は社会的な評判が悪すぎます。M&A市場が大きくなるに従って会社のサイズも大きくなり、成功報酬モデルだと数多く契約して成約しやすい案件を増やすしかないからです。そう考えると、この強引な営業は成功報酬モデルが生んだ弊害とも言えます。

私は着手金無料や成功報酬モデルを否定しているわけではありません。「着手金無料」と謳う以上、そうならざるを得ないのは当然だという話で、あくまでもそれぞれの会社のスタイルです(営業のウソはダメですが)。M&Aを検討する企業は、少なくともそれを理解したうえで契約する必要があると思います(もっとも、経営者なら「完全成功報酬」という時点で察しがつくと思いますが)。

相応しいビジネスモデルは案件規模によって違う

どのようなビジネスモデルが適しているかという議論は、案件のサイズによって分けるべきです。前述のように、中~大規模な案件と小規模以下の案件とでは、性質が違ってくるからです。

完全成功報酬モデルがワークする規模

ここでは、わかりやすく譲渡金額で、5億~10億を中規模、それ以上を大規模案件と勝手に定義します。

多くのM&A会社は「最低報酬額」を設定しています。%をかけるレーマン方式だと、例えば1,000万円の売買の場合は5%で50万円です。100万円の譲渡金額だと(十分あり得ます)5万円。いくらなんでもこれでは仕事になりません。そのため、通常は最低報酬額を設定しています。

レーマン表(譲渡価額あるいは移動資産額ごとにアドバイザー報酬の割合を決めた価格表)は各社ある程度共通していますが、最低報酬額はまちまちです。当社の場合は現状300万円ですが、小~マイクロ規模のM&Aだと、肌感覚的には恐らく500万円くらいが中央値でしょうか。最低報酬が1,000万から3,000万のところも多くあります。これは何が正しいということではもちろんなくて、この会社はどんな規模のM&Aを得意としているかを客観的に見る指標と言えるかもしれません。

当社の最低報酬300万円というのは、譲渡価格で言うと6,000万円です。最低報酬1,000万円だと2億円。だいたい、それくらいの価格帯が得意なレンジだと考えていいと思います。

仮に譲渡価額(あるいは移動資産額)が1億なら5%の500万円。これだとほとんどのM&A企業の最低報酬額くらいの数字なので、小規模案件と定義してもいいでしょう。

5億だと、5%で2,500万円。これだと上場系のM&A会社の最低手数料くらいの金額なので、中規模と定義してもいいと思います。

「完全成功報酬モデル」は、このような中規模以上の案件でワークするビジネスモデルです

最低でも上記の成功報酬が見込める案件だと、例えば一人が年間で2件成約するとすれば、少なくとも5,000万円の粗利は確保できるわけです。着手金が仮に100万円として、それを取らなくても後から十分カバーできます。年間何件受託して、何件成約するかという確率論(営業は常に確率論です)で、初期にかかるコストとそれをカバーできるか否かは計算できます。

マイクロ~小規模の場合

当社の場合は、ほとんどの案件がこのレンジにおさまります。上記の(勝手な)定義の流れで、5億円未満が小規模案件、5,000万円未満がマイクロ案件と定義します。

例えば、売買価格1,000万円のマイクロM&Aの場合、場合によっては売り手はそこからM&A会社に1,000万円支払う必要があり、何のために会社を売ったのかわからないことになる可能性があります。

私が身近で見聞きした事例でも、トータル6,000万円の売買で3,000万円を仲介業者(銀行)に支払ったものもあります。売り手と買い手双方に聞くと、「そんなものだと思っていた」とのこと。その会社は売上1.5億、営業利益マイナス(ただし役員報酬を多く取っていた)という小規模な会社で、6,000万円は自社で所有していた土地も含めた金額です。詳しく話を聞くと、その銀行は融資とセットで客同士をマッチングさせようとして、かなり強引に話を進めていたようです。銀行ですら(というかむしろ銀行は酷い事例をよく聞きますが)、地方のスモール案件であっても「知識を持たない人からは徹底的に搾り取る」ことがあるようです。普段仲良くしている支店の担当者とは別の人が来ますから、人間関係なんて関係ありません。

もちろん、私の知る限りでも、絶対そんなアンフェアな取引はしない、倫理観の塊のようなM&Aパーソンもいます。ただ、自分の売上のことしか考えていない人たちが多いのも、これまた事実です。「高年収」に惹かれて他業界(多くは金融系)からの転職してきた人が多い業界ということも、理由の一つでしょう。

また、件の銀行にしても、面談から交渉、成約に至るまでのタイミングを見ると、自社の決算前に何としてもねじ込みたかったのが見え見えでした(ちなみに、その強引なやり方はかなりのトラブルになり、成約後に裁判沙汰になりました)。

話を戻します。このような小規模から個人事業のようなマイクロ規模のM&Aは、ここにきて激増していますが、私はその状態は大歓迎です。国としても、廃業が増えるよりも力のある会社が買い取って、その資金やノウハウでさらに伸ばしていくことが望ましいはずです。しかし、この「完全成功報酬モデル」は、小規模以下の案件では相応しくありません

この規模の会社はさほど利益が出ていない(あるいは赤字体質)のところも多く、成約の難易度は大規模案件よりもむしろ高いケースが多くあります。もちろん、社員数も少なく、金融借入も数千万円~1億円くらいのところが大半(売上規模から、それ以上の借入は出来ない)ですが、その会社のいいところ、強みや弱みを説明する資料は、知名度がない分、余計に作りこまないと買い手の理解は得られません

しかし、結果的に成約したときの報酬額は、数百万円です。これだと、1人あたり10社以上の案件を同時に抱えて、月1回くらいの頻度で成約しないと、大規模案件のような利益を得ることは出来ません。「完全成功報酬」モデルの場合、少しでも難しい案件は放っておくようになるのは、そう考えると当然なのです。

成功報酬に比重を置くモデルであっても、着手金や中間金をちゃんと頂くと、M&A業者だけでなく当事者にとっても本気度が変わってきます。案件を受託だけして何も動いてくれない。他の業者に頼みたいけど、よく見ると一社専任契約だったので他に振ることもできない。なんてこともよくあることです(ただ、一社選任でなかったとしても、多くの業者に依頼するのは「出回り案件」と見做されて逆にマイナスです)。

「成約するまで料金は頂きません」という謳い文句は、売り手や買い手の当事者としては魅力的でしょう。私は、上記の意味で特に小規模以下の案件については着手金は必要だと思っていますが、払う側からすれば「成約するかどうかもわからないものに、最初に払うのか?」と抵抗があることも理解できます。

しかし、M&Aはスタート時点からかなり専門性の高い作業が始まります。それらは成約のためには必ず必要なものです。そこを省くと、決まるものも決まりません。結果、時間だけを浪費する。M&A業者からすると、決まらずに放っておいても罪悪感はほとんどありません。報酬が発生していないですから。

M&Aには、「売り時、買い時」があります。時間を浪費して、そのタイミングを逃す方が、いくばくかの着手金を払うよりもリスクは高いと私は考えます。成功報酬額を削ってでも、最初に着手金を発生させたほうが、結果的に双方のメリットになります(断言)。

ビジネスモデルをゼロから考えてみた

これまで、特に「完全成功報酬モデル」の問題点を掘り下げてきましたが、では着手金等を発生させると、双方がハッピーになるのでしょうか?

これも案件規模によって分けて考える必要はあると思いますが、少なくとも当社がメインにしている、譲渡価額1億円以下くらいの規模では、そもそも成約した時点で手数料を頂戴するようなモデルが果たして相応しいのか?という疑問も残ります。特に買い手企業の場合、概要書等で自社を売り込む売り手企業と同じビジネスモデルでいいのか。一度ゼロベースで考えてみる必要があるのではないか。

そんな流れで、まったく違う報酬体系を考えてみましたが、既に結構な長文になってるので、次回に回します(引っ張るんかい!)。


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