見出し画像

捨てることは、過去の清算。捨てられないのは、刻まれた信念。

「毎日ひとつ捨てる」チャレンジを始めた。

自分にとっての要不要を知り、
自由に、快適に、スッキリ暮らすために。

不要なものがなくなれば、快適に暮らせることだろう。
必要か、大切なものごとしかないのだから。

つまり、
不要な物事に時間と気力を割いている
というのが、今の問題。

あれ、片付けなきゃ
そろそろ処分しなきゃ
いや、どこ仕舞ったっけ?

ものすごく使いやすいのだけれど、
見るたびにがっかりしてしまうチープな食器

何年も着ていないのに高かった服

物には、金銭的な価値や、使い勝手、
気分を上げてくれるくれる効果、
それにまつわる思い出が、詰め込まれている。

ものを捨てると言う事は、過去を手放す事。

言葉にしたら簡単だけれど、
実際の工程はややこしい。

交錯した価値観の優先順位をつけ直し、
過去を清算しないかぎり、執着は手放せない。

思い出したくないことも、
忘れたくない記憶も、洪水のように押し寄せる。

面倒な作業なので、出来るうる限り、
やりたくないというのが、思考の本音。

価値観を書き換えられたら、
キャラクター設定が変わり、
人生の脚本そのものを書き換える必要が出てくる。
面倒なので、阻止したい。
これが、自我の本音。

捨てる事は、思っているより手強い。

いらないことは、わかっている。
知りたいのは、捨てられない理由。

物が紡ぎ出す思い出。
執着している過去の原因。

取り残された私が、まだ沈んでいる。心の海底に。

暮らすことが、人生の目標だと
気づいたときは、唖然とした。

そんな日常、自己実現でも何でもないでしょうよ?

けれど、私が望んでいたのは、
ミニマリストでも、シンプルライフでもなく、
実家へのリベンジだった。

幼い頃、抱えていた不満がない生活をしたい。

そんなこと望むまでもなく叶えられる。
大人なんだから。

そう思っていたけれど、
「もったいない精神」と「うちにはお金がない」
という呪いは、未だ刻まれたままだ。

手放さなければならないのは、過去の呪い。
捨てられないのは、物ではなく、刻まれた信念。

欲しいのは、スッキリした暮らしよりも、
不要な信念のない自由な心なのかもしれない。

それが叶った未来って、どんなだろう?

不要なものがない=必要か、大切なものしかない。

私にとって、必要なこと、大切なものだけで
人生が成り立っている世界?
うん。幸せそう。

必要なことだから、いいことばかりではないけれど、
やれることをやって、ネガティブから学んで、
それ以外は平和に暮らしている感じ。

そんな未来の視点で今に活かすとしたら?

私にとって必要なこと、大切なものだけに
時間と空間とお金を使う、かな。

うん。これを信念として育ててみようか。

「もったいない精神」と「うちにはお金がない」
というゲートキーパーに怯まないでいられるよう
大きくて、太くて、強い信念に育ててゆこう。
そうしてみよう。

fumori

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?