矛盾した人生を否定せず生きてゆきたい。

私が知る世界は、私だけの世界。

同じ現実を生きながら、
私たちは、異なる世界を生きている。

たぶん私は、淋しいのだろう。

無意識に同郷を求め、
出会う度に相手に期待し、
異邦であり続ける自分に絶望する。

同じ人間なら、分かり合えると思っている。

それが、勘違いだったのかもしれない。
なので、世界を変えようと思う。

私たちは、自分の世界を生きる唯一の人間である。
共通している現実と、体感する自分がいるだけ。

どこに目を向けて、何を感じて、どう解釈するかは、
全て個人に委ねられている。

社会が示しているのは、あくまでも参考意見。
守る限りは、大きなトラブルにはなりにくい。
世渡りのマニュアルみたいなもの。

結果を引き受ける覚悟があるのなら、
個人を制限するものなんてないのかもしれない。

そのくらい自由に生きられる世界があるのかもしれない。

同郷を求める期待を手放すことができるなら。

淋しいままでいることを選べるなら。

孤独と引き換えにしてでも手に入れる価値を
自由に見出すことができるなら。

望む結果ではなくとも体験すると決めているなら。

私には、その覚悟がなかった。

自由よりも、安全に生きることを望んでいた。
自由を売る苦しみを選んできたんだ、私が。

そろそろいいかな?

ルールなき自由は、相手の世界を侵害する。
探していたのは、自由でいるために守るべき指針。

何が自由かは、人によって違うから、
誰にも当てはまるルールはないし、
今、決めたことも間違っているかもしれない。

その答えは、未来の私は体験することになる。

良くも悪くもその結果は、
私だけの真実に繋がっている。

なので、逃げずに、頑張って!

未来の私を信じているよ。


同じ現実に存在しながら、
たった一人の世界を生きることは、淋しい。

けれど、誰とも同じでないことが当たり前なら、
今ほど違いを恐れずに済むかもしれない。
むしろ、興味を惹かれるのでは?

自分では見ることのできない世界が、人の数だけある地球。
なんてカラフルで豊かな星なんだろう。

中には、私の自由を侵したり、
不愉快に感じる世界もあるだろうけれど、
相手からしたら、私の世界も支配的で、不快なのだ。

玉石混交と言ったって、
磨かなければ宝石だってただの石だし、
光が当たれば、石だって輝く。

道を歩けば拾うほど宝石が有り余るものなら、
石と変わらぬ価値になる。

世の中は、宝石に価値を見出しているけれど、
重要なのは、素材や種類ではなく、希少性。

私たちは、同じ人間でありながら、
二つとない体を持つ。

同じものを見ても、全く同じ体感は得られない。
同じ時に、同じ理由で喜んでいても、完全に同じではない。

誰もが唯一無二の世界を体感しながら、
次の世界を再構築し続けている。

地上に人類は溢れているけれど、
個人は希少性そのもの。

私の価値基準には合わなくても、
希少な個人が思い描く世界の独自性に
敬意を持つことはできないだろうか?

私には理解できない世界観だとしても、
相手が人生を賭けて築いてきた唯一無二のもの。

私が、幸せを求めながら、
不幸な人生を歩んできたように、
相手にも求める人生があって、今がある。

死をゴールとするなら、
生きている限り人は過程だ。

今、向き合っている相手も、私自身も、
中途半端で、当然なんだ。
だって、途中なんだもん。

そんな矛盾した人生を否定せずに生きてゆきたい。

誰もが限りある命を使って
希少な世界を紡いでいる最中なのだから。

もしも、想いが現実になるのなら、
争いのない世界を描ける自分になりたい。

人の本能は、争うことではなく、
幸せに生きることだと信じたい。

幸せになるために争いが起こるなら、
求める幸せが間違っていると思いたい。

争う自由を否定することのない平和を願う。

個の世界が奪われることのない時代が来ますように。
奪うことのない私でいられますように。

私の世界が、この星にとって有益でありますように。

fumori

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