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スーイッシュを探す旅 第4話

≪ エピローグ ≫


私が森を抜けたとき、空は晴れ上がっていた。
西に傾きかけた太陽が、晩秋の木々を輝かせている。
夢に導かれて幻の花スーイッシュを探し、
この森に入ったのは今朝早くのこと。

落ち葉を踏む自分の足音が、妙に新鮮に聞こえた。

何時間くらい森の中を歩いていたのだろう。
途中のことはよく覚えていない。
気が付けば、森の出口に立っていたのだ。
そんなに長くいたつもりはないのに、
太陽の位置からして、かなりの時間・・・
7時間ほどだろうか、森を彷徨っていたことになる。

この森は、時間の感覚がおかしくなることで昔から有名だ。

スーイッシュは見つからなかった。
そう簡単に見つかるはずもない。しかも、夢で見た幻の花なのだ。
見つかる以前に、あるかどうかも怪しい話。

私はもう一度森を振り返った。
何かデジャヴに似た奇妙な感覚を覚えたからだ。

気のせいか?

いや、森の入り口に、さほど大きくはない立て札が立っている。
今朝は気づかなかったなと思い、近づいて立て札の文字を読んでみた。

「この森は、中世以前から、
長きに亘ってノイマン家が所有する森であった。
現在は国有となっている。
珍しい植生が見られ、植物学の研究対象として
大切に保護されている。」

なんだろう?・・・この既視感は。

今朝は立て札に気付かなかったから、読んではいないはずなのに。
ちょっと考えてみたけれど、わからない。
秋の夕暮れはあっという間に迫ってくるだろう。
私は家に帰ることにした。

森を出てすぐのところに、可愛らしい色の建物が建っている。
お菓子の家のような、メルヘンチックな小さなお店だ。
レストランか喫茶店だろうか?。

太陽はかなり西に傾いていたが、私は休憩がてら、その店に入った。
喫茶コーナーの奥に、絵画がずらりと並んでいる。
ギャラリーだったのか。
店内は意外にも広い。
外見からは想像もつかないくらい広かった。

「いらっしゃいませ。」
と、熟年の痩せた女性が迎え入れてくれた。

彼女は最初、何かに驚いた風に口に手をあてて私を見た。
が、すぐにニコリと微笑んで奥の絵画へと私を勧めた。

「どうぞ、ご覧になって。お茶もご用意しますね。」
と言ってくれた。

「これは、クルト・ヒンケルさんという画家の絵なんですよ。ご存知?」

「いえ。」

私は首を横に振る。
絵画に近づき、一枚一枚見ていった。
風景画もあれば、静物画もある。
抽象画も多い。

「クルトさんはね、昨年お亡くなりになって。
そんなに有名ってほどではなかったけれど、根強いファンが多くてね。
亡くなった今でも、ここで彼の絵を展示しているの。

彼の絵は不思議でね。力強さと優しさが同時に感じられるの。
感じ方は人それぞれだとは思うけど。
私は彼のファンの一人でね、
ここで喫茶店を経営しながら展示もやってるのよ。
どうぞ、ごゆっくり見ていらしてね。」

私は、クルトさんが描いたという、たくさんの絵画の中で、
一枚の絵に釘付けになった。

これ、知っている・・・気がする。
大きな木。
木の前には、三人の学者風の男たちが談笑している様子の絵。
その隣の絵も、同じ大きな木が描かれていた。
長い杖を持った魔女と、剣を脇に抱えた老人が、
大きな口を開いて笑っている。

そのまた隣の絵も、同じ大きな木が描かれている。
木の前に立つ男が、剣を高く空に向けている。
その絵には、下に小さな文字で「ハイエル・ノイマン」と記されていた。
ノイマン?・・・ああ、さっき立て札で見た名前だ。
あの森の所有者だったいうノイマン家の人なんだろう。

あっ!
と、私はその次の絵を見て驚いた。
そこには私が描かれていたのだ。
大きな木の前で、中世風の服装の男性と、
座って笑いあっている黒髪の少女は
私だった。
しかも、その男性は、私が夢で見た、あの男性だ。
”一人の男性を遣わす”
と夢で言われた、その男性に違いなかった。

私と男性の間には、まるでト音記号のような形の茎が伸びていて
オレンジがかった濃いピンクの花を咲かせている。

これ、スーイッシュだわ。

夢のお告げのスーイッシュは、意外なところで見つかった。
まさか、こんなところで見つかるなんて。
それも、絵画の中だなんて。

それにしても、なんだろう?・・・この懐かしさのような気持ちは。
切ないような、嬉しいような。

私は、気が付くと涙ぐんでいた。

「さあ、お茶をどうぞ。
あなたが来たら、このお茶を出すようにと
生前のクルトさんから言われていたの。
ふふ、あなた、あの絵の中の少女でしょ。」

私は、何がどうしたのか訳がわからない。

「驚いたでしょう。戸惑っているのね。
私、クルトさんから聞いているの。
あなたと、あなたたちの話を。
この絵の中の黒髪の少女が、いつか店にやってくることがあったなら
その話をしてやってくれって、頼まれていたのよ。
全く不思議なことだけれど、本当に、あなたはやってきてくれたのね。
クルトさんの話を、長い長いスーイッシュの話を
どうぞ、聞いて下さい。」

彼女は、私をテーブルに促して、お茶を出してくれた。
アプリコットの甘い香りのするハーブティーだった。
彼女は私の前に腰を下ろし、ゆっくりと話し始めた。

 
    完    


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