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1978年 夏 時間よとまれ

1978年 夏
浜辺では、たくさんの若い男女たが夏の日差しを浴びて輝いていた。
繰り返す波の音の間に、女性の甲高い笑い声が響く。

14の少年は、海水浴場の熱い砂の上、ビーチパラソルで日差しを避け、貸しボートのバイトをしていた。
水着のカップルがボートを借りに来る。14の少年に、ビキニ姿の女性はまぶしかった。
少年は、女性に目線がいかないよう気を付けながら「1時間いくらです。」と説明して、ボートを貸し出す。
手渡された千円札も、海で濡れたからだの塩水で濡れている。
熱い砂の上をボートを抱えて水際まで運ぶ。カップルをボートに乗せて、波打ち際から沖に向かってボートを押し出す。

桟敷に置かれたジュークボックスから、矢沢永吉の「時間よとまれ」が鳴り響く。
水着のカップルであふれている砂浜を眺めながら、14の少年は、歌のような熱い恋に恋い焦がれる。
「幻で構わない。」そんな熱い恋にあこがれながら、14の夏が終わる。

時間は止まらない。

少年は、いくつかの恋をして、いくつかの失恋をし、いつしか大人になった。少年が経験した恋はあの夏の日に焦がれた恋でなないかもしれないが、少年は確かな一つの愛を得て、子供にも恵まれた。

何時しか長い時間が過ぎた。

あの夏の日から45年が経ち、少年は来年還暦を迎える年になった。

そんな年に、息子から矢沢永吉のコンサートに誘われた。
「今更、矢沢かと」と思いながらも、息子の気持ちに感謝してコンサートに行かせてもらった。
息子は、早い時間から会場に行き、コンサートを盛り上げるためにグッズを購入して待ってくれた。

2時間のコンサートは、あっという間に終わった。

コンサートでは、「時間よとまれ」は歌われることはなかった。それでも、矢沢は信じられないほど若々しく、彼の情熱はあの時のままだった。彼は時間を止めたのかもしれない。この機会を与えてくれた息子に感謝した。

少年は壮年となった。「時間よとまれ」のような恋はしなかったけど、幻ではない愛を手に入れ、その結晶として子供たちと巡り合うことができた。
いつの間にか長い時間が流れていた。

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