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展覧会感想 / おおだいらまこ個展「∩頂天-ウチョウテン」


 大きな作品の方は、 作者である私自身がスマートフォンで撮影した、フォルダ内に保存されている写真を元に制作しています。元となる写真から線と色を抽出し、プリントアウトした ものの上からアクリル絵具で加筆し仕上げています。
 小さな作品の方は、記録には残っていないが、それがどんな景色だったか頭の中で思い浮かべられるような、いわゆる思い出深い景色を、実際に思い出しながら描いたものです。

 作品はそれぞれ制作過程が異なりますが 、 私の記録か記憶に残っている景色であることは間違いありません。それらを絵画制作という手法を用いて同じ絵画という枠組みにはめる、更にこの展覧会を通じて等価に並べることで、正しく記録するために必要なことが見えてくるのではないかと考えています。

おおだいらまこコメント.ギャラリーターンアラウンドwebサイトより引用.
https://turn-around.jp/sb/log/eid1032.html



 印象的なのは、天井から床まで一周した大作の展示設営である。作品は作家自身のスマートフォンに記録された画像を、ロールキャンバスに大判インクジェットプリンターでプリントアウトし、プリントインクの上からペインティングが行われている。プリントアウトされた写真をそのままトレースするように絵の具を乗せているのではなく、解像度の不足部分や写真では見えない部分を作家が記憶をもとに補完して描いている。この20mにも及ぶ大作は、ギャラリーを縦断するように天井から床まで360度一周している。見上げ、見下げる本作は、カメラの画角に収めきることができない。鑑賞者は、おおだいらさんの作った”橋”を渡り、ギャラリー内を歩く。大作の周りに並ぶ小作品は、記憶だけをもとにペインティングされた作品である。この大作と小作品の制作プロセスの差異が、どのように現代絵画として意義を持つのか。


記憶以上の鮮明さ?

 人間の記憶はかなり曖昧である。事実は歪み、思い出は補正される。さらには年月の経過で忘れ行く。しかしスマートフォン普及以降は、スマートフォンを外付けの記録装置のように扱い、私日常におけるシーンをスマートフォンのカメラで記録し、保存している。
 スマートフォンのカメラ機能は年々発展している。Google Pixcel 8の公式サイトには「あらゆる瞬間を記憶以上の鮮明さで記録」というコンセプトが表示されている。(https://store.google.com/jp/product/pixel_8?hl=ja&pli=1

Google Pixcel 8ではAdobe Photoshopのような機能がタッチパネル操作で簡単にできることはよく知られているが、それ以外にもGoogle AIが過去の画像から画像内の目を閉じた人に対して、似ている写真から自動判定で顔を改変することができる。ここでは詳細について触れないが、つまり既に、スマートフォンで撮影される写真は、画像であって写真ではない。「記憶以上の鮮明さ」とは、何を言っているのか私には理解できない。そしてスマートフォンに記録された画像は、記憶と言い得るのか。
 脳が記録しているものだけを「記憶」とするならば、主体の記憶と客体の記憶は異なるだろう。事実に対して五感で取り入れた情報を記憶化するほか、人間には感情が含まれ、それにより事実は印象を含んでしまう。それによる記憶の曖昧さは回避できないのではないだろうか。だとしたら、スマートフォンに記録されたものこそが、より事実に近しい記憶なのか。


忘却と曖昧の中で

 おおだいらさんは本個展に合わせ開催されたトークイベントで「記憶を残すための手段としての絵」と発言していた。記憶だけをもとに描かれた小作品からは、現実の風景をデフォルメしたような印象を受ける。そして絵の中に存在する事物からは、重々しい雰囲気が感じられる。私は「人の記憶というのは、こんなにも重いのか」と再確認した。これは作品に対する共感などではない。記憶によって提示されるものの重さを感じたのだ。きっとこれこそが事実だ。おおだいらさんのスマートフォン内の画像フォルダには、大作に描かれた風景が残っている。それはすべて過去として撮影日や位置情報、カメラの設定情報が記録されているだろう。おおだいらさんは過去を出力し、描くことで現在にした。記憶とは、HEICやJPEGで保存されるものではない。忘れ行き、曖昧になっていく中で、常に想起と保持を繰り返していくものだ。曖昧さを常に保有する渦中における「描くこと」の価値は自明だ。本展では、画像の上にペインティングした大作と記憶だけをもとに描いた小作品の中で、描くことの価値を再認識させてくれる。


おおだいらまこ個展「∩頂天-ウチョウテン」
会期 2024年7月2日火曜~14日日曜 月曜休廊
時間 11:00~19:30、日曜17:00、最終日16:00まで
会場 Gallery TURNAROUND(仙台市)


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