その恋の重さは紫煙

昌宏と出会ったのはある年の初夏。
地元のスナックだった。
転職までの2ヶ月ほど、私はそこでアルバイトをしていた。
初めて会った時から見た目もユーモアのセンスもストライクで、かなり気になる客だった。

昌宏は会社の同僚に連れてこられるタイプだったので、自分から店に足を運ぶことはなく、会える時は月に1、2回。
なんとか私をアピールしていたけれど、いかんせん、他のお客の目もあるし、彼だけに連絡先を渡すのもなあと思っているうちに私はスナックの仕事を卒業してしまった。
「やっぱり連絡先を聞いておけば良かったなあ」と思いつつも、とはいえ元気な年代だったので他に彼氏はいた(笑)。その人と半年も経たずにあっさりと別れると、俄然、昌宏を思い出す。
なんとかしてもう一度昌宏に会いたかった私は得意のリサーチ力をフル活用し、とうとう彼のSNSを見つけ出した。

1度めのメッセージには梨の礫。
彼が案外、女性からの誘いにほいほい乗ってこないことを鑑みて、2度めのメッセージは私が誰であるのか、どこで出会ったのか、どうして連絡をしたのかを具体的に、でも気味悪がられないように綴った。そしたらすぐに返信があった(笑)。
それから数週間のやり取りをした後、ちょうどクリスマスイブの時。
それまでも私が何度か「会いたいなー」と声をかけてもイエスを言わなかった彼から「何してるの?」というメッセージが入った。
友達と楽しく過ごしていると言うときっと連絡は途絶えてしまうと察したので、「家でシャンメリ飲みながらテレビ見てる(笑)」と返したら「誰かと会ってないの?」。
これは良いぞ、チャンスだぞ!と思い「クリスマスにはあまり興味ないんだよね」と返信したら「奇遇だね、俺も」。
そんな風に私と昌宏は始まった。
私達が男女の関係になるのに時間はかからなかった。

昌宏は見た目に反して古風な面を持つ男だったので、私はいつも彼の前では「知的でしとやかで明るくて家庭的でちょっとドジっ子」な女性を演じていた。
こんな女性がこの世にどれほどいるのか謎だけど、まあ、昌宏みたいな男性が夢見るタイプを演じたわけですよ。
この頃、私は煙草を吸っていたんだけど、もちろんそんなことはおくびにも出さない。
お酒も好きだけど「あまり飲めないんだよね(笑)」と可愛らしく言う。
料理はすこぶる苦手だったけど「煮込みハンバーグが得意」とか言ってみたりね(笑)。
今思い出すと噴飯ものだけど、私は昌宏の特別になりたかったのよ。


だって、この時、私達はまだ恋人じゃなかったから。


私の涙ぐましい努力が功を奏し、昌宏は同時進行していた女達を切って、ほぼ毎日私と会っていた。優しかったし包容力もあった。頼れる人だった。だけど彼は「付き合おう」とは言わなかった。

結局、私達の関係は2ヶ月ぐらいで終わった。
あやふやな関係に決定打を打ったのは、彼の一言。それを聞いた時、私は「やっぱりね」と思いつつも拍子抜けしたよ。
「今さらそれを言うなんてつまんねえ男だな」って。
その夜、私達はすることをした後、彼の自宅のリビングでくつろいでいた。
そろそろ彼との間合いを詰めたい私は、どうして付き合えないのか聞いてみた。他に女がいるわけじゃないし、なんでだろう?と。
すると彼は躊躇いもなくこう言った。


「出会った場所が悪かった」。


要は「水商売していた女とは真剣には付き合えませんよ」ということだろう。
そうなる可能性が高いと踏んでいたから、2ヶ月の間、毎日毎日、私は彼好みの女を演じていたのに努力が水の泡じゃないか!だから拍子抜けした。
今さらそれを言うの?ださくねーか、それ?みたいなね。
まあ、彼には私と出会う前に気になる女の子がいて、告白したけど彼は1度彼女にふられてる。
それから1年近く経って彼女から連絡があったらしく、そんな話を私にするなんてデリカシーがないんだけど、その女性の存在も私と付き合えない理由としてあったんだろうなと思ってる。
意外とあっさりと身を引いた私に驚いたみたいで、昌宏は出ていく私に向かって「またいつでも連絡してきなよ。俺は大体家にいるからさ」と名残惜しそうな小声で言ったけれど、


そんなことするわけないよね(笑)。
女なめんな(笑)。


そう思ったから無言で彼の家を立ち去った。
2月頭の寒い早朝だったなあ。
坂道を登りながら私は静かに泣いた。
なんの涙かわからないけど3分ほど泣いたらスッキリして、最寄り駅の外で煙草を吸った。
彼に隠れて煙草の匂いを気にしながら吸わなくても良くなったことが、妙に楽な気持ちにさせた。

実はこの2ヶ月後に昌宏から連絡があったんだけど、もう私は未来を見ていたし、冷静に考えれば、会社員の私とフリーランスの彼では生活サイクルが違い、仕事に対する考え方や生き方の価値観も大きく異なった。
そんな2人がうまくいくわけないよね。
なにより彼とは身体の相性がすこぶる悪かった。
この世にこんなに相性の悪い男がいるのか!と思うほどにね(笑)。
どちらにせよ、私と昌宏はそういう縁だったんだろう。

でもね、たまに彼のことを思い出すのよ。
広い温かな背中で酔った(ふりをした)私を時々おんぶしてくれた。
それはとても心地よくて、亡くなった祖父を思い出させた。

私は彼に悪い思い出はないけれど、彼の記憶の中の私はどうなんだろう(笑)?
良き思い出としてメモリーされていることを願うわ。

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