あの時、嘘をつかなければ良かった

Netflixでラブコメを観ていたせいか、久しぶりに昔好きだった人の夢を見ましたよ。
成就しない恋だったんだけど、だからなのか彼の夢を見た後はせつなさ満載の数日を過ごしています。

彼と出会ったのは私が結婚するちょうど1年前。
一目惚れに近かった。

あの頃、私は正社員だった会社を辞めたばかりで、少しゆっくりしたくてアルバイトをしていた。英賀はそこの社員だった。というか幹部。
説明会の時に壇上に立ち、沢山の人達を前にしても堂々としたプレゼンをする彼を純粋に「すごいな」って思った。
見た目もその押し出しの強さ、明るい性格も好みど真ん中だったけど、アルバイトの私と幹部の彼ではこれ以上近づく機会はないだろうと考えていた。

それから2か月後、私は現場からオフィスに配属となり、アルバイトから派遣社員に切り替わった。時給は上がったけれど仕事内容が一気につまらなくなり、生活がなければとっくに辞めていたと思う。
「つまんないなー」という日々を過ごしているある時、派遣会社からより高度な仕事を求められた。時給は変わらなかったけど、それまでの単調な仕事内容に飽きていたので私はなんとなくそのオファーを承諾した。
そこで英賀と再会した。

2か月会わなかったので、当初は英賀に気づかなかった。
数日経ってようやく、「この人はあの時のあの人だ!」と判明。
そこからドキドキしながら彼を毎日意識した。
私は英賀の斜め前に座っていたんだけど、彼は私のことは意に介さない。
なんとか存在に気づいてほしくて、まずは英賀の部下と仲良くなった。彼らとのやり取りを見ていた英賀はそこから少しずつ私の存在を確認し始めたと思う。

英賀達の部署編成が行われてから、私は彼らとは別室で作業をするようになった。でも、英賀達のいる部屋は必ず私の側を通らないと入れないので、自然と挨拶をするようになった。
そこから意識して少しずつ彼との距離を縮めた。
仕事の話から徐々にプライベートの話をするようになり、時にはジョークを言う仲になれた。
それでも、私と彼の間には派遣と幹部という大きな隔たりがあった。
距離が一気に近づいたのはたぶん、英賀の勘違いからだったと思う(笑)。

ある時、英賀がある人のことを「社内1のイケメンだから」と話してきた。私は本心で「そうじゃない」と感じていたので、「そんなことないですよ、もっと格好良い人いますよ」と答えた。
実は英賀より見た目が良い男性は他にもいた。けれど、私は英賀が好みだった。
でも、この時言った「他にも格好良い人いますよ」は英賀のことじゃなかったのよ(笑)。
だけど、彼は自分のことを言われていると思ったのか、嬉しさを隠しきれない感じで「誰ですか?え、誰?」って何回も聞いてくる。
私は次の会話に繋げるために、そこではわざと濁して答えなかった。
これが功を奏した。

それから英賀は私を意識し始めた。
そりゃそうだよね。
社内でも私は「あの美人な人誰?」と男性社員の噂になっていた。実際、社員2名から告白された。
そんな私が「え、俺のことを………?」って思ったら意識しちゃうよね。
これは予測していなかったラッキーで、そこから時々、一緒にランチをしたり、向こうからLINEの交換を求められたりした(仕事の連絡が口実だったけど)。
これでいつでも英賀と繋がれると思った。



それがこの恋を成就させられなかった要因の1つだと思う。



彼から唐突に飲みに誘われたのは、そろそろ私が派遣をやめて転職活動をしようと考えていた頃。
願ってもみなかった英賀からの誘いを私は断った。
あの日、私は寝不足だったしとても疲れていて、お酒を飲んだら失態を犯してしまう危険性があったから。
上品で知的で明るい女性が好みな英賀に嫌われたくないという気持ちが強く、私はその誘いを断った。
英賀からは1言「残念です」とLINEが来た。

でも、それからも私と英賀はとても仲良しで、とうとう周りから「英賀さん、美聡さんのこと好きですよね?」と言われるように。
私も彼の気持ちは感じていた。
すごく嬉しかったし、でも、英賀が私のどこを好きになったのかわからない。
私は彼の好きな女優に顔が似ているので、見た目もあったかもしれない。

実は両思いということがわかってからは毎日が楽しくて楽しくて、よりおしゃれに気遣うようになった。
時々、素っ気なくしてみたり、英賀を飽きさせない努力までしていた。
けれど、今思えばそんなの必要なかった。



あの時の私に必要だったのは、両思いに胡座をかくのではなく、もっと早く真実を告げるべきだった。



本来の私なら英賀との関係をここから一気にクロージングしていくんだけど、そうできなかったのは理由があった。



英賀だけではなく、私は全社員にある嘘をついていた。


それは私が既婚者であると言っていたこと。本当は彼氏もいない正真正銘の独身なのに既婚者のふりをずっとしていた。
かなり綿密に作り上げた架空の家族の話も細かく設定し、恐らくこの嘘に気づける人はいないと思う。
なんでそんな嘘をついていたかというと、簡単にまとめるとストーカー対策。
私は派手な言動と女子アナみたいな見た目が仇となり、昔、同僚の男性からストーキングされた経験がある。
それはそれは怖いもので、後をつけられたり、変なメールが毎日届いたり、すごく怖かった。
実際、告白された男性のほとんどには「実は既婚者で子どもも夫もいるんです」と言って断っていた。
既婚者って言うと大抵の人はすぐに引き下がるんだよね(笑)。


英賀との恋はこの嘘が引き裂いたと思ってる。


英賀とLINE交換をしていた私は、派遣を辞めてもいつでも彼と会えると思っていた。
だから、「社員にならないか」という英賀からのオファーも断った。

彼と再開してから3ヶ月後、私は派遣を辞めた。
最終日、英賀に「お世話になったから」という体裁で少しオシャレなお菓子とコーヒーを渡した。
もちろん手紙も添えた。
派遣社員の最終日を幹部がエレベーターまで見送るなんてその会社ではないことだったけれど、英賀は見送ってくれる予定だった。嬉しかった。
もっともっとこれから、今度はプライベートで会って、その時、本当は独身だということを伝えようと考えていた。その話を2人きりになれるエレベーターの中で少しだけしようとずっと前から考えていた。

だけど、英賀は見送りには来れなかった。
私の席まで来て少し話して、「じゃあ」という時に、まさかの社員が邪魔をした(仕事の話をしただけだけど)。
私は緊急性が低いそんなことは後回しにして、エレベーターまで送ってほしかった。
でも、彼は社員の他愛ない会話を優先させた。
私は1人で静かに席を立ち、英賀を振り返らないまま部屋を出た。
きっと彼は目で私の背中を追っているとわかっていたけれど、最終日の私を優先させてくれない野暮ったさに少し腹を立てていた。
だけど、やっぱり英賀が恋しくて部屋を出てすぐそこにエレベーターがあるけれど、しばらく彼を待っていた。
彼は来なかった。
ガラスになっているドアから向こうを覗くと、彼はまだ社員と話をしていた。



でも私のことを見ていた。
私達は数秒間見つめ合った。



英賀は泣き笑いのような悲しい表情をなぜかしていた。



その彼を見て、「もしかしたらこれが最後になるかも」となぜか私は思った。



そしてその通りになってしまった。

英賀は当時妙齢で、「今すぐにでも結婚したい」と公言していた。
そんな彼が既婚者だと思っている私に積極的に連絡をしてくるとは思えなかったし、きっと結婚できない私を追いかけても無意味だろうと割り切るだろうと予想していた。

英賀の会社を辞めてからもしばらくは私は連絡をしていた。
でも、1度も彼から返事が来たことはなかった。
すごくせつなかった。
会いたくて苦しくて、どうして嘘をついてしまったのか悔やんだ。
英賀の性格上、こうなる可能性も孕んでいたのに、そのことに私は気づいていたのに、希望的観測で読みを誤ってしまった。

英賀のことを引きずっている時に夫と出会い、英賀の話をした上で彼は交際を申し込んできた。そして結婚して今に至るんだけどね。
実は入籍する前日に英賀に連絡をしたんですよ、私。
まだまだ全然忘れられなくて。
でもやっぱり彼から返信はなかった。既読にもならなかった。
それを最後に私は全てを一掃するつもりでLINEのアカウントを削除した。
つまり、もう2度と英賀と連絡は取らないと決めた。

1年ほど前、私の友達が英賀と繋がっていることを偶然知った。
心は一気に彼にフォーカスしたし、友達を通して連絡を取ろうと思えばできるけれど未だしていない。きっと、これからもしないと思う。
それは私が本物の既婚者になったからじゃない。
私なりに英賀の幸せを思ってるから。

結婚したくてしようがなかった彼のことだから、もしかすると、もう誰かと結婚しているかもしれない。
これまでの私の恋愛経験を総動員すれば、彼をこちらに振り向かせる自信はわりとあるけれど、それが私にとっても彼にとっても幸福なこととは思えない。
なにより、英賀が望んで手にした幸せを壊したくない。

結婚して数年が経っても、たまに彼の夢を見る。
夢の中でも甘酸っぱく切ない気持ちを私はしている。
彼は時々私を思い出すだろうか?
昔、両思いだった相手が今でも自分を思ってるなんて都合の良いことがあるわけないと思いつつ、そうだと良いなって夢を膨らませる。

時は不可逆的だけど、もしもあの時に戻れるなら嘘はつかない。
英賀だけには本当のことを話したかった。
ずっとそう思いながら、この恋にたまに思いを馳せるんだろうな、私は。

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