見出し画像

若かったらね



行きつけの美容院は客層の年齢が高い。

元々は母に勧めてもらったのだが、店内の雰囲気も良く、美容師の方の全員生き急いでないゆるっとした空気が気に入ってしまい通い続けている。

お客さんも四、五十台の女性やグレーヘアーが素敵な方が多く見える。

その日も毎度お馴染みの美容師さんに切ってもらっていた。

自分の席からは姿がはっきり見える位置では無かったが、後ろの席はヘアカラーをされている方だった。
随分と話が盛り上がっており、会話の内容から祖母と年齢が近そうな方だと推測した。

どんな流れだったかは覚えていないが、担当の美容師さんと話が盛り上がった流れで、

「若かったらねぇ〜」
とその方が口に出した。

常に言い慣れている言葉なのだろう。
特に慰めて欲しいわけでもなく、ちょっとした会話の中のジョークとしてサラッと発したようなトーンだった。

その言葉に間髪入れず、しかしながら主張するわけではないハツラツとした声で美容師さんが口を開いた。

「いつでも若いですよ〜!」

ハッとした。
それは無意識に自分の中で浮かんでいた返答とは異なっていたからだろう。

そのお客さんも同じだったようで、「あっそうねぇ、いつも年で誤魔化すために言ってたんだけどねぇ」と少し詰まりながら話し、また先程のように軽快なリズムで二人とも話し始めた。

恐らく自分だったら、まだまだ若いじゃないですか〜とか言っていたかもしれない。

もちろんそれも肯定的な言葉だが「若くない時がいずれ来る」という意味が含まれている。

しかしこの美容師さんの「いつでも若い」という言葉は「どんな年齢になっても若い」という意味になる。

その上、彼女の発するスピードが素晴らしかった。
あの速度で口にするのは常日頃思っているか、接客トークスキルが異様に高いかのどちらかだろう。

私はあの言葉が咄嗟に口に出るだろうか。

他人に対して出るということは、自分に対しても思っているということだ。

凝り固まった価値観を変えるのはこのような気づきがないと難しい。

それでも気づく時は一瞬だ。
昨日と今日で人は変わると言うが、こういうことなのだろうか。

髪をカットしてもらいながらそんなことを悶々と考え続けた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?