おや、虫の居所が悪いサクくんが、肩をいからせて歩いていますよ。

サクくん、とっても怒っている。

とても虫の居所が悪い。

なぜかって?

泥だらけの靴下をそのまま洗濯機に入れたら、お兄ちゃんのお気に入りの洋服が汚れた。

お兄ちゃんが「洗っても洗っても、取れない。最悪。」と言って睨みつけてきた。

サクくんが見ると、汚れは、ほんのちょっぴり。

ホッとしたような、納得がいかないような、複雑な顔をしていると、

「サク、最悪。サイアク、サク。」

と、ますますじっとり睨んできた。

「サク、今日から、サイアクって呼ぶから。」

お兄ちゃんはそう言うと、サクくんの部屋のドアをバタンと閉めて、行ってしまった。

サクくんは、最初は謝ろうと思っていたのに、お兄ちゃんの迫力に押されて、そのタイミングをすっかり逃してしまった。

「あ。」とだけ呟いて、悲しい気持ちになってきて、少しだけ涙がにじんだ。

ティッシュで涙を拭いて、鼻をかむと、今度はムカムカムカーッと、怒りがわいてきた。

サクくんは、まだ明るい夕方の町へ飛び出した。

住宅地を抜けて、神社のわきを通って、登下校の時に通る商店街まで来た。

サクくん、すごく怒っていて、はたから見てもそれがわかるくらい、肩をいからせて歩いた。

両ポケットに手を入れて、早足で、ズンズン歩いた。

魚屋のおじさんがニコッと笑いかけても、おじさんに気づかないふりをして、ズンズン。

呉服屋のおばさんが、お客さんと立ち話をしている横を通り過ぎて、ズンズン。

肉屋のおじいさんが、アツアツのコロッケを並べているのにも目もくれず、ズンズン。

ズンズン。ズンズン。

商店街の一番はじっこにある、和菓子屋さんの前まで来た。

和菓子屋「かど屋」のおばあさんは、サクくんとは顔なじみ。

サクくんは、お母さんがよく買ってくるみたらし団子が大好き。

サクくんだけじゃなく、お兄ちゃんも、お父さんも、家族全員、ここのみたらし団子が大好き。

ズンズン歩いていたサクくんが、少し足を止めたら、かど屋のおばあさんはすぐに気づいて、サクくんに手まねきした。

サクくんはお金を持っていなかったし、何よりも、とっても怒っていたので、入るかどうか迷った。

うつむいて、足元の石ころを靴のつま先でいじっていると、おばあさんが近づいてきて、お店から出てきた。

「サクちゃん。おいで。いいものをあげるから。」

サクくんが、それでもまだ、迷っていると、

「んん?どうしたの?」

と言って、おばあさんは、ポケットに入ったままのサクくんの手に少しさわった。

サクくんは何だかたまらなくなり、鼻がツーンとしてきた。そして、おばあさんに手を引かれて、お店の中に入ると、涙が出てきた。

おばあさんは、かっぽう着からはみ出していたタオルをサクくんに渡して、お店のショーケースの裏側に入っていった。

サクくんがそのタオルで涙を拭いて、鼻水も拭くと、タオルから、かど屋の匂いがした。

かど屋の匂いつきタオルには、「かど屋」とちゃんと書かれていて、電話番号が書かれていた。

サクくんは、それを見て面白くなり、少し笑った。

「サクちゃん、お団子好きよね。これ、おばあちゃん失敗したやつだから、持って帰りな。」

かど屋のおばあさんは、そう言ってパックに入ったみたらし団子を2本くれた。

「全員の分はないから、こっそり食べなね。」

サクくんは、泣いたのでボーッとしてしまって、何だかお礼も言えないまま、お店を出た。

おばあさんが手を振ってくれたので、そこで初めてハッとして、あわててペコリと頭を下げた。

サクくんは、パックに入った2本のみたらし団子を両手で大事に持ちながら、さっき来た商店街の道を戻った。

肉屋のおじいさんがサクくんを見て、片手を上げてニコニコした。

サクくんは、肉屋のおじいさんにペコリとした。

呉服屋のおばさんは、お客さんとの立ち話を切り上げるところだった。

そばを通ると、おばさんのお化粧の匂いがした。

魚屋のおじさんは奥に入っていて、代わりにおばさんが店先に立っていた。

魚屋のおばさんが、サクくんにニコッとしたので、サクくんはふかぶかとおじぎをした。

商店街を抜けて、神社の前を通る時、サクくんは、ふと気になって、鳥居をくぐって、奥へ入って行った。

サクくんは、おさいせんを持っていなかったので、ちょっと申しわけないような気持ちでガラガラと鈴を鳴らし、みたらし団子をわきの下にはさんだまま、手を合わせた。

そして、すばやくみたらし団子をまた両手で持ち直して、そこからは軽い足取りで家まで帰った。

カギが開けっ放しだったので、そのまま家の中に入り、カギを閉めて靴を脱いだ。

そっとリビングをのぞくと、お兄ちゃんが1人でソファーに座り、ゲームをしているのが見えた。

迷っていると決心がにぶる気がして、サクくんは思い切って声をかけた。

「お兄ちゃん。ごめん。」

お兄ちゃんは、ゲーム画面から目を離さなかったけど、「んー。」と答えた。

サクくんは、それだけでホッとした。

お兄ちゃんが、ゲームのステージをクリアしたのがわかったので、サクくんは、

「お団子。お兄ちゃんと食べるやつ。」

と言って、お兄ちゃんの視界に入るように、ゲーム機の近くにお団子を差し出した。

「お、かど屋の?」

「うん!」

お兄ちゃんの弾むような声を聞いて、サクくんはますます嬉しくなった。

お兄ちゃんがゲーム機を脇に置いてお団子を食べ始めたので、サクくんも、ソファーにちょこんと座り、お団子を食べた。

「サクなぁ、あれはないぜ。泥落としてからなー。」

と言って、お兄ちゃんはお団子を片手で持ちながら、またゲームを再開した。

「わかった。でもまた忘れたらごめん。」

「忘れんなよー。」

お兄ちゃんはもう笑っていた。そしてボソッと、「ごめんなー。」と呟いた。

小さい声だったけど、サクくんにはちゃんと聞こえた。また鼻がツーンとしてきて、あわててかど屋のタオルで鼻を拭いた。

実は、かど屋のおばあさんのタオルをうっかり首にかけて持って来てしまったのだ。

だけど、あれ?と思った。

お団子は失敗したって言ってたけど、ちゃんと形も良くて、美味しかった。

おばあさんは、ほんとは、美味しいお団子を分けてくれたのかな。

僕がとっても怒っていたことも、ほんとはとっても悲しかったことも、おばあさんにはわかってしまったのかな。

サクくんは、涙でまたボーッとしてしまい、考えがまとまらないまま、最後のお団子をパクッと食べた。

おしまい

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