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これまでのアルケミーとは何だったのか

2023年5月8日、スタンダードへのテコ入れと言えるローテーション期間の変更が発表された。

スタンダードの人気はここ最近減少傾向である。それは身の回りのプレイヤーや店舗の声からだけでなく、開発元であるWotCやHasbroの開発者の発言からも伝わってくる。

現在の最も人気なフォーマットである統率者のプレイヤーがユーザー全体の8割を占め、競技プレイヤーは2割と言われる(※1)。現在スタンダートは全くスタンダートではなくなってしまった。

その手段の是非はさておき、テコ入れのタイミングとしては何の不思議もない。

スタンダードのテコ入れで大きな影響を受けるのは何か?

https://magic.wizards.com/en/news/mtg-arena/introducing-alchemy-new-way-play-mtg-arena-2021-12-02から引用

そう、アルケミーである!

2021年12月9日に導入されたアルケミーはあまりの人気のなさを揶揄されることすら多いアリーナ専用フォーマットである。

ランク戦では最高ランクのミシック帯でも、3つ下で下から3番目のランクであるゴールド帯としょっちゅうマッチし、一番下のブロンズ帯とすらマッチする過疎っぷり。

トラッキングツールを提供しているuntapped.ggで記録されているゲーム数を見てもその人気のなさは一目瞭然。2023年5月14日現在記録されているゲーム数はここ一か月でBO1でスタンダードがアルケミーの20倍、BO3で40倍程度である。正確な数字こそ把握していないが、untapped.ggで確認する限り、スタンダードはずっと10~50アルケミー程度の人気である(※2)。

テコ入れされた人口が増えずに危機感を各方面に感じているスタンダードであるが、アリーナフォーマットとしては一番人気である。アリーナ専用フォーマットであるアルケミーはテコ入れ前のスタンダードとローテーション期間が変わらず、一番人気のフォーマットとの関係が変わったことは実質的にアルケミーのテコ入れでもある。

(※1)はじめ筆者は2割も競技プレイヤーはいないだろうと思ったが、プロツアーを目指すような競技イベントを目的にプレイするプレイヤーという意味ではなく、パーティーフォーマットである統率者に対しスタンダート、パイオニア等を競技フォーマットとしてそれをプレイするプレイヤーというもう少し広義な意味であると解釈している。

(※2)時期にもよるが、他のアリーナフォーマットではヒストリックの人気はスタンダードの1/10から1/5程度の人気という印象である。正確な数字は控えていないので筆者の印象ではあるが、アルケミーより人気なのは確かで、3~10アルケミー程度の人気はある。

アルケミーはなぜ生まれたのか

私がMagic: the Gatheringにはじめて触れたのは2019年、2018年11月にMTG アリーナがリリースされ、2019年2月に日本語化という直後の最もアリーナに熱気があった時期だ。

現地でMTGアリーナをプレイする形で開催された世界選手権2019、優勝したPVことPaulo Vitor Damo da Rosa氏がトロフィーを掲げる姿は始めたばかりだった私を含め、多くのプレイヤーの印象に強く残っている。

その熱気の中、私はMTGに熱中し24人のトッププロであるMPL (Magic Pro League) のメンバーになったりもしたが、アリーナの熱がリリース時から減少傾向にあるというのは私の過去の栄光に縋る気持ちが見せる妄想ではないだろう。

Google TrendsでMTGAを調べるとリリース時にピークを迎えた盛り上がりはやや減少傾向にあることがわかる。

リリース直後に盛り上がってこの程度ならまあそんなものかと思われるかもしれない。だが、2021年3月25日にAndroid端末およびiOS端末版のリリースがあり、現在もSteam版を開発中であることを踏まえると、リソースをかけて伸ばそうとしているが伸び悩んでいるという状況に見える。

モバイル版リリースのアナウンスがあったときはそれなりに盛り上がったように記憶しているし、モバイル版でプレイヤーの増加を予想するコメントも多かった。今でも公式放送の度にモバイル版の広告が流れる。しかし、トレンドで見ると全く変化がわからない。

スタンダードのトレンドと並べてみると見事に凹凸の時期が一致している。MTGアリーナとアリーナで最も人気なフォーマットのスタンダードのトレンドは連動している。(もっとも、スタンダートのほうがはっきりと減少してはいるが)

それで先日のスタンダードへのテコ入れアナウンスである。もちろん、思いつきでテコ入れをしたわけではなく、様々な背景があったうえで検討を重ねてのものだろう。であるなら、それと連動しているMTGアリーナのほうにも危機感を感じてテコ入れが検討されてきた可能性が高い。

「なぜスタンダードが紙でプレイされないのか」という問いに対する理由として「アリーナでプレイできるから」というものをよく見かける。これは一理ある一方で、もっと根本的な問題への回答にはなっていない。

紙のみならず、アリーナを含めたスタンダードに改善が必要と考えられており、アルケミーはMTGアリーナ、もっと言えば競技フォーマットへのテコ入れを試みたものだったとしてもおかしくない。

デジタルプレイヤーは変化を好むから、という既存プレイヤーに向けた控えめなアナウンスの裏には、「このままじゃまずい、デジタル方面でプレイヤーを引き留め、さらに新規を獲得するための改革が必要だ」という強い危機感があったのではないかと考えている。

そして始まったアルケミー

人は変化を嫌うもので、紙のカードを好むプレイヤーからはそれなりに反発があったように覚えている。

デジタル限定のカードや再調整について、やれ「調整の努力の放棄」だの、やれ「自分がMTGに求めているのはそんなものじゃない」だの単にnot for youなだけなのに…

それはさておき、デジタルでMTGにはまってプロプレイヤーになった私はアルケミーのアナウンスに歓喜した。

MTGの持つ奥深いゲーム性にデジタルならではのギミックが加わり自由度が増せば最高に面白くなるだろうと思ったし、紙との切り離しがされて環境整備がスムーズにされる可能性への期待に胸が膨らんだ。

《自然の怒りのタイタン、ウーロ》と《創造の座、オムナス》がスタンダードで暴れ散らかしていて明らかに両方が禁止されるべきだったとき、《自然の怒りのタイタン、ウーロ》のみが禁止になり、少し経ってから《創造の座、オムナス》が禁止になったことがある。新セットのトップレアであるオムナスを禁止にして売り上げを落としたくなかったのだろう。オムナスが禁止になるまでの期間デジタルのプレイヤーである自分としては火事になりながら対岸の都合で消火活動が始まらないというような気持ちであった。

私がデジタル要素の取り入れと紙のカードからの切り離しの両方に大きな期待を持っていたアルケミー、蓋を開けるとどうだったかというと、

全然面白くなかった。

面白くないだけではなく、参入障壁の高く、こんなフォーマットが流行るわけがないだろうというレベルであった。(一応補足しておくと、アルケミーがではなく、このときのアルケミーが面白くなかったということである。)

紙メインのプレイヤーから受け入れられないのはまあ仕方ない。人間はそういうものである。現状維持バイアスを持ち変化を嫌う。またデジタルプレイヤーにとっても手軽にはじめられるものではなかった。デジタル専用カードが出るということは二倍のワイルドカードを要求されるということである。それに加えてアルケミーではカードの下方修正、いわゆるナーフがある。

元々、デジタルプレイヤーは禁止に寛容なものである。実物を買ってデッキを組んでいたのが使えなくなるだけの紙のプレイヤーと違い、アリーナではどのカードにも変換できるワイルドカードが配布されるからだ。不健全な環境を直してくれたことに感謝すらしている。

それが、下方修正でカードが弱くなってもなんの補償もなしである。紙に比べたら安上がりなことには違いないが、人間というのは自分の置かれた状況を基準に考えるものである。

アルケミーリリース当時既に世界屈指のマジック廃人としてプロプレイヤーになっていた私は、実物があれば火をつけて「どうだ、明るくなったろう」とやりたくなるほどのワイルドカードを持っていた。しかし、プレイを始めたばかりだったら、スタンダードの倍のペースでワイルドカードを要求され、ナーフに対する補償もないフォーマットをやりたいとは思わなかっただろう。

さきほどのトレンドにアルケミーを追加すると、リリース時をピークにプレイヤーの少ない関心が更に減っていく様がわかる。最悪なスタートを切ったアルケミーは、数字上特に改善されることなくここまで来てしまった。

こんなことを書いておいてなんだが、本記事にアルケミーの悪かった点を羅列してあざ笑う意図はない。むしろこれまでのアルケミーの良かったところを語りたいという気持ちで筆を執っている。

私はプロツアーに相当する年に3回のイベントであるセットチャンピオンシップのアルケミーが採用された回にプロプレイヤーとして出場している。アリーナ予選を勝ち抜くと出場できるイベントであるアリーナチャンピオンシップの2回目で準優勝した佐藤啓輔氏の調整パートナーをしたのも私だ。

プレイの障壁が高い状況に変わりはないものの、ゲーム性は着実に面白くなり続けていると感じている。

こんな不人気フォーマットを競技レベルでずっと追っていて語れるのなんか筆者以外に世界で見てもあまりいないだろう。

そして愛。愛がある。

紙のマジックの代替え品としてではなく、デジタルのマジックこそが好きな私にはデジタルフォーマットへの愛がある。

愛を持ってこれまでのアルケミーの歩みを語っていきたい。

競技イベントとみるアルケミーの歩み

2021年12月9日、アルケミーがリリースされたころのスタンダードはというと、「イニストラード:真紅の契り」が最新セットで、《アールンドの天啓》を《感電の反復》でコピーするデッキが環境を支配していた頃である。

そんな中、《アールンドの天啓》や《黄金架のドラゴン》、《溺神の信奉者、リーア》といったスタンダードでよく使われたカードのナーフとともに、「アルケミー:イニストラード」の追加カードが加わった。

調整前
街裂きの暴君
 (2)(赤)(赤)
クリーチャー — ドラゴン(Dragon)

飛行
街裂きの暴君が戦場に出たとき、あなたがコントロールしていない土地1つを対象とする。それはマナ能力でないすべての能力を失い、「あなたのアップキープの開始時に、あなたがこれを生け贄に捧げないかぎり、このパーマネントはあなたに2点のダメージを与える。」を得る。

4/4

http://mtgwiki.com/wiki/%E8%A1%97%E8%A3%82%E3%81%8D%E3%81%AE%E6%9A%B4%E5%90%9B/Town-Razer_Tyrant

ここで最も存在感を発揮したカードは《街裂きの暴君》である。このセットは《街裂きの暴君》以外にも《審問官の隊長》、《街追いの鑑定人》といった4マナのパワーカードが特徴的でいずれも後にナーフされる。中でも《街裂きの暴君》は強力で、まず基本土地を対象に取れないナーフがかかり、さらに誘発がターン終了時になるという追加のナーフを受けた。

このような状況で、競技シーンはというと、「ニューカペナの街角」チャンピオンシップ(オンラインのプロツアーみたいなもの)の予選が行われていた。このセットではオンラインイベントで個人の主催のものでチャンピオンシップの権利戦(いわゆるPTQ)があり、その中のいくつかでアルケミーがフォーマットに採用された。

このあたりのアリーナでの競技の話は公式にこそないが上の同人誌によくまとまっている。私も寄稿していて宣伝になってしまうが、良いので買うといい。買ってくれ。

前節で全然面白くなかったと述べたのがこの環境なわけであるが、何が面白くないかというと、4マナまで綺麗に土地を伸ばしてスペルを唱えるゲームであったことだ。

権利戦で準優勝したデッキ、https://melee.gg/Decklist/View/202857から引用

現在のスタンダードでは3マナのカードが強く、土地が2枚で止まって3マナアクションが遅れるとそのまま負けということがよくある。このようなことが4マナまで伸びないと起こるのである。

ストレスなくキープできる手札といえば土地4に2, 3, 4のスペルのようなものだけで、4Tまでに土地を引けなかったせいで負けが頻発。

4マナが強いのであれば、カウンターなどの対応札でテンポを取って勝てばいいとなりそうだが、《街裂きの暴君》の入っているデッキが狼男ベースで自ターンをマナオープンでパスするデッキに相性が良く、対応するデッキを使うにもまた大きな運が必要であった。

なぜこんな環境になってしまったかといえば私の中で有力な説が二つある。

【説1】 WotCはミッドレンジ環境を作りたかった
スタンダードを支配していた《アールンドの天啓》や、もっと前に禁止になったカードでは《裏切りの工作員》、《運命のきずな》など、重くて唱えて即勝ちではないカードが強いと負けた側の不快感が大きい。構えあうゲームのテンポは悪い。だからと言ってあまり速くしても、なすすべもなく負ける不快感があるため、4マナに強いカードを集中させゲームレンジのテコ入れを図った。

【説2】 デッキの多様性のため4マナに集中させた
はじめてのアルケミーセットであるため、スタンダードとの違いを出すためにアルケミーカードには存在感が欲しい。しかし2マナや3マナの採用しやすいマナ域に強いカードを作りすぎるとアルケミーカードを寄せ集めたデッキが環境を支配してしまう。そこで4マナという採用枚数が限られるマナ域に集中させた。

つまらなかったはつまらなかったがそう簡単にじゃあどうすれば良かったと言えるものでもないだろう。多分生まれたてのアルケミーなりに頑張って歩こうとしていたのである。

権利戦の優勝デッキ、https://melee.gg/Decklist/View/202232から引用

ちなみにさきほどのデッキが準優勝したイベントで優勝したのはナヤルーンである。サイズの大きい絆魂クリーチャーを作って殴るデッキであるので、グルールカラーのビートには相性がいい。このナヤルーンは土地以外完全にスタンダードのデッキで、一応メタは回っているし参入障壁が下がったという見方もできなくはない。が、アルケミーカードに極端に使うデッキを制限されたフィールドでわざわざプレイしたかというとそうではないと数字が語っている。

2022年1月25日、《街裂きの暴君》一回目のナーフ。白の4マナクリーチャー《審問官の隊長》もナーフされる。

ついでにリミテでしか使われないギミックのダンジョンがバフされる。こんな弱小ギミックをちょっと強化した程度じゃあ使われないだろうと思われた。このときは。

そんな状況で2022年2月18日、「神河:輝ける世界」がリリースされ、スタンダード、パイオニア最強カード候補筆頭の《鏡割りの寓話》が登場。アルケミーカードはセットごとにリリースされるが、その前に初のアルケミーがプレイされる初のPTクラスのイベント、神河チャンピオンシップが3月11日に開催される。

デッキリスト提出を一週間後に控えた2月23日、《街裂きの暴君》が追いナーフされる。一度目のナーフではほぼノーダメージだったのでそれはそうという感じである。

ついでにゾンビとかいろいろバフされた。

さて、年に3回のチャンピオンシップのフォーマットに選ばれ、アルケミーが少しは盛り上がったかというと、それはもう全く盛り上がらなかった。競技イベントに大した集客効果はない。あったらMPLももっと続いているだろう。ランク戦アルケミーはチャンピオンシップ参加者同士でマッチするかあるいはすごく下のランクの相手とマッチするという、最も相手のレベルにばらつきのあるモードと化していた。

そしてついに迎えた神河チャンピオンシップ。

神河CS優勝デッキ、https://melee.gg/Decklist/View/205631から引用

優勝した。ダンジョンが。

世界屈指の強豪チーム、Channel FireBallのチームデッキである。

メタゲームブレイクダウン(大きいイベントではイベントの少し前にデッキの分布が公開される)にダンジョンがいたことに少なくないプレイヤーが驚き、優勝してまた驚いた。

これには優勝者のEli Kassis氏のみならずWotCの調整チームも大喜びだろう。
ナーフされたカードである《審問官の隊長》や《街裂きの暴君》を使ったデッキもTop8に入っており、結果的にワイルドカードを切ったプレイヤーも裏切らないところに環境が落ち着いたように見えた。

見るに耐えないスタートダッシュを決めたアルケミーがここまで整ったのは見事としか言いようがない。

次の週の3月17日にアルケミー:神河が追加。

もう一週間経った25日に開催されたチャンピオンシップ予選ので優勝したのはラクドスミッドレンジ。

使われたカードは神河アルケミー三種の神器と呼ばれる3枚の2マナインスタントソーサリーである。

《痛ましい絆》はナーフ後のもので、ナーフ前は「マナ総量が3以上」。アルケミーのナーフはワイルドカードを切ったプレイヤーへの配慮か控えめなものが多いが、こればっかりはアンコモンだからかあまりに雑なナーフである。

ちなみに私しかそう呼んでいないので、読者は今からそう呼ぶことを推奨される。多分そう呼ぶことを決めても話す機会がないので、アルケミーについて話す機会を自分から作ることも推奨される。

2マナの軽いところに強いカードを集中させるとこのような欲張りセットデッキが環境を支配してしまう。個人的にはこちらのが好みではあるが、同じデッキに当たり続けることを嫌うプレイヤーが多いことを鑑みれば、4マナにパワーカードを集中させたイニストラード:アルケミーには理があったのだろう。

リリースから一週間にも関わらず、サイドには《街追いの鑑定人》や《地底街の略取》への対策である《万物の姿、オルヴァール》が採用されていることからも当時の存在感の大きさを感じられるのではないか。

せっかく作り上げた多様性を破壊してしまった神河:アルケミーであるが、競技プレイ好きとして《溶鉄の衝撃》のカードデザインには称賛を送りたい。

というのもこのカードは《鏡割りの寓話》への回答になっているからである。《鏡割りの寓話》は強すぎて、《鏡割りの寓話》を引いて出せば出すほど有利になる引いたかどうかのゲームがスタンダードやパイオニアではそれなりに発生する。後から対処しようにもマスト除去な裏面に、放っておくとどんどんテンポを稼ぐゴブリントークンがついてくる。基本的に出された時点で相手のアドバンテージが確定する。

しかし、《溶鉄の衝撃》はタフネス2以下2体を2マナのカード1枚で処理できるため、しっかり裏目になる。効果がターンを跨ぐこともデジタルならでは。

《鏡割りの寓話》も《溶鉄の衝撃》も赤だから赤を使うしかないのには変わりないではないかと言われればそれまでであるが。それでも《鏡割りの寓話》を出すだけのゲームが減り、どのタイミングで出すか、どう相手に《溶鉄の衝撃》を使わせるかといった駆け引きが発生することについては喜ぶべきだろう。

このような既存の強いカードを対策できるアルケミーカードの存在はもっと評価されてもよいのではないか。

このニューカペナチャンピオンシップは、オンラインで行われたプロツアー相当のイベントであるセットチャンピオンシップの最後のものだ。ここまで時系列で追ってきたが、ここからはベンチマークとなるようなアルケミーのイベントが飛び飛びになる。

2022年4月7日、エルフや装備品関係がバフ。

残念ながら使われているのは見たことがない。

おなじみのエラッタ前のもの

ついでに《血の芸術家》に修正がかかった。対象を取る能力が相手のみを対象とするよう変更され、誘発の度に相手のアバターをクリックする必要がなくなった。QoLの向上。ある研究によるとアルケミーは健康にいい。

2022年4月29日に「ニューカペナの街角」がリリース、6月2日に「アルケミー:ニューカペナ」リリースされる。

画像はナーフ後のもの。元のシンボルはRG1

目玉商品(?)はなんといっても《舞台座一家のお祭り騒ぎ》。

特にイベントとかはなかったが、強すぎたので禁止になった。

何が禁止になったか、7月7日に禁止になったカードは言うまでもない

《にやにや笑いのイグナス》である

《にやにや笑いのイグナス》は《語りの神、ビルギ》や《ゆすり屋のボス》と合わせて無限に手札に戻して出してを繰り返すことができるので、《舞台座一家のお祭り騒ぎ》があればデッキの全ての2マナ以下のクリーチャーを出すことができる。

は?再調整ができて禁止を出さなくていいフォーマットで禁止って笑

と揶揄するコメントがされていたのを覚えているが、この禁止には一定の理がある。まずアルケミーでのレア以上のナーフは慎重にされていることが今までの事例からわかる。《にやにや笑いのイグナス》はアンコモンで、修正を入れたときプレイヤーに最もダメージが小さい。

また、《にやにや笑いのイグナス》の能力は《ゆすり屋のボス》のように永久修正を付与するアルケミーカードと相性が良く、今後のカードデザインを制限する可能性が大きい。まあ、《ゆすり屋のボス》のほうも結局ナーフされるわけであるが…。

ここで、スタンダードで禁止になる《食肉鉤虐殺事件》へのナーフも入っている。

ナーフ後の《食肉鉤虐殺事件》は2か月後のアリーナチャンピオンシップでシナジーの大きいラクドスサクリファイスで使われるが、他のデッキでは使われず。いい塩梅の調整である。

この禁止改定と同日である7月7日にアルケミーホライゾン:バルダーズゲートがリリースされる。1セット分のスタンダードリーガルでなくデジタル向けに調整されたカードも多く加わり、いよいよスタンダードとは大きくゲーム感が変わってきた。

8月にはアリーナチャンピオンシップ、プロツアーへの参加権利が懸かったアリーナ予選がアルケミーであった。それぞれ、デジタルでは最大、紙では世界選手権の次に大きいイベントである。

このとき強かったのは《不吉な旅人》を何度も出し入れするデッキである。

ゴブリンの罠探しはナーフ前は2軽減、ゆすり屋のボスは永久に付与された能力が失われなかった。

マナコストを軽減を重ね掛けしてマナが減るどころか増やしながら無限にクリーチャーを展開するデッキである。さすがにまずいということで《ゆすり屋のボス》が《舞台座一家のお祭り騒ぎ》とともにナーフされるが、《語りの神、ビルギ》、《ゴブリンの罠探し》、《不吉な旅人》の3枚でも十分すぎるほど強かった。

結局このコンボのアリーナ予選の勝ち組デッキになった。。

2022年9月9日に「団結のドミナリア」がリリースされるとともにローテーションで《語りの神、ビルギ》が落ちたことでこのコンボはアルケミーではついに消滅する。しかし、ヒストリックですら強すぎたため《ゴブリンの罠探し》は結局ナーフされた

9月25日、一回目のアリーナチャンピオンシップが開催。2023年5月現在からみて最後にあった予選を勝ち抜かなければ出られないアルケミーのイベントである。

優勝したデッキ、https://melee.gg/Decklist/View/245143から引用
準優勝したデッキ、https://melee.gg/Decklist/View/246132から引用

決勝戦はラクドスサクリファイスのミラーマッチであった。スタンダードで一時期流行ったデッキである。《命取りの論争》がスタンダードでは使えなくなり消えたのがバルダーズゲートでの再録によりアルケミーではいまだ健在であった。

TOP4のデッキ、https://melee.gg/Decklist/View/246130から引用

最大勢力のエスパーがアルケミーカード満載なのとは対照的にラクドスはテキストが紙のカードと同じものが多く対照的と言えなくもない。

《舞台座一家のお祭り騒ぎ》、《ゆすり屋のボス》というやらかしカードを出したアルケミー:ニューカペナであるが、個人的に評価したいカードは《ザンダーの目覚め》である。

書庫の鍵だと時間のねじれが大当たり

ドラフトというのは15枚の事前にカードごとに決められたから3枚ランダムに提示され、1枚を選んで手札に加えるギミックである。

このギミックの第一印象は「面倒で面白くない」であった。

ギミックの意図としては、毎回違うカードが提示され選ぶことなり異なる体験を楽しめるというものであったはず。しかし、提示されるカードの強弱やデッキに合っているかどうかで大抵当たりが3枚にあるかという試行にしかならない。やっていることはコイントスやダイスロールと大して変わらないのに15枚のカードを覚えるのが面倒であるという印象であった。

しかし、《ザンダーの目覚め》は面白かった。まず、ドラフトされるカードが黒のクリーチャーというある程度絞った範囲で、それぞれ接死や飛行、ETBのドロー、ドレイン、マッドネスなどいずれも使いたい場面があるものが多かった。また、《ザンダーの目覚め》は複数回の誘発を前提に採用されるカードであるので、それなりの試行回数を確保できた。そのため、コイントスで負けたせいでゲームに負けたというような不快感は少なくまた、プレイの幅を広げるカードである。

バランスだけではなくギミックも進化を遂げている。他のギミックや新ギミックにも期待したいところである。筆者はバグを見つけてハックするような楽しみ方をしているので、アルケミーギミックでは永久修正が好きだが、すでに何度もやらかしていて調整コストが明らかに高いので今後どうなるか…。

2022年10月6日にアルケミー:団結のドミナリアがリリース。筆者の大好きな永久修正がまたやらかす。

ナーフ前のニアンビは手札以外から出ても誘発

《愛される守護者、ニアンビ》をコピーとして場に出るクリーチャーでコピーすると伝説ルールで墓地に行き、能力でそのまま戻すのを繰り返すとドロー能力を何度も獲得し大量ドローできるというもの。11月15日にナーフ

2022年11月18日に兄弟戦争がリリースされ、12月13日にアルケミー:兄弟戦争がリリースされる。

このセットの目玉は何といっても《波の巨人、クルシアス》である。クルシアスは手札を入れ替えながら宝物を出す能力がすごく強い。2023年1月のアリーナ予選ではほとんどがクルシアスを使うデッキであった。

流石にナーフされるに違いない、と思った。

《波の巨人、クルシアス》は2023年2月28日、アルケミー:ファイレクシアリリースのタイミングでナーフなし、さらには最新である2023年4月4日の調整では忍者がバフ!クルシアスのナーフはなし!

これには多くのプレイヤーが驚いた。筆者も驚いた。だが、こうしてまとめた後に改めて考えると驚くようなことではないのかもしれない。

まず、クルシアスは永久修正のような意図しないやらかしカードではなく、意図通りすごく強いだけのカードであるということ。

そしてその強さが《鏡割りの寓話》よりは悪いものではないと感じている。《鏡割りの寓話》は出しただけで2枚分のアドで、カウンターするか、引いたかどうかになりがちなのに対し、《波の巨人、クルシアス》には除去でも対応できる。先攻3Tのクルシアスに対して後攻は2マナの除去でテンポの不利を逆転させることができるし、私の調整グループでは一度誘発したクルシアスを1マナの《絞殺》で除去してテンポを取り返す戦略を試してある程度うまくいっていた。一つの視点から見ただけで寓話よりましというつもりはないし、寓話よりましだから許されてもいいというわけではないのはわかる。だが、それをめぐる攻防という視点で見れば少なくとも、クルシアスは寓話よりも興味深いゲーム性を持っていると考えている。

そして開発チームのワイルドカードを無駄にさせないという意思だ。振り返るとナーフは極めて慎重に行われてきた。ナーフされてしっかり弱くなったがイベントで上位に入ったデッキで使われる水準は維持したというカードも少なくはない。ナーフのせいで全くのアンプレイアブルになったというカードもない、ように筆者には見える。

忍者がいつだかのダンジョンなのかはわからない。だが、ここでクルシアスのナーフがないのは容易なナーフは避けて可能な限りバフでバランスを取っていくというWotCの方針の現れなのではないだろうか。

終わりに

以上、反発を持って迎えられ、受け入れられず、改善を重ね、それでもなお不人気なままここまできたアルケミーというフォーマットについて筆者の語るところである。

人間は現状維持バイアスというものを持っており、新しいものには反発する性質がある。

ここ最近の画像生成AIに対する一部からの猛反発やそれを中心に展開される議論や議論と言うに及ばない数多の言い争い、飛び交う憎しみや感情論を見ればその性質を実感できる。

人は新しいものを拒絶するようにできているものなのだ。

少し前に人の生活基盤を変えた新規な概念にスマホがある。スマートフォン(phone)というように、実際はコンピュータでありながら携帯電話として現れ、人の暮らしに浸透していった。

受け入れられる変化の本質とは人が気づかないうちに変えてしまうことである。派手に表れて世界を一気に変えていくものではない。一見大したことのないものにこそ世界を変える資質がある。

こう考えると、スタンダードとの類似点が多く不当な敵対感情にさらされもしてきたアルケミーが受け入れられる状況に少しは近づいたのではないか。これだけ別物であれば不要な反発を招く機会も減るだろう。

一旦は、デジタルカードの是非やマジックの在り方というような感情的な論争になりやすいところから離れて、ちょっとスタンに飽きたり、スタンが好みじゃないときにやってみるかという程度のフォーマットになってくれたらいいと思う。

失敗フォーマットとして一度はなりを潜めたアルケミーがいずれデジタルのマジックを支える存在になってくれんことを、一デジタルプレイヤーとして願う。

この記事でアルケミーの面白いところ、ワイルドカードの問題は起きないように丁寧な調整がされているところが少しでも伝わっていればうれしい。やらかしが派手なせいで悪いところが目立つことが多いが、目立たないところにたくさんのいいところがあるのだ。

1アルケミー、プレイしてみないか?

アルケミーに栄光あれ。


ありそうな質問について

なんで画像がアリーナのスクショの切り抜きなんですか
→日本語のアルケミーカード画像が公式のギャラリーにないことが多いからです。公式が日本語画像ページを用意してもペイするようにたくさんアルケミーで遊ぼう!

なんでカード情報の引用やリンクが公式ギャラリーじゃなくてM:TG Wikiなんですか
→公式がナーフ前後のテキストをまとめてくれていないからです。公式がカードテキストのまとめを作ってもペイするようにたくさんアルケミーで遊ぼう!M:TG Wikiさんありがとうございます。

なんで出典が日本語だったり英語だったりするんですか
→記事が翻訳されていなかったり、逆に翻訳元の英語記事が無効になっていたりするからです。公式がアルケミーに関する記事を翻訳してもペイするように(略)。まとめるのが大変だった。

おもろいこと書くやんけ、ちょっと金投げたるわというあなたの気持ちが最大の報酬 今日という日に彩りをくれてありがとう