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短編 「とってもブラッド、すっごくフェイト」 後編

 ゆっくりとスープを飲み下す。舌を動かし、喉を開き、ようやく嚥下した。身体の動かし方を意識しないことには、日常生活も危ういくらいに、私の生命は衰えていた。多少、良くはなったけれど、スプーンを運ぶ手も少し辛い。
 日に五回も六回も、控えめの食事をとる。それを素直に食べる私も私だが、律儀に作るキハチもキハチだ。奇妙な関係。ただ古書店に迷い込んだ私と、それを看病する店主。私はキハチに怪訝でありつつも、生きるために仕方なく、、餌付けされていた。
 キハチは私に食事を届ける以外は、店の方にいるみたいだった。一人として客の来ない店の番をしているらしい。昔は作家だったのか、平積みされている本の山の中に、キハチの名前を見つけることもあった。けれど、それ以外は分からない。
 外へ繋がる扉には、全て鍵がかけてあり、事実上、私は古書店に閉鎖されている。キハチは何を考えているのだろう。アマネに売るつもりだろうか。
 私の方はといえば、日中は眠るか、本を読んでいる。歩くくらいならどうにかこなせるので、店の中を物色して、面白そうな本を枕元に持ってくる。元々、読書に興味のある性質ではないので、一冊を通して読むことは少なく、ぱらぱらと頁をめくり、興の乗った所だけを、カタログのように読んだ。
 まだ長い時間、起きていられるわけではないので、少しでも疲れを感じると、すぐに本を閉じて、横になる。すると、さっきまで読んでいた文章が、映像になって流れたり、時に、ルネサンス風の絵画になって登場したりする。特にルネサンス風である意味はないと思う。別にパロック風の建築でお、ロマン主義音楽でも、とにかく古臭いものなら何でもいい。というのも、そういった古いものを連想するのは、枕元に置かれた古書の匂いが原因だからだ。それも石造りの堅牢さはなく、乾いた、柔らかな藁の、甘い香りが眠りの中に入り込んでくる。
 もしかすると、私はそういった呑気な夢をわざと見ているのかもしれない。
 奇妙な関係はいつまで続くのだろう。
 一日中、横になっているせいか、一度目が覚めると中々寝付けない。だから、訳の分からない事ばかり考える。目を瞑り、アマネに甘えていた頃、それ以前の世界の色。明日のご飯の心配、アマネに再会できた後のこと。キハチの思惑。夜の引き裂き方。ビルの地下の一角で陽も浴びず、月も見ない生活がここ一週間ほど続いて、私もどうやら気が滅入っているみたいだ。小さな部屋に籠もっていると、私だけが世界から取り残された気分になる。外へ出たら、誰も私のことを覚えていないんじゃないか。誰も私に気付かないんじゃないか。考えても仕方のない事ばかり、頭に浮かんでくる。
 キハチが灯りを消した後のくらやみに目が慣れると、私はベッドから起き上がり、外へ通じる扉に、無駄と分かりつつ、手を掛けた。案の定、扉は開かない。が、今日はもう少し、粘ることにした。いつもキハチが座っている辺りに近付き、鍵がないか探す。灯りがないため、影になっている所は文字通り、手探りで確かめた。
 と、その時、フロアに電気が灯る。
 振り向いた先では、キハチが私に銃を向けていた。
「何だ、お前か」
 キハチはほっと息を吐き、構えていた銃を下ろした。
「強盗だと思うだろう。早くベッドに戻りなさい」
 私はキハチの言葉に従わず、鼻を掻いた。
「私はもう寝たいんだ。早く、戻りなさい」
「どうして、私をここに置いているの?」
 自室に戻りかけていたキハチが振り返る。
「まだ外に出られる身体じゃないだろう」
「だから、どうして私に優しくするの?」
「家族がいないと聞いたからだ」
「だから! どうしてあなたなの……」
「……出会ってしまったからだな」
 キハチは懐から煙草を取り出し、咥えた。
「人は、自覚さえあれば、どんな物事にも責任を持てるもんだ。あの日、君が家に飛び込んできてから、私とソメイ君は出会ってしまった。そして、君は家族はいないという。怪我を抱えたまま、日常生活を送れるような身体には見えない。おまけに何やら訳ありの様子。ほっておけないと感じる理由は、充分すぎるほどだ」
「だからって、私の世話を見る理由にはならないでしょう!」
 火を点けた煙草の一口目を、キハチは天井に向かって吐いた。
「理由ならある。私が君に責任を感じるからだ」
 私の視線を受けて、キハチは少し思案した。
「何がそんなに不満なんだか。食事の心配はない、寝床もある、それでは満足できないのかな?」
「あなたに、負担をかけてる」
「だから言っただろう。これは私の責任の問題だ。君が気にすることはないよ」
「私の身体は、私の問題だ! それをキハチにどうこう言われる筋合いはない」
 キハチは大きく煙を吐いて、豪快に笑い上げた。
「三度も言わせるな、出会ってしまった、ただそれだけだよ。世界には二つ。関わるか、関わらないか。私のような歳になると、飛び込んでくる出会いも少ない。だからこそ、一つ一つの出会いを大切にしたいと思ってくる。それが君だ。当然、関わらないという選択肢もある。それが合理的というものだ。だが、君を一人の人間と認め、関わると決めたのなら、それは私の自由だ」
 損得勘定じゃないんだよ、とキハチは呟いた。
「分かったなら、もう寝なさい」
 と言って、フロアの電気が消えた。

 それ以来、キハチが話しかけてくることが増えた。曰く。
「古く、世界は三軸の陣営に分かれていた」
「一つは東に、一つは西に、そして最後は、我が国が」
「だが、一つは滅び、もう一つは瓦解し、我が国は形を変えた」
「今、世界は緩やかに一つである。不揃いのピースを持ち寄ったパズルのように」
 食事の度、キハチは子どもの寝物語に聞かせるような話を私にする。
「その昔、国家という共同体があった。世界中に二百近く分かれ、大いに発展に尽くし、そして、ある一つの破滅を招いた。国家は民族、文化、歴史を材料に作り上げられる、想像上の概念だ。そこに形を与えるのが国境線であり、本来的には、人と人、文化と文化、言語と言語に、これといった境はなく、緩やかに差異を示すものだが、これは違う。人為的に作り上げた想像上のものであるからして、国境線に内在するのは物語だ。とある英雄と英雄が争い、あるいは勝利し、あるいは敗北し、この線が定められたと」
「人は殉死する。目に見えない君主に対しても」
「大きな物語が死に、さらに大きな物語が姿を見せる」
 私は溜め息を分かりやすく吐いて、
「そんなの興味ない」
 と答えた。歴史なら、街中ばらまかれている。ユニオン、世界統合の証、その形、色、名前、全てに意味がこめられ、広告はみんな饒舌にそれらを語る。進歩した時代、愚かな時代。長い時間をかけて、人類は勝利した。何に? それは自らの愚かさに。平和な時代、凶暴な時代。貧困はなく、格差はなく、誰もが幸福になる権利を持つ社会。それを、作り上げた。それが、人類の長い歴史の終着点。最大の功績、唯一の歴史。
 勿論、それらに懐疑的な態度の意見も多々、目にすることがある。けれど、疑う余地などもう存在しない。誰もが納得している。誰も否定の声を上げない。社会が個人の幸福を妨げているなんて、ありえない。
「キハチは懐疑論者なんだ」
 一度、聞いたことのある言葉を、それらしく当てはめてみた。思っていたよりも、ぴったりとはまったので、私は驚いたくらいだったが、
「そんな言葉、使うものじゃない」
 そう言ったキハチの剣幕に、私は口をつぐんだ。
 キハチは白髪に手を入れ、くしゃくしゃと揉んだ。
「ソメイ君はどうして生きてる?」
 突然の質問に私は答えられない。すると、キハチは私が質問の意味を理解できなかったと思ったのか、別の言い方で、もう一度、訪ねた。
「ソメイ君の生きる意味は?」
 私は気圧されるのでもなく、答えられないのでもなく、自分の意思で口を閉じた。
「答えたくない」
「ということは、あるんだね。生きる意味が。そうでないと命からがら、こんな寂れた古書店へ逃げ込んでこない」
 とキハチは笑った。
「私はもう五十年ほど、如何すればいいのか悩んでいる」
 続きを待ったが、一向に話さない。
「何を?」
 キハチはまた笑う。
「そうだよ、正にそれだ。何をどうすればいいのか、それを悩んでいる」
「意味が分からない」
「だろうね。特に君のように、生きる意味を持っている人からすると」
「関係、あるの?」
 大アリだ、と言って、キハチは椅子に腰かけた。
「何もないんだ、私の内側には。荒野でもあれば、耕すことを考えられるんだが……」
 キハチは五十年も悩んでいるという割に、あっけらかんと話した。吹っ切れているようにも見える。けれど、話している内容が真剣なのだ、ということは分かった。キハチは目を逸らさない。私に何か伝えたいと思っている。それとも、私から何か知りたいと思っている。
「私はいつでも無重力だ」
 この瞬間、キハチは核心を話したんだと思う。けれど、キハチの口振りはどこか誇らしげで、気恥ずかしそうだった。それは、長年の友人について語る口振りであり、長所も短所も知っているからこそ言える、ジョークのようでもあった。
 キハチは私を試すように笑って、続きはどれだけ聞いても、話してくれなかった。

 それ以来、話しかけてくる回数が減り、キハチは私の枕元の本を管理するようになった。
「宇宙の戦士」「坊ちゃん」「文学少女」「月下の一群」「昭和史」「インディヴィジュアル・プロジェクション」「人類は衰退しました」「風立ちぬ」「レダ」「素晴らしい日本の戦争」
 履歴の中から、それらの本を調べても、どう考えたって脈絡がない。キハチは私が読む本をコントロールする割に、それによって、私に対して何か啓蒙するようなことを考えていないみたいだった。
 そんな無軌道の中で、キハチの言った無重力について考える時間が増えていく。
 長くベッドに横たわっていると、それがまるで無重力のように感じる一瞬がある。ここにいる私という存在が忘れられて、現実から少しだけ浮き上がる。非現実感と、時間感覚の喪失。因果、原因と結果によって統御されている時系列というものが、何事も起こらない静止した時間の中で、崩壊する。その現実と時間から遠ざかる瞬間が、無重力によく似ていると思うのだ。けれど、悟りにも似たそれは、一秒を待たずに、私から離れていき、今ここには何かがあったという手触りだけが残る。
 私は無重力を想像する、その手始めに水面に浮かぶ自分を想像する。柔らかな水に背中を支えられて、気ままに漂うのは気持ちがいい。波に身を委ねて、上がるも下がるも他人任せの穏やかな一時。だが、それはやはり無重力とは違うだろう。私は水に包まれて、宙へ浮かぶ滴になる。緩く回転しながら、落ちもせず、浮かびもしない、柔軟な檻の中で、上も下もなく、膝を抱えて回る。無重力の中、表面張力でもって丸くなる水は、あまりに不定形で人の住める場所ではない。水滴の中へは世界が入り込んでしまう。水滴の数だけ、いくつもの世界が産まれる。けれど、雫は檻なので、世界には触れられない。
 何もすることがなく、思考が同じところを巡り始めると、キハチの手の平で踊らされている気が強くして、不愉快になる。誘導されていることは確かだ。もう何日も同じことばかり考えている。外から刺激もなく、閉じ込められて、堂々巡りを繰り返す。キハチは私に何を期待しているのだろう。期待されていると考える私が間違っているのだろうか。それも、もう分からない。確かなことは、何もないように思う。一日がやたらに長く、冗長で散漫で、何より退屈だ。古びた書を紐解いてみても、本当はそこには何も書かれていないのではないか。そう思うことがある。世界がやたらに空虚だ。無機質なビルの地下の一室が、余計にそういう思いを強くする。色彩が淡い。弱い。代わりに、いつも胸の中でくすぶっていた痛みは、まったく感じなくなっていた。何か、大切なものを忘れている気がしたが、焦る気持ちばかりが募って、記憶の海さえ、上手く泳げない。
 身体を動かしていないからか、あらゆることが下手になっていく。キハチとの短い会話ですら、昔はもう少し流暢にこなせていたように思うけれど……。
 アマネ。私の、私だけの夜。いつでも、私の中心にあったはずなのに、今はもう価値のある言葉には思えなくなっていた。何より、ここから抜け出せないという事実が、私に重くのしかかり、全てが無意味に見えてしまう。本当は、この手を伸ばして、掴みたいと思っているのに、出来ない理由ばかり探してしまって、私は踏み出せない。ここで眠っていれば、何もかも通り過ぎていってしまう。私から働きかけるべきことなんて、一つもない。

「お帰りは、いつも一人ですね」
 受付係の言葉に、イクノは立ち止まった。
「そうだよ、変?」
「いえ、ちっとも」
 と答える彼女は、老齢の落ち着きを持っていた。イクノは受付係を改めて、観察し、萎びた豆というアマネの言葉を思い出していた。歳を取っても、萎びた豆みたいな老人にはなりたくない、というのがアマネの口癖だった。特に、街へ出て、腰の曲がった覇気のない年寄りを見ると、溜め息交じりにそう言うのだ。しかし彼女はどうもそういう老人ではなさそうだ、とイクノは見て取った。パールのネックレス、金のピンキーリング。爪は薄桃色に塗ってあり、年老いた、節の目立つ指もいくらか綺麗に見える。気の強そうな、高い鼻が垂れることなく、ぴんと立っている。濁りの少ない白目と、アマネによく似た黒くて丸い瞳。誇るでもなく、へりくだるでもなく、自らの美貌に相応しいだけの振る舞いを自覚している。そして、その美しさを他人に見せることに抵抗がない。背筋をすっと伸ばして、微笑まず、無表情なのが却って、彼女を印象付ける。無味であることが、むしろ彼女自身の味なのだろうか。粘つかず、さらりとした風のような女性だった。
「何か、用?」
「……あなたの方が、私に用があるのではなくて?」
 イクノは、一瞬で彼女のことを好きになる。無駄に顔が動かない。真っ直ぐに前を向いた顔で、視界にないはずのイクノに、薄い唇一つで応対する。
「あなた、イクノのこと知ってる?」
「私が? ええ、もちろん」
 瞬き一つ、そして、振り返った。イクノは彼女の喉のラインをじっと見つめる。不遜にも見える顎の上げ方。イクノを見上げるというより、睥睨している、と言った方が正しいようにも見える。
「アマネのこと、いつから知ってるの?」
「産まれた時から」
 彼女はつまらなそうに視線を下げた。まつ毛に憂いが差す。
 イクノは、必死で女を口説く男の気分になっていた。何より、受付係が退屈そうな素振りを見せたことに、心底、傷付いた。イクノには自負がある。彼女に懐きかけている心の動きを差し引いても、関心を持たれないことに我慢がならない。大抵の男女ならば、どうとでも手玉に取る自信があった。子どものように競争心を煽られる。
「質問はいくつまで?」
 彼女の口角が上がる。
「いくらでもどうぞ」
 ところで、今のも質問? と言葉が続き、イクノは耳を赤くした。
「私からも一ついいかしら。……あなたは、アマネをどうしたいと思っているの?」
 イクノは、我が意を得たりとばかり、裂けるほど笑う。
「ボクは、アマネを愛してあげたい」
「どうやって?」
「ボクなりのやり方で」
 受付係は、口元に手を添える。
「わがまま」
 まるで吐き気を抑えるように、彼女は唇へ強く指を当てた。
「何て言われようと、ボクはやるよ。ボクには、これしかないんだから」
「いいえ、思い上がりよ。若いのだから、いくらでも変わりはある」
「そんなの歳よりの世迷い言だよ」
 もう一度、彼女の口角が上がった。
「確かに後者はそうかもしれない。けれど、甚だしい思い上がりだわ。人を愛したいなんて」
 イクノは、やはり彼女が好きだ、と思った。アマネの書斎で嗅ぐ、本の甘い香りが彼女から漂ってくる。つい、うっとりとして、いくらでも鼻を寄せたくなる、不思議な魔力に満ちている。
 飽きっぽいイクノは、底知れないものが好きだ。普通とは少しずれたものも。イクノのキラキラした目が、興味深く、受付係に注がれる。彼女は好奇の目には慣れたもので、つんと唇をすまして、視線に全く気付かない素振り。あくまで自然体で、見られる女であることに徹する。が、却って、イクノにはそれが不愉快だ。見るばかりではつまらない、と彼女は考える。見られることにこそ、意味があると信じて疑わない。アマネを愛してみせると豪語するのも、ひとえに、決して振り向いてくれないアマネに対する挑戦でもある。
「あなたはそれでいいの?」
 イクノはキラキラした目を逸らさない。
「私はこれで幸せよ。あなたは違うようだけれど」
「見られるのは嫌い。でも、無視されるのはもっと嫌。ボクはここにいるのに、みんな気付かない振りをする。そんなの許さない。いつでも、ボクはここにいるって、叫び続けるよ」
 受付係は目を細める。
「なるほど……私にもそういう頃があったわ。あなたに言われるまで、忘れていたけれど」
「嘘。無視なんて、されたことないでしょ?」
「いいえ、されたわ」
「誰に?」
「父さん」
 イクノは眉を下げ、愛おしそうに彼女を見つめた。けれど、受付係は無視して、話を続ける。
「私と母はよく似ていた。美人だって褒められたわ。お母さんに似て、良かったわねって。それが幼い私の唯一の自慢だった。家は貧乏で、周りのみんなは私の持っていないものを全て、持っていたわ。けれど、母から譲り受けたこれは、私だけのものだった。いくらでも見せつけたわ。それこそ自分も相手も飽きるまで。私がその気になって愛さない人はいなかった。
 けれど、父さんは母を捨てた。私のことなんか、話題にも上がらなかったわ。父さんは別の女の人を連れ、家を出て、二度と帰らなかった。その時は寂しかったわ。でも、私は母が羨ましくて仕方がなかったの。私は、父さんに捨てられもしなかった。始めから選ばれてもいなかったのだから」
 抑制された話し方、それでも、そこから漏れてくる感情に、イクノは感染していた。彼女の振る舞いは先程と変わるところがないけれど、そこにある色を見分けるくらいのことは、イクノにも出来た。イクノは、彼女の側に跪いて、手を取る。その儚い手へ頬を寄せ、接吻した。
「何?」
 受付係の言葉に、イクノは答えない。
「同情してるの?」
 いくらか怒気を含んだ声に、イクノは目を上げる。
「ううん、ただあなたが愛おしいだけ」
 もっと話して、とイクノはせがむ。
「何を話せばいいの?
「何でもいい。あなたが話したいこと」
 受付係は、イクノの手を握り返した。
「それから、そんなさみしさを埋めるために、男を捕まえたこともあった。男に好かれるのがうれしくて、そういう風に誘惑するのも楽しかった。同時に幾人もの男を相手にして、毎日が忙しかった。今日はあの人、明日はあの人、甘いお菓子をつまみ食いする程度にしか思ってなかったけれど、幸せだった。私がここにいると感じられて。でも、身体を重ねるのだけは怖くて、ずっとのらりくらりと、決定的なことは躱していたの。まだ若かったから」
「それで?」
「ある日、待ち合わせに、彼が車で来た。私は平気だろうと思って、車に乗ると、結局、部屋まで連れて行かれてしまったの。そこには、私が捕まえた男たちがいて、私は犯された。といっても、暴力を振るわれた訳ではなくて、何というか一人一人、どうしても抑えきれない欲望を、一滴ずつ注がれたという感じだった」
「それでアマネを妊娠したんだね」
 受付係は応えない。
「学生の身の上で、どうしようと、身体が燃え上がるほど悩んだわ。一日一日とお腹が膨らんでいくのを感じていた。刃を握り、泣き明かした夜もあった。骨盤のなめらかな曲線に支えられて、すやすやと眠る胎児を、心底憎んだりもした。お腹の奥へと手を入れて、この子を取り出してしまおうとmそうしたことだって一度や二度じゃない。
 けれど、産むことに決めた。私が彼女を選んだ上げよう、そう決心したの。思えば、それが私が初めて人を愛した瞬間だったかもしれないわね」
 いつの間にか、受付係の顔は優しくなっていた。イクノを孫を見るような目で眺めている。そして、そのイクノは、彼女の膝に頭をのせて、うっとりしていた。二人の足元から、思い出の海がひたひたとせり上がってくる。透明なその水は、眠気を誘う。そして、落ちるのはただの眠りではなく、手足を縛り上げ、檻へと閉ざされる眠りだ。自力で目覚めることはできない。甘い水が肺を満たす。息は阻まれ、喉から奥は、どれだけ喘ごうとも開かない。自分の舌を飲み込むような錯覚がいつまでも続き、胸の底は重く沈む。水の重みでしゃくり上げることも出来ず、吸うも吐くも、もう自分の自由ではない。海へはいつまでも、どこまでも思い出が投げ入れられ、檻に捕らわれたものは、永遠に沈み、溺れる。
「イ……、クノ……、イクノっ」
 呼ばれて、イクノはゆっくりと目を開けた。
「アマネ……?」
 まだぼんやりとした頭で、アマネのことは絶対に見間違えない、とイクノは考える。
「おかえり、アマネ」
 そう言ったイクノの手を掴み、アマネは無言で彼女の手を引いていく。イクノはアマネに何か言おうとしたが、何も言えなかった。ただ、彼女に付いていく。
 二人は書斎に入った。アマネがイクノの方へ振り返り、肩を掴む。
「もう、あの人と話をしてはダメ」
「どうして?」
 イクノは子どものような声を出す。
「どうしても。絶対によ」
「でも……」
「約束して、イクノ」
 小指を差し出されて、イクノは直感した。あの受付係の話は、全てアマネのことだったんだ、と。途端、胸が苦しくなるのを感じた。イクノの指先が震える。足が床から浮いたように感じ、目の前に立つアマネが遠ざかっていく。頭がふらふらと揺れて、倒れそうになった。
「アマネ、本当なの?」
「いいえ。全部、嘘よ。あんな話、信じないで?」
「でも、アマネ、いるんでしょ? アマネの子どもが」
 アマネは黙った。
「アマネ!」
 静かに頷いた。。
 イクノが息を飲んだ音を、アマネも聞く。イクノは胸に手を当て、ぎゅっと握った。唇を固く閉じ、真剣にアマネを見つめる。
「私が、今どんな風に感じてると思う?」
 アマネが口を開こうとした瞬間、イクノが答えた。
「嫉妬だよ。悔しくて、悔しくて、アマネのこと引き裂いちゃいそうなくらい、私、嫉妬してる」
 イクノはアマネに対して、大きく両手を広げた。
「抱きしめて。キスして」
 アマネは言葉の通りにする。抱きしめて、キスした。
「もっと」
 アマネは小さく悲鳴を上げる。イクノが抱きしめる力が強すぎるのだ。それでも、っ彼女はイクノの好きなようにしてあげる。
「もっと強く。もっと……!」
「イクノ……止めて」
 アマネは目を閉じ、息も絶え絶えに言う。が、イクノは子どもがするように、いやいやと首を振った。
「もっと……愛して」
 そうじゃなきゃ、とイクノは続ける。
「そうじゃなきゃ、殺しちゃうかも」

 キハチが拾ってきた、五日前の新聞を読む。主曽六て、ずんずんと読み進めた割に、新聞を片付けた時には、何を読んでいたのか忘れてしまった。街では殺人が続いているとか、何とか。
 死刑を待つ囚人の気持ちは、きっとこんななのかもしれない。内と外の境界が消えていく。外界への興味が薄れていき、自分の内面ばかりが肥大する。眠りの水に浸り、ぶよぶよとふやけた身体は身動きも取れないほど膨れる。そんな姿を醜いと思うのは何故だろう。肥満であっても、魅力的な人物はいくらでもいる。つまり、私が何を言いたいのかというと、肥大した肉が醜いのではなく、その肉が場所を取り、人を押しのけ、どこまでも増長して、際限がないことが問題なのだろう。
 さて、とはいっても、だからどうしたというのだろう。そんなことは、この際どうでもいいことなのだ。アマネ、彼女にもう一度、出会う見込みもなく、私はここで朽ちていくのかもしれない。いや、確実にそうなろうとしている。私はもう、アマネに執着を感じなくなっている。それがいいことだったのか、悪いことだったのか、今はまだ分からない。遠い未来に、私はキハチに感謝しているかもしれないし、近い将来、キハチを呪いながら、のたれ死ぬのかもしれない。きっと、その時、後悔するのは、アマネへの執着を捨てたのが、私の選択ではなかったということだろう。いずれにしても、ここを出られる予定はなく、ここを出たとしても、今までのようには暮らせない。私は、アマネの手下を何十人と殺してきた。全てはアマネのためと信じて。けれど、そのアマネが私の中からいなくなってしまった。朝も夜もない世界。アマネのためと言い訳し続けてきたものに対して、私は責任を取らなくてはいけないだろう。死ねと言われれば、死のう。苦しめと言われれば、苦しもう。消えろと言われれば、この世から跡形もなく、消え去ってみせる。ただ、そんな優しい言葉を、だれが私にかけてくれるというのだろう。
 今、私の身体は燃えている。夜の情熱に灼かれ、身を灰にする愚かな女。それが私だ。アマネが、流れ星みたいだ、と言ってくれた私はもういない。彼女は、私の夜の中に光を灯してくれた。アマネは、ただ見つけただけ、と言ったが、私にとっては違った。夜を一直線に駆ける流星。一瞬のきらめきでも、無限に思えるくらやみの分厚いベールを暴く。アマネは、私をそんな存在だ、と言ってくれたのだった。
 扉をノックする音が聞こえた。続いて、
「ソメイ、お客さんだ」
 この何週間かで鈍くなった私の全ては、キハチの言葉を受け止めきれなかった。
「今、何て?」
「お客さんって言ったんだよ、お姉ちゃん」
 そう言って、部屋へ入ってきた少女の顔を、私は知っていた。
「初めまして、ソメイちゃん。私、イクノ、よろしくね」
 笑わない笑顔。この顔を知っている。あの日、アマネに抱かれていた少女。私が、夜を斬ると誓った日に、私からアマネを奪った。
「……!」
「動かないで」
 立ち上がりかけた私を、彼女、イクノが止めた。
「思ったより、元気そうだね」
 イクノは椅子に浅く座り、指を組んだ。
「今日はいくつか聞きたいことがあって、来たんだよね。探すの、結構大変だったよ。アマネの取り巻きに気付かれないようにしたりしてさ。ソメイちゃんがあの人たち、散々、殺しまくるから」
 伏せていた目を上げて、イクノは私を見た。
「でしょ? お姉ちゃんが殺してたんだよね」
 私はまだ混乱の中にいた。イクノと名乗る少女。アマネの新しい恋人で、私の仇。以前は、彼女を確かに恨んでいた。今、最もアマネの近くにいる存在。私はまだ、この現実に追いつけない。こんな感情、なくなったとばかり思っていた。
 私は、イクノに嫉妬している!
「お姉ちゃん?」
「イクノって言ったよね」
「うん、そうだよ」
「アマネは……どうしてる?」
 イクノは笑った。優越感に浸った笑み。けれど、その笑顔はすぐに曇る。私は出会い頭の笑顔との違いに驚きつつ、イクノをじっと見つめた。
「いつも通り、仕事、仕事、仕事。アマネらしいっていったら、アマネらしいのかな?」
「どうして、ここが分かったの?」
「闇夜狩り。組織の人間から、この辺りで追い詰めたって話を聞いて。ただ、ここら一帯の建物が中央のものだからって、迂闊に手が出せなかった。だけど、今日は私が個人的な用事で来ただけだから。この店にある本、全部、中央の管理なんだって」
 知ってた? と聞くイクノに他意はなさそうだった。
「私は、あなたがここに来た理由を知ってる。当ててみようか?」
 私がそう言うと、イクノは露骨に嫌そうな顔をした。一方で、私の混乱は続いている。嫉妬。もう私の中からは消えてしまったと思っていた。それなのに、私はイクノに嫉妬している。アマネの側にいる。それだけで、イクノに対して、こんなに心を動かされているのだ。だから、私はイクノがここへ来た理由の、その先を話したくない。イクノがアマネを通り越して、ここへ来ていることが許せない。アマネを、こんな奴に預けるんじゃなかった。私一人で良かったんだ。イクノなんて、必要なかった。
「アマネの娘のことでしょう?」
 意外にも、イクノは素直に頷いた。
「もしかしたら、あなたがアマネの子どもなのかなって思って、ここに来たんだけど……。ソメイちゃんは違ったみたいだね」
「ええ、私はアマネの娘じゃない」
 それを聞いて、イクノは嬉しそうに笑った。
「アマネが本当に愛してるのは、私でもイクノでもない。どうしてアマネがあんなに仕事熱心なのか、理由を知ってる?」
 イクノは静かに首を振る。
 私は優越感に浸りながら、唇を舐めた。わつぃの方がアマネをよく知っている。
「……教えてくれないの?」
 私はこのことをイクノに教えたくない。
「どうして、私が話さなくちゃいけないの? アマネに聞けばいいでしょう?」
 イクノはぐっと拳を握った。
「アマネが教えてくれないから、ここまで来たんだよ。本当は、ボクだってアマネに話してほしかった。どうして? どうして、お姉ちゃんが知ってて、ボクには教えてくれないの!」
 私の唇は、狂った自尊心に歪む。
「お姉ちゃんなんて、呼ばないで」
「そんなこと、言わないでよ」
 落ち込んで、目を伏せるイクノに、私は興奮を覚える。私の方がイクノよりアマネに近いという幻想に溺れてしまいそうだ。私たち二人は、アマネという中心を持つ、哀れな飼い犬だ。楔を打ち込まれ、鎖で辺りをぐるぐると回るしか能のない、番犬にもなれない、ただの犬なのだ。アマネに対して出来ることなんて、必死になってしっぽを振るぐらいのもの。そんな私たちが格付けをするのは、アマネにどれだけ愛されているか、とそればかり。私は、それが嫌でアマネの元から去ったのだ。誰からも求められ、愛を差し出し続けるアマネ。なら、アマネのことは誰が愛するの? その冷たく、哀しい現実に気付いた時、私は彼女の温かい胸の中にはいられないと悟った。私があ麺のことを愛するんだ、そう決めた日、アマネが私を裏切った。アマネはイクノを抱きしめて、そして、キスした。
「お願い、お姉ちゃん」
 ベッドの脇でくずおれたイクノは、私の手を必死に握る。祈るように跪き、私にその手を捧げる。信じるもの、全てを失いそうにもがく。崩れる光の柱、割れる大地、自らを祝福してくれたものを裏切る快感と、その絶望。丁寧な演出と味付け。私はイクノの手を振り払い、彼女の顎に手を当て、顔を上げさせる。
「下手な芝居ね」
 身動ぎ一つせず、口元だけで笑った感触が、顎へ当てた手に伝わってくる。イクノ、愛されることに何の躊躇いもない、一人の少女。私の目には、歪な怪物にしか見えない。愛をむさぼり食う化け物。夜に住まう異形のもの。けれど、そんなもの、ただの寄生虫でしかない。私は認めない。
「私は、あなたを決して愛さない」
「……ボクが、アマネを獲っちゃったから?」
 混乱はもう過ぎ去った。イクノに嫉妬はない。哀れみもない。怒りさえなかった。
「アマネが最後に愛したのは、娘のハジメだった」
 これからは、誰も愛さない。私も、イクノでさえ。
「嘘だ」
 私は答えない。イクノが自然と答えを出すだろう。これはもう事実なのだ。疑う余地もなく。愛してくれないと知りつつ、それでも私はアマネを愛そうと決めたのだ。そう、それだけ。アマネを愛すること、それだけが私を生かしている。私は夜の中でしか生きられない怪物だ。だから、これだけは忘れない。いつか、私は夜に恩返しをする。今までの生命を差し出して、こんなに素敵な時間を与えてくれた夜に、世界で一番きれいな宝石より、世界で一番まぶしい朝より、世界で一番まじりけのない愛を贈る。大きく翼を広げ、私たちを包んでくれた夜の女王へ。愛もなく、慈悲もなく、ただ無償で分け与えてくれた愛のために、私は生きると決めたのだ。
 それを、私は忘れてしまった。
 アマネに会うことなんて、関係なかった。いつか、もう一度会えると信じて、でも、会える必要はなくて、ただ私の人生が誰かの人生を照らしている、包んでいる、そのことが大切だったはずなのだ。私の夜から、誰かの夜へ、アマネの愛が渡っていく。そうして、愛でみんなの夜を満たしたかった。そうすれば、夜の女王はその役目を終える。彼女が包み込んであげるべき夜は、もうすでに満たされている。彼女は玉座を捨て、部屋へ帰る。そこで思い出を胸に、その愛を本当に愛すべき人へ、永遠に捧げるのだ。
「イクノ。アマネは絶対にあなたを愛さない」
 世界は美しいなんて、私には言えない。けれど、
「でも、あなたがアマネを愛することは出来る」
「そんなの嫌!」
 イクノは私の手を払い、叫んだ。私のイクノを見る目は冷たい。当然だ。彼女に何かを期待していたわけではないのだから。世界を呪う者を愛することは出来る。その不毛な憎しみを取り除く方法は、決してゼロではないから。けれど、ただ貪欲に愛されることだけを望む人間を、愛で救うことは出来ない。彼ら、彼女らは自らで道を閉ざし、迷宮に籠もる。そこへ、私たちが手を伸ばすことは出来ても、迷宮から抜け出すのは、彼ら自身なのだ。時に、迷宮は幻だ。在ると思う心が、そこに迷路を作ってしまう。霧の立ち込める中、深く手を差し伸べて、絡まった茨を一つ一つほどき、またその痛みは、あなたの心が生み出す幻覚なのだ、と誰が言えるのか。
「ボクは、アマネに愛されたい! それだけがボクの生きる意味なんだ」
 甘えた子どものわがままにも聞こえる。けれど、その叫びは切実だ、と私は知っている。それは、数年前のわたしの叫びでもあるからだ。今、イクノが抱える痛みは、全くの無意味だと言っても、それこそが何の意味も持たない。苦しんでいる彼女の魂は、今ここにあるのだから。
「ボクはこんなにアマネのことを好きでいるのに、アマネがボクを愛してくれない訳がない。そうでしょ!? アマネが愛してくれないなら、それはきっと、ボクの好きが足りないからだ! だったら、もっと好きになる。もっともっと好きになる。それでいつか、ボクはアマネに愛してもらうんだ」
「だから、それは不可能なの」
「どうして!」
「ハジメが死んだ日から、アマネの時間は止まってしまったから。あなたは、いつかいつかと、未来の話をするけれど、アマネに未来はない。彼女は娘の成長する姿を見ることが出来ないの。アマネにはもう過去しか残されていない。例え、それが彼女がそう思い込んでいるのだとしても、今のアマネにどこか遠くへ、なんて考えられない。アマネは今でもハジメのことばかり考えている。ハジメにしてあげられなかったこと、ハジメにしてあげたかったこと、全て自分の罪だと背負い込んで、カタツムリみたいに殻の重みに押し潰されながら、地面を這っている。だから、あなたは絶対にアマネには愛されない」
「嘘だ」
「嘘じゃない! アマネは自分しか愛さない。あなたも男に抱かれたでしょう? アマネに見つめられながら、仄暗い、蝋燭の灯った部屋で。その時、アマネは何て言った? きっと、こう言ったでしょう。あなたを抱けば、きっと飽きてしまうから、と。
 嘘。
 アマネは私やイクノを娘に見立てて、その愛しい我が子が犯される想像をすることで、ハジメを守れなかった自分を慰めているんだ。アマネは古傷に指を突っ込んで、ああ痛いと叫んで、自分を憐れんでいる。それがアマネという女の正体なんだよ」
 だから、私はアマネを憎んだ。痛みが新鮮な内はいくらでも愛を注ぐ振りをするけれど、一度、嘘が暴かれ、幻が遠ざかっていくと、彼女は新しい依り代を見つけ出し、古いものは捨ててしまう。そうして、玩具を捨てた数だけ、また罪を背負って歩き出す。アマネはそういう女だ。自分を憐れんでいないと生きていきない、弱い女だ。
 ふふふ、とイクノが笑いだす。一瞬、おかしくなってしまったのか、と思ったが、そんなことはありえない。この計算高い女が、何の思惑もなく、感情を表に出すなんて。
「ありがとう、お姉ちゃん。やっと分かったよ、どうしてアマネが、お姉ちゃんを捨てたのか」
 イクノは片一方の頬を吊り上げて、歪な笑みを浮かべる。
「お姉ちゃんは、そうやって、アマネのことを見下してたんだね? 本当はアマネのことなんて、愛したくないんだ。きっとお姉ちゃんは、こう続けるつもりだったんでしょ。それでも私はアマネを愛してるって。でも、それは言い訳だよ。嘘だよ。世界中、どこを探したって、本当に愛する者が、大切なものが見つからないから、近い所から適当なものを見繕って、言葉だけ、愛してるって言いたかっただけなんだよ」
 ボクは違う、とイクノは告げる。
「ボクは初めから決めてたんだ。アマネがどんな人でなしだろうと、全て愛してみせるって。初めて会った日から、そう決めたんだ。アマネがボクの全てなんだ。アマネさえいてくれれば、他に何もいらない。アマネだけが大事なんだよ」
 だからね、と言葉は続いて、
「だからね、お姉ちゃんには死んでもらわないと。お姉ちゃんの好きは嘘だから。アマネもお姉ちゃん自身も騙してたんだから。あなたはアマネのこと、好きなんかじゃない。だからね、お姉ちゃんは殺さなくちゃ」
 じゃあね、私の耳はそれだけ聞いた。

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